就業者にとって、オフィスへの「通勤」は⾃然と運動量を確保する⼿段の⼀つですが、COVID-19 流⾏によって通勤を伴わないテレワークが急速に広まりました。本研究では、このような働き⽅の変化が、運動量や運動不⾜に対する意識にどのような影響を与えたのかを調べました。
まず、3 つの時期(COVID-19 流⾏前、第 1 回緊急事態宣⾔中、その解除後)における、就業者の交通⼿段ごとの移動時間のデータから⼀⽇の運動量を計算しました。働き⽅によって 4 つのグループに分け、移動による運動量を⽐較したところ、通勤をしている⼈は移動による運動量のほとんどを通勤によって得ていることが分かりました。テレワークをしている⼈、とりわけ若い⼈や⼥性では、買い物などのための移動による運動量は通勤している⼈よりも多いものの、⼀⽇の合計の運動量は著しく少なくなっていました。
また 4 グループのうち、緊急事態宣⾔中からテレワークを続けているグループは、テレワークによる運動不⾜を最も危惧しており、スポーツなどをする時間を増加させていました。⼀⽅、COVID-19 流⾏前からテレワークをしているグループは、移動による運動量が最も少なく、スポーツなどをする時間も短い上、運動不⾜への危機意識も低いことが分かりました。つまり、⻑期間のテレワークによって、⽇常的に運動不⾜であるにも関わらず、そのことへの危機意識が低下していく可能性があります。
今後も⻑期間テレワークをする⼈が増えていくと考えられ、⽇常的な移動や運動習慣の⽀援、および、それに適した都市づくりが重要になると考えられます。
研究代表者
筑波⼤学⼤学院 システム情報系
⾕⼝ 守 教授
⽯橋 澄⼦ (社会⼯学学位プログラム(博⼠前期課程)1年次)
研究の背景
健康で活⼒のある都市は、そこで暮らす⼈々の健康なしには成り⽴ちません。COVID-19 の流⾏により都市⽣活は⼤きく変わりましたが、それが都市の健康に与えた影響については明らかにされていません。
⼈々の健康に注⽬すると、健康には⼗分な⾝体活動が⽋かせません。これには、スポーツや運動を⽬的とした活動に加え、電⾞に乗る、歩く、といった都市内で⾏われる「移動」も含まれます。とりわけ就業者注1)にとっては、オフィスへの「通勤」が、⾃然と⾝体活動量を確保するための重要な⼿段の⼀つになっていますが、COVID-19 の流⾏下で通勤を伴わないテレワークが急速に広まりました。そこで、本研究では、このような働き⽅の変化によって、就業者の⾝体活動量はどれだけ変化したのか、また、活動のリモート化がもたらす運動不⾜の影響をどのように捉えているのかを分析しました(参考図左)。
研究内容と成果
本研究では、国⼟交通省の⾏った『新型コロナ⽣活⾏動調査』というアンケート調査の結果を利⽤しました。この調査は 2020 年 8 ⽉にウェブ上で⾏われたもので、全国の 18 歳以上の 12,872 名から回答を得ています。回答者は、3 つの時期(COVID-19 流⾏前、第 1 回緊急事態宣⾔中(2020 年 4 ⽉ 16 ⽇〜5⽉ 13 ⽇)、その解除後)の平均的な平⽇における 15 分ごとの⽣活⾏動を振り返って回答しました。本研究では、これら 3 時点すべてで仕事をしていた就業者 4,484 名の回答を抽出し、各時期の交通⼿段ごとの移動時間を調べ、そのデータに運動強度注2)を紐づけて⾝体活動量を計算しました。そして就業者を 3時点での働き⽅の変化のパターンから 4 つのグループ(①通勤→通勤→通勤、②通勤→テレワーク→通勤、③通勤→テレワーク→テレワーク、④テレワーク→テレワーク→テレワーク)に分けて、移動による⾝体活動量を⽐較しました(参考図中)。このとき、働き⽅の変化の影響と COVID-19 の影響を区別するため、通勤のための移動とそれ以外(例えば買い物)の移動による⾝体活動量を区別しました。その結果、通勤をしている⼈は、平均で合計約 4.5 METs×h を通勤から得ているのに対し、それ以外の移動からは平均で合計約 0.8 METs×h と、移動による⾝体活動量のほとんどを通勤によって得ていることが分かりました。テレワークをしている⼈は、通勤以外の移動による⾝体活動量は、通勤している⼈よりも多くなっていた(平均で合計約 1.0 METs×h)ものの、通勤の移動がないため、全体としては著しく減少していました。この傾向は、特に若い⼈や⼥性で顕著に⾒られました。
また、それぞれのグループで、活動のリモート化がもたらす運動不⾜への危機意識を尋ねた質問の回答を集計したところ、緊急事態宣⾔中にテレワークを始め、解除後も継続している⼈たちのグループが、活動のリモート化による運動不⾜を最も危惧しており、移動による⾝体活動量が減少した反⾯、スポーツなどをする時間を増加させていました。⼀⽅、COVID-19 流⾏前からテレワークをしているグループは、移動による⾝体活動量が最も少なく、スポーツなどをする時間も短い上、活動のリモート化による運動不⾜への危機意識も最も低いことが分かりました。つまり、テレワークへの突然の転換は運動不⾜への危機意識を⼀時的に⾼めるものの、⻑い期間テレワークを続けることによって、⽇常的に運動不⾜であるにも関わらず、それに対する危機意識は低下していく可能性があると⾔えます(参考図右)。
テレワークは、今後、働き⽅の⼀選択肢として定着すると予想されます。その中で都市の健康、都市で暮らす⼈々の健康を⽀えていくためには、通勤以外の⽇常的な移動や運動がしやすい環境を作っていくことが⼤切です。歩く、⾛る、⾃転⾞に乗るなどの移動や運動のしやすい都市構造や、そういった活動をする時間が確保しやすい働き⽅の仕組みづくりが不可⽋になると考えられます。
今後の展開
COVID-19 の流⾏が⻑期化する中で、働き⽅に関連する制度や⽀援、都市のあり⽅も変化を続けています。本研究で扱った 3 時点を超えて、さらにテレワークが⻑期化した際の⼈々の意識や⾏動の変化を分析し、健康な暮らしを⽀える都市環境に関する提⾔につなげる予定です。
参考図
図 本研究の概要
(左図)研究の背景、(中図)分析内容、(右図)分析結果。
⽤語解説
注1) 就業者
雇⽤者で、給料・賃⾦(休業⼿当を含む)の⽀払いを受けている⼜は受けることになっている者。
注2) 運動強度
安静時を 1 とした時に、その運動(本研究では交通⼿段の利⽤)によって単位時間当たりに消費するエネルギーの⼤きさ。単位は METs。運動時間との積が⾝体活動量[METs×h]となる。
研究資⾦
本研究は、科研費の研究プロジェクトの⼀環として実施されました。
掲載論⽂
【題 名】 Workstyle change effects on physical activity and health consciousness in Japan: Resultsfrom COVID-19 lifestyle activity survey
(⽇本における労働形態の変化が⾝体活動量と健康意識に与える影響:新型コロナ⽣活⾏動
調査の結果より)
【著者名】 Sumiko Ishibashi and Mamoru Taniguchi
【掲載誌】 Transportation Research Interdisciplinary Perspectives4
【掲載⽇】 2022 年 7 ⽉ 21 ⽇
【DOI】 10.1016/j.trip.2022.100657
詳細▶︎https://www.tsukuba.ac.jp/journal/medicine-health/20221207140000.html
注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単純論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎました。 、さらに研究や実験を進める必要があります。 、専門家の指導を受けるなど十分に配慮するようにしてください。