⾼齢者の認知症予防における運動の有効性はよく知られています。しかし、認知症予防に不可⽋なもう⼀つの要因である社会交流の充実を考慮した検討は⼗分ではありません。また、近年の研究から、仲間と⾏う運動は⼀⼈で⾏う運動よりも、抑うつや死亡などの健康指標に好影響を及ぼすことが⽰されていましたが、認知機能への影響は⼗分に検討されていませんでした。
そこで本研究では、⾼齢者 4358 名を対象に「⼀⼈で⾏う運動や仲間と⾏う運動は、どの程度実践されているのか」および「どちらの運動が認知機能障害の抑制効果があるのか」について、4 年間にわたる追跡調査により検証しました。その結果、⾼齢者がより多く実践しているのは、⼀⼈で⾏う運動であり、週 2 回以上の実践者が 4 割を超える⼀⽅で、仲間と⾏う運動の週 2 回以上の実践者は 2 割未満にとどまることが分かりました。認知機能障害の抑制効果については、どちらの運動についても週 2 回以上の実践では、統計的な抑制効果が認められましたが、⼀⼈で⾏う運動(22%のリスク減)よりも、仲間と⾏う運動(34%のリスク減)の⽅がより強い抑制効果を⽰しました。
これらの知⾒から、⾼齢者の認知症予防においては、既に広く実践されている⼀⼈で⾏う運動の意義を認めつつも、仲間と⾏う運動を推奨していくことが重要であると考えられます。
研究代表者
筑波⼤学 体育系
⼤藏 倫博 教授
⼭⼝県⽴⼤学 社会福祉学部
⾓⽥ 憲治 准教授
研究の背景
運動は⾼齢者の認知症予防に有効であることが知られており、その効果を⾼めるためには、45 分以上継続する中・⾼強度運動を⾼頻度で実践することが推奨されています。このような運動の時間・強度・頻度に関する検討に加え、近年では、集団で⾏う運動が、認知機能の低下予防に有効であることが報告されています。社会交流の充実もまた、認知症予防のために不可⽋な要因であり、集団での活動は、社会的なつながりの強化や広がりをもたらします。しかし、これまでの研究では、運動サークルなどの集団運動に注⽬しており、夫婦や友⼈などが⼆⼈以上で⾏う運動が認知機能に与える影響については検討されていませんでした。また、認知機能の低下予防効果を⾼める要素の⼀つである、運動の頻度についても考慮されていませんでした。
そこで本研究では、⾼齢者を対象に、⼀⼈で⾏う運動および仲間と⾏う運動の実践状況を調査し、認知機能障害の抑制に効果的な運動スタイルと頻度を明らかにすることを⽬的としました。
研究内容と成果
本研究では、茨城県笠間市在住の⾼齢者を対象とした 2017 年の郵送調査を起点として、4358 名(平均年齢:76.9 歳、⼥性:51.8%)を約 4 年間にわたって追跡調査を⾏いました。⼀⼈で⾏う運動と仲間と⼆⼈以上で⾏う運動の実践状況を調査するとともに、厚⽣労働省が基準を⽰す「認知症⾼齢者の⽇常⽣活⾃⽴度注1)」を⽤いて認知機能障害を判定し、これらの関連を、統計解析を⽤いて検証しました。解析にあたっては、年齢、性別、教育歴、主観的経済状況、独居、喫煙状況、飲酒状況、ボディマス指数(BMI)、既往歴(⾼⾎圧、脂質異常症、糖尿病、⼼臓疾患、神経・関節痛)、睡眠時間、抑うつ傾向、主観的認知機能、他の運動⽅法(例:仲間と⾏う運動が認知機能障害の抑制に与える影響を検討する際には⼀⼈で⾏う運動の実践状況)を統計的に調整しました。
まず、⾼齢者の運動実践状況を確認しました(図1)。⼀⼈で⾏う運動については、⾮実践者、週 1 回実践者、週 2 回以上実践者の割合はそれぞれ 52.4%、5.8%、41.8%でした。また、仲間と⾏う運動の⾮実践者、週 1 回実践者、週 2 回以上実践者の割合はそれぞれ 75.2%、6.1%、18.7%であり、⼀⼈で⾏う運動の⽅が仲間と⾏う運動よりも広く⾏われていることが分かりました。次に、⼀⼈で⾏う運動と仲間と⾏う運動が認知機能障害の抑制に与える影響について検討しました。追跡期間中に認知機能障害が確認されたのは 337 名(7.7%)であり、どちらの運動においても週 2 回以上の実践が認知機能障害の発⽣を有意に抑制しました。しかし、効果の⼤きさという点では、⼀⼈で⾏う運動(22%のリスク減)よりも、仲間と⾏う運動(34%のリスク減)の⽅がより強い抑制効果を⽰しました(図2)。これらの結果から、⾼齢者の認知症予防においては、⼀⼈で⾏う運動の意義を認めつつも、仲間と⾏う運動を推奨していくことが重要であることが⽰唆されました。
今後の展開
本研究では、⼀⼈で⾏う運動と仲間と⾏う運動の効果を認知機能障害の抑制という観点から検証し、どちらも認知機能障害の発⽣を抑制する⼀⽅で、仲間と⾏う運動においてより⼤きな効果が期待できることを明らかにしました。しかし、運動における仲間の具体的な構成については考慮できておらず、今後は、運動中の他者とのかかわり⽅による認知機能への影響の違いを検討する必要があります。例えば、夫婦のみでの運動と、⽼若男⼥が混在する運動とでは、⼼理状態や会話のバリエーションが異なると考えられます。また、地域住⺠で集まって運動する際には、まとめ役の⼈とそれ以外の⼈とで認知機能への影響が変わる可能性もあります。
参考図
図1 ⼀⼈で⾏う運動(左図)と仲間と⾏う運動(右図)の実践状況
⼀⼈で⾏う運動を週 2 回以上実践している者は 41.8%、仲間と⾏う運動を週 2 回以上実践している者は 18.7%であり、⼀⼈で⾏う運動が⾼齢者に普及している。
図2 ⼀⼈で⾏う運動(左図)と仲間と⾏う運動(右図)の認知機能障害の抑制効果
統計解析の結果、各運動の⾮実践者に⽐べて週2回以上の実践者は認知機能障害の発⽣リスクが、⼀⼈で⾏う運動では 22%、仲間と⾏う運動では 34%低くなる。
⽤語解説
注1)認知症⾼齢者の⽇常⽣活⾃⽴度
要介護認定の際に⽤いられる認知症の⾼齢者にかかる介護の度合いを分類した指標。ランクがⅠ〜Ⅳと M に分かれており、本研究ではⅡ以上に該当した場合、認知機能障害の発⽣と判断した。ランクⅡは、⽇常⽣活に⽀障を来す症状・⾏動や意志疎通の困難さは多少⾒られるものの、誰かが注意していれば⾃⽴できる状態である。
研究資⾦
本研究は、JSPS 科研費基盤研究 B(代表:⼤藏倫博、20H04063)、若⼿研究 B(代表:⾓⽥憲治、26750348)、JST 共創の場形成⽀援プログラム(代表:⼤藏倫博、JPMJPF2017)、JST 次世代研究者挑戦的研究プログラム(代表:永⽥康喜、JPMJSP2124)、公益財団法⼈明治安⽥厚⽣事業団第 31 回若⼿4研究者のための健康科学研究助成(代表:神藤隆志)、⽇本スポーツ協会スポーツ医・科学プロジェクト研究 (代表:⼤藏倫博)を受けて実施されました。
掲載論⽂
【題 名】 Impact of exercising alone and exercising with others on the risk of cognitive impairmentamong older Japanese adults.
(⽇本⼈⾼齢者における⼀⼈で⾏う運動と仲間と⾏う運動の認知機能障害発⽣リスクの検討)
【著者名】 Koki Nagata(永⽥康喜)1), Kenji Tsunoda(⾓⽥憲治)2), Yuya Fujii(藤井悠也)3),Takashi Jindo(神藤隆志)4), Tomohiro Okura(⼤藏倫博)4)
1) 筑波⼤学⼤学院 ⼈間総合科学学術院
2) ⼭⼝県⽴⼤学 社会福祉学部
3) 公益財団法⼈ 明治安⽥厚⽣事業団 体⼒医学研究所
4) 筑波⼤学 体育系
【掲載誌】 Archives of Gerontology and Geriatrics
【掲載⽇】 2022 年 12 ⽉ 23 ⽇(オンライン先⾏公開)
【DOI】 10.1016/j.archger.2022.104908
詳細▶︎https://www.tsukuba.ac.jp/journal/medicine-health/20230112141500.html
注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単純論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎました。 、さらに研究や実験を進める必要があります。 、専門家の指導を受けるなど十分に配慮するようにしてください。