ヒトiPS細胞を活用してフレイルの危険因子が筋萎縮を促進することを明らかにし、その予防や治療に有効な標的分子を発見

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発表者

本多 美香子(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 修士課程:研究当時)

牧野 巧(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 修士課程)

趙 暁琳(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 博士課程:研究当時)

松戸 真理子(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 技術員:研究当時)

櫻井 英俊(京都大学iPS細胞研究所 准教授)

高橋 裕(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 助教)

清水 誠(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 特任准教授)

佐藤 隆一郎(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 特任教授)

山内 祥生(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 准教授)

 

発表のポイント

  • ヒトiPS細胞から分化誘導した骨格筋細胞を用いて、フレイルの高齢者で認められる血中レベルのGDF11によって筋萎縮が惹起されることを明らかにしました。
  • 転写因子FOXO1を阻害することでGDF11による筋萎縮が抑制されることを明らかにしました。
  • GDF11が筋萎縮の危険因子となることが示され、本研究で得られた知見がサルコペニアなどの筋萎縮の予防や治療法の開発につながると期待されます。

 

発表概要

健康寿命の延伸を実現する上で、加齢性筋萎縮(サルコペニア(注1))の予防は極めて重要な課題となっています。GDF11(注2)は、骨格筋量を負に制御するミオスタチン(注3)と相同性の高い分泌タンパク質で、フレイル(注4)の高齢者でその血中レベルが高いことが示されています。一方、GDF11の骨格筋に対する作用は相反する結果が報告されており、論争となっています。東京大学大学院農学生命科学研究科の山内祥生准教授らのグループは、ヒトiPS細胞から分化誘導した骨格筋細胞を用いて、フレイルの高齢者で認められる血中濃度(0.5〜1ナノグラム/ミリリットル)(注5)のGDF11が骨格筋に対してどのような影響を及ぼすのか解析し、血中レベルのGDF11が筋萎縮を惹起することを明らかにしました。さらに、研究グループは、GDF11が筋萎縮を引き起こすメカニズムの一端を明らかにするとともに、GDF11依存的な筋萎縮の予防や治療に有効な標的分子を同定しました。今後、本研究成果がサルコペニアなどの筋萎縮の予防や治療法の開発に貢献することが期待されます。

 

発表内容

骨格筋機能の低下は、寝たきり等の要介護につながる最も主要な危険因子であるため、骨格筋量を維持・増強することは健康寿命を延伸し、高齢者の生活の質を高める上で重要です。GDF11は、骨格筋の成長を抑制するミオスタチンと高い相同性を示すタンパク質で、フレイルの高齢者で血中濃度が高いことが示されています。一方、当初の報告では、GDF11の血中濃度は加齢とともに減少し、GDF11を補充することで加齢によって減少した筋量や筋力が回復することがマウスを用いた実験で示され、GDF11は“若返り因子”として着目されました。しかし、その後、複数のグループが、少なくとも生理的レベルを超える高い濃度のGDF11によってマウス骨格筋の成長が抑制されるという、相反する結果を報告し、GDF11の骨格筋に対する作用は論争となっています。

 

本研究では、ヒトiPS細胞から分化誘導した骨格筋細胞を用いて、フレイルの高齢者で認められる病態生理的濃度のGDF11が筋萎縮を引き起こすかどうか検討するともに、GDF11によって活性化される分子経路について解析を行いました。その結果、フレイルの高齢者で認められる極めて低い濃度(0.5〜1ナノグラム/ミリリットル)のGDF11でも筋萎縮が引き起こされることが明らかになりました(図1)。また、この病態生理的な濃度のGDF11が、筋萎縮を惹起するSmad2/Smad3(注6)を活性化し、筋タンパク質の分解を担うAtrogin-1の発現を亢進することを見出しました。さらに、研究グループは、GDF11によるAtrogin-1の発現上昇に関与する転写因子としてFOXO1を同定するとともに、FOXO1を阻害することでGDF11やミオスタチン依存的な筋萎縮が抑制されることを明らかにしました(図1,2)。 ヒトiPS細胞由来骨格筋細胞を用いた本研究より、わずかなGDF11の増加でも筋萎縮が引き起こされうることが示されました。また、GDF11によって活性化されると考えられるFOXO1が、GDF11やミオスタチンによる筋萎縮を予防や治療するための標的となる可能性が示されました。今後さらに高齢化が進む我が国において、サルコペニアを予防することは極めて重要な課題となっています。本研究成果は、サルコペニア等の筋萎縮の予防や治療法の開発に貢献すると期待されます。

 

図1:GDF11によって惹起される筋萎縮の様子とFOXO1阻害による筋萎縮の抑制 ヒトiPS細胞由来骨格筋細胞をFOXO1阻害剤の非存在下もしくは存在下でGDF11 (1 ng/mL)と培養し、筋細胞マーカーを発現する細胞を染色した。GDF11処理群(中)では筋細胞がコントロール群(左)に比べて細くなるが、FOXO1阻害剤によって筋萎縮は顕著に抑制される(右)。緑色:筋細胞マーカー;紫色:核。

 

図2:GDF11が筋萎縮を引き起こす分子メカニズム GDF11は筋細胞表面の受容体(Type IとType II)に結合したのち、Smad2/Smad3をリン酸化して活性化する。GDF11は、FOXO1を介してAtrogin-1の発現を活性化し、筋萎縮を促進する。FOXO1阻害剤によってFOXO1活性が抑制されると、Atrogin-1の発現が低下して筋萎縮が抑制される。

 

本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業(課題番号:19H02908,   19K22270,   20H00408)、飯島藤十郎記念食品科学振興財団学術研究助成、日本食品化学研究振興財団研究助成の支援により実施されました。

 

発表雑誌

雑誌名

American Journal of Physiology Cell Physiology

論文タイトル

Pathophysiological levels of GDF11 activate Smad2/Smad3 signaling and induce muscle atrophy in human iPSC-derived myocytes

著者

Mikako Honda*, Takumi Makino*, Xiaolin Zhao, Mariko Matsuto, Hidetoshi Sakurai, Yu Takahashi, Makoto Shimizu, Ryuichiro Sato, Yoshio Yamauchi**(*:共同筆頭著者,**:責任著者)

DOI番号

10.1152/ajpcell.00341.2022

論文URL

https://doi.org/10.1152/ajpcell.00341.2022

 

用語解説

注1 サルコペニア

加齢に伴い筋肉量が減少し、筋力が低下する症状。サルコペニアの進行は、寝たきりや要介護の主要な原因となっている。

注2 GDF11

増殖・分化因子11(GDF11)はミオスタチンとアミノ酸配列で約90%の相同性を持つ分泌タンパク質。GDF11とミオスタチンは共通の受容体に結合し、細胞に情報を伝える。GDF11の欠損は発生過程で骨格異常を示す。

注3 ミオスタチン

骨格筋が分泌するタンパク質の一つで、GDF8とも呼ばれる。骨格筋の成長を負に制御する主要な因子である。したがって、マイオスタチンを欠損した動物では、顕著な筋肥大が認められる。ミオスタチン遺伝子に変異を持つヒトも報告されている。近年、ミオスタチンのこの特性を利用し、ゲノム編集技術によってミオスタチンを欠損させた養殖魚(マダイなど)の開発が進められている。

注4 フレイル

加齢により運動機能や認知機能が低下し、心身の活力が低下した状態。体重減少や筋力低下などの身体的な変化だけでなく、精神的、社会的な変化も含まれる。健康な状態と要介護状態の中間に位置し、適切に介入することで、運動機能や認知機能の向上や維持が可能である。

注5 ナノグラム(ng)

グラムの10億分の1の単位。1ナノグラム = 10億分の1グラム

注6 Smad2/Smad3

リン酸化されることで細胞質から核に移行する転写因子。ミオスタチンやGDF11によって活性化されることが知られている。骨格筋では様々な筋萎縮関連遺伝子の発現調節に関与している。

詳細▶︎https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/topics_20221021-1.html

注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単純論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎました。 、さらに研究や実験を進める必要があります。最新の研究成果の利用に際しては、専門家の指導を受けるなど十分配慮するようにしてください。

ヒトiPS細胞を活用してフレイルの危険因子が筋萎縮を促進することを明らかにし、その予防や治療に有効な標的分子を発見

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