1.発表者:
村上 久(京都工芸繊維大学情報工学・人間科学系助教)
都丸 武宜(京都工芸繊維大学情報工学・人間科学系研究員)
フェリシャーニ クラウディオ(東京大学先端科学技術研究センター特任准教授)
西山 雄大(長岡技術科学大学技学研究院情報・経営システム系准教授)
2.発表のポイント:
・向かい合う二人の歩行者は互いの動きを読み合うことでおのずと運動を協調させることを明らかにしました。
・歩行中の視線を調べると、歩行者はあらかじめ将来すれ違う方向に目を向ける傾向にあり、近づいたときは相手の状況に応じて目を向ける方向を柔軟に変化させることがわかりました。
・歩行者は相手のからだ全体の動きを手がかりにして、知らず知らずのうち に将来の運動を駆け引きすることで、即興的に息の合った歩行運動を実現していると考えられます。
3.発表概要:
京都工芸繊維大学の村上久助教、都丸武宜研究員、東京大学先端科学技術研究センターのフェリシャーニ・クラウディオ特任准教授、長岡技術科学大学の西山雄大准教授の研究チームは、二人が向かい合って歩きすれ違う実験を行い、歩行者が互いに動きを読み合うことでおのずと運動の協調が生じることを明らかにしました。
人々は特別な訓練がなくとも協調的に振る舞うことがあります。とりわけ歩行者が行き交う空間は、見ず知らずの人同士で協調が繰り広げられている場といえます。人にぶつからずに歩くことは日常的に出来て当然に思えますが、具体的な協調の程度や視覚の使われ方など多くのことがわかっていません。
本研究では、 二人の歩行者が離れた場所から向かい合って歩きはじめ、途中ですれ違う実験を行いました。彼らの歩く速さや方向を細かく見てみると、すれ違うまでよく一致していました。特に相手に合わせて歩くような指示は出していないため、彼らは歩行運動をおのずと協調させたのだと考えられます。またこの実験では3つの条件が与えられました。それらを比較すると、協調の 度合いは動きの読み合い(相互予期)を阻害した場合にのみ低下しました。 従って歩行者は互いに相手の動きを読み合うことで強い協調を実現しているといえます。さらに歩行中どこに目を向けているかを調べたところ、歩行者はあらかじめ将来すれ違う方向に目を向ける傾向にあり、近づいたときは相手の状況に応じて目を向ける方向を柔軟に変化させていました。以上を踏まえ 、歩行者は相手の身体動作全体から未来の運動を知らず知らずのうちに駆け引きすることで、互いの運動を協調させている可能性が示唆されました。人混みの中を縫って歩くとき、私たちは通り抜けられる道を自ら見つけ出しているようで、気付かぬうちに道ゆく人達とまるで 即興的に ダンスするように道を作り出しているのかもしれません。
4.発表内容:
歩行者の行動は単に他の歩行者の現在の位置ではなく、その予期される未来の位置に強く影響を受けることがわかりつつあります。例えば我々の先行研究によって、お互いに予期し合うことが、集団全体としての組織化を促進 することがわかっています。歩行者間の予期の相互作用を理解すること は、事故を回避し効率的な人の流れを考える上でも重要だと言えます。
二人の歩行者が向かい合って歩く簡単な場合を考えてみましょう。各人が運動を計画しつつリアルタイムで互いに動きを調整しあうなら、単にすれ違うまでの動きにおいてすら連続的な運動の協調が見られるはずです。けれども、実際に 協調があるのか、それはどの程度なのかはよくわかっていません。
また、歩行者はどのような視覚情報をもちいて相互作用しているのでしょうか。社会的相互作用において視線の役割は重要です。歩行者においても例えば、「視線から相手の運動方向を推定する」とする仮説がありますが、それを支持する結果と支持しない結果の両方が得られています。こうした議論が起こる一因 として 、視線をめぐる歩行者研究の多くがVRを使った実験であることが挙げられます。
本研究ではこうした問題を考えるため、実験参加者に3つの条件下で実際に向かい合って歩いてもらい、 歩行と視線両方の軌跡を追跡することで、相互予期の運動協調での効果を実験的に検証しました(図1)。実験条件 は、ベースライン条件、相互予期介入条件、相互注視介入条件の3つを採用しました。まず二人の歩行者のうち一方に眼鏡型アイトラッカーを装着してもらうことで視線の動きを計測しました。もう一方の歩行者には条件に応じて追加課題が与えられました。相互予期介入条件での追加課題は歩行中にスマートフォンを用いて計算問題を解くというものでした。いわゆるスマホ歩きについて、歩行者の 視野が狭まり周囲環境への視覚的注意が著しく低下するため、相互予期の実験的阻害に使用できることが先行研究からわかっています。ただし、 スマホに目を向けるとき、歩行者同士の視線のやり取りも困難になってしまいます。相互注視介入条件では、視線のやりとり自体が歩行者相互作用に与える影響を調べるため、歩行者がミラーサングラス(外から見るとレンズ部分が鏡のように見える)を掛けて歩くことで視線のやり取りをブロックしました。ベースライン条件では、特に追加課題は与えずに歩行してもらいました。
結果としてまずベースライン条件では、二人の歩行者はすれ違うまでのあいだ自発的に歩行の速さと方向を協調させていることがわかりました。つまり、あらかじめどちらかに動きを合わせるよう指定することや、動きかたを指定するような実験的指示があったわけではないのに、二人の歩行者は動きやタイミングを合わせることで滑らかなすれ違いを実現していました。相互予期介入条件では、この協調の程度は著しく 低下し、やはり相互予期が運動の協調に重要であることが示されました。興味深いことに、相互注視介入条件では歩行者の振る舞いはベースライン条件からほとんど 変化がありませんでした。従って「歩行者は視線から相手の運動方向を推定する」とする仮説は支持されませんでした。
また視線分析の結果から、相互予期介入条件ではベースライン条件に比べ、歩行者は対向者の身体を有意に長い時間 見ることがわかりました。岩場など障害物が不規則に偏在する不確実性の高い場所を歩く際、人は将来の足場へと強い視覚的注意を向けることが知られています。相互予期介入条件においても、 歩行者は相手の動きの不確実性故により強く視覚的注意を向けたのだと考えられます。言い換えれば(スマホ歩きによって)注意を逸された歩行者は、他の歩行者の注意を逸らしているといえます。その影響は、動ける範囲が制限される人混み の中を歩く際には一層大きくなると考えられます。注意を逸らされた歩行者の影響は間接的に周囲に伝播していき、その結果我々が先行研究で示したように、集団全体の秩序を妨げるに至ると考えられるのです。
さらに歩行と視線の両方を合わせて調べた結果 、歩行者は将来すれ違う方向を(身体がその方向へと向かうよりも前に)あらかじめ視覚的に探索する傾向があることがわかりました。今後より詳細なデータが必要 ですが、もし将来取り得る運動の方向が(実際にその運動が実現される以前に)視線の動きに現れているのならば、同じ未来の情報が他の身体の動きに現れていてもおかしくないでしょう。運動学(Kinematics)では、他者の身体の一部または全部の動作のわずかな違いから運動の意図が読み取り可能であることが知られています。歩行者においても、身体動作全体から未来の運動を暗黙的に交渉し合うことで、互いの運動を協調させているのかもしれません。
他の人 とすれ違ったり、人混みを縫って歩くということは、日常的で出来て 当たり前のように思えますが、そのようなものの中にも未だ多くの未解明な問題があります。本研究は、見ず知らずの人同士がいわば即興的に、いかに協調して振る舞えるかを示しただけでなく、それに必要な感覚情報処理の候補に新たな知見を与えるものです。本研究の成果は、人やそのほかの動物の相互予期の理解を促進し、人の即興的な振る舞いの研究 や、歩行者交通、ロボットナビゲーションへの貢献が期待されます。
本研究成果は、以下の研究プロジェクトによって得られました。
・日本学術振興会科研費(JP20K20143, JP21H05300, JP20K14992, JP22K12217, JP22K14448)
・科学技術振興機構未来社会創造事業(JPMJMI20D1)
・文部科学省卓越研究員事業(JPMXS0320200282)
5.発表雑誌:
雑誌名:
iScience
論文タイトル:
Spontaneous behavioral coordination between avoiding pedestrians requires mutual anticipation rather than mutual gaze
著者:
Hisashi Murakami, Takenori Tomaru, Claudio Feliciani, Yuta Nishiyama
詳細▶︎https://www.kit.ac.jp/2022/11/news221111/
注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単純論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎました。 、さらに研究や実験を進める必要があります。最新の研究成果の利用に際しては、専門家の指導を受けるなど十分配慮するようにしてください。