東邦大学医療センター大森病院の杉澤 樹作業療法士、東邦大学医学部の森岡 治美助教(任期)、平山 剛久講師および狩野 修教授、東北大学の海老原 覚教授らの研究グループは、筋萎縮性側索硬化症(以下、ALS)(注1)の多職種による外来診療 “ALSクリニック”(注2)が、ALS患者の緊急入院の抑制と生存率の向上に影響を及ぼすことを報告しました。
一回の外来診療で多くの問題を解決するALSクリニックは、患者の生存期間延長、QOLの改善、さらには緊急入院回数減少につながるとされ、欧米諸国では治療の一つとして考えられています。今回、ALSクリニックが十分に普及していない本邦においても、同様の効果がみられたことから、ALSの外来診療の形態が見直されることが期待されます。
本研究成果は、「Journal of Clinical Neuroscience」のオンライン版に2022年12月22日に公開されました。
発表者名
杉澤 樹 (東邦大学医療センター大森病院リハビリテーション科 作業療法士)
森岡 治美(東邦大学医学部内科学講座神経内科学分野 助教(任期))
平山 剛久(東邦大学医学部内科学講座神経内科学分野 講師)
狩野 修 (東邦大学医学部内科学講座神経内科学分野 教授)
海老原 覚(東北大学大学院医学系研究科障害科学専攻機能医科学講座内部障害学分野 教授、研究当時:東邦大学医学部リハビリテーション医学研究室 教授)
発表概要
ALSの症状の進行に伴って生じる様々な医療的・社会的な問題に対し、多職種の専門家が連携した外来診療が推奨されていますが、本邦では医療費や医療スタッフの確保などを理由に、十分に普及していませんでした。
本研究では、ALSクリニックが患者に及ぼす効果を解明するため、ALS患者の緊急入院、生存率を調査しました。
結果、ALSクリニックがALS患者の複数回の緊急入院の抑制と生存率の向上に関与することが示唆されました。
今後の日本におけるALSに対する多職種連携診療の普及と更なる発展が期待されます。
発表内容
東邦大学医学部内科学講座神経内科学分野は、2017年2月に同大学医療センター大森病院にALSに対する多職種連携による外来診療“ALSクリニック”を開設しました。診療対象は入院と当院に通院している全てのALS患者とし、ALSクリニックに参加する全ての診療科の外来受診日を木曜日の午後に集約しました。そのため、患者・介護者は1日で複数の診療科受診が可能となりました。一方、医療者においては、全ての患者の治療方針や問題点が多職種連携診療チームで共有可能となり、外来患者においても積極的な在宅医療チームとの連携が可能となりました。
ALSクリニック開設時、日本ではALSに対する多職種連携診療が十分に普及しておらず、また、その効果も十分に解明されていませんでした。そこで本研究では、ALSに対する多職種連携診療が患者に及ぼす効果を解明するため、緊急入院、生存率を調査しました。
2014年3月1日から2020年2月29日の間に当院を受診したALSと診断された患者、またはALSが疑われた患者(128名)を調査対象としました。対象患者をALSクリニック開設の2017年2月を基準として、2014年3月1日から2017年2月28日に受診した患者をGeneral neurology clinic群(GNC群)、2017年3月1日から2020年2月29日に受診したALS clinic群(AC群)の2群に分けました。主要評価項目として予定入院(検査や胃瘻造設などを目的とした医師により計画された入院)の件数とその入院理由、緊急入院(肺炎や呼吸困難などによる予定されていなかった入院)の件数とその入院理由を調査し、2群比較を実施し、緊急入院の発生率、生存率を調査しました。
結果、90名の患者(GNC群32名、AC群58名)が解析対象となりました。緊急入院件数では、AC群で減少傾向を示し(GNC群11件、AC群9件)、2回以上の緊急入院ではGNC群3件、AC群0件で有意差が認められました(p<0.05)。緊急入院理由は、両群ともにALSの進行に伴う呼吸器疾患(誤嚥性肺炎、呼吸不全)による入院が半数を占めました。緊急入院の発生率では有意差を認めませんでしたが(p=0.33)、生存率では有意差が認められました(p=0.01)(図1)。
これらのことより、ALSクリニックが、ALS患者に対して2回以上の緊急入院を抑制し、生存率向上に関与したことが示唆されました。
発表雑誌
雑誌名
「Journal of Clinical Neuroscience」(2022年12月22日)
論文タイトル
Multidisciplinary clinic contributes to the decreasing trend in the number of emergency hospitalizations for amyotrophic lateral sclerosis in Japan
著者
Tatsuki Sugisawa, Harumi Morioka, Takehisa Hirayama, Osamu Kano, Satoru Ebihara
DOI番号
https://doi.org/10.1016/j.jocn.2022.10.011
論文URL
https://authors.elsevier.com/a/1gIHB3S0FSq9to
用語解説
(注1)ALS
ALSは発症機序が解明されていない原因不明の神経難病であり、主な症状として手足の筋力低下や嚥下障害、呼吸機能障害などが出現します。予後は3~5年と非常に短く、症状の進行に伴い経皮内視鏡的胃瘻造設術(PEG)、非侵襲的陽圧換気療法(NPPV)、リハビリテーション、栄養管理、在宅医療サービス、生活環境の調整など様々な医療介入を必要とします。
(注2)ALSクリニック
ALSクリニックは、医師(脳神経内科医、呼吸器内科医、消化器内科医、リハビリテーション医、精神科医、緩和ケア医など)、理学療法士、作業療法士、言語療法士、専門看護師、ソーシャルワーカー、栄養士、治験コーディネーターなどの様々な分野の専門家が診療チームを構成し、ALS患者の診療をする外来です。
添付資料
図1、緊急入院の発生率と生存率
詳細▶︎https://www.toho-u.ac.jp/press/2022_index/20230110-1262.html
注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単純論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎました。 、さらに研究や実験を進める必要があります。 、専門家の指導を受けるなど十分に配慮するようにしてください。