ポイント
・頚髄症は、早期に発見し適切な介入を行うことが予後改善のために重要であり、簡便で正確な検査方法の開発が望まれていた。
・スマートフォンカメラで、手指の動きを撮影、解析することで、非常に良好な精度で頚髄症患者を判別できた。
・日常生活空間など、専門医のいない環境でも利用可能なシステム構築を目指し、疾患の早期発見を行うことが出来る機会の創出につなげる。
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 運動器機能形態学講座の藤田浩二講師と井原拓哉助教の研究グループは、慶應義塾大学 理工学部 情報工学科の杉浦裕太准教授のグループとの共同研究で、スマートフォンを使用した頚髄症※1の疾患スクリーニングおよび重症度推定の可能性を示しました。この研究では机においたスマートフォン上で指の開閉を繰り返す簡易な動作を動画撮影し、機械学習アルゴリズムによって疾患の有無と重症度を推定します。この研究は JSPS 科研費ならびに AIP 加速 PRISM 研究、JST 戦略的創造研究推進事業 さきがけの支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌Digital Healthに、2023年6月6日にオンライン版で発表されました。
研究の背景
頚髄症は、しびれや疼痛、巧緻性・歩行の障害などを引き起こす進行性の疾患であり、疾患の悪化とともに日常生活に大きな支障をきたします。頚髄症は専門医の診察と MRI 検査により診断されますが、疾患初期には自覚症状が乏しいことや診察に専門的な知識を要することから、専門医による診断までに時間が経過し、病気が悪化してしまうことが多く、さらに重症化した頚髄症に対して手術を行っても予後が良くないという課題があります。そこで、適切な時期に適切な介入を施すために、頚髄症の早期発見を目的とした簡便で精度の高いスクリーニング手法を確立し、重症化する前に病気をスクリーニングすることが望まれています。
研究成果の概要
本研究では、頚髄症患者に特徴的な指の動きである“ミエロパチーハンド※2”に着目し、手指の開閉を 10 秒間に可能な限り速く繰り返す検査である 10 秒テストを解析しました。従来、10 秒テストでは、10 秒間に開閉できた回数のみに着目しており、テスト中の指の細かな動きはテスト結果に反映されていませんでした。しかし指の細かな動きにこそ疾患特有の動きが含まれており、これを解析することで、より精度良く頚髄症の有無を判別できると考えました。さらに本研究では、専門的な機器や経験値によらず、簡便にスクリーニングを達成するために、一般的なスマートフォンで撮影可能な動画からデータの取得を行うことを考えました(図 1)。具体的には、前述の10秒テストをスマートフォンで撮影し、録画した動画からMediaPipe Hands※3を用いて、手指の関節の位置を推定することで、10 秒テスト中の特徴的な指の動きを取得することにしました(図 2)。疾患の有無の判別には、精度の一層の向上のために機械学習※4の手法を採用しました。さらに質問票を用いて疾患の重症度に関する情報を収集し、この質問票の点数の予測も行いました。
上記手法を用いて疾患の有無を判別した結果、頚髄症患者 22 名、頚髄症がない被験者 17 名を対象とし、感度 90.9%、特異度 88.2%、AUC※50.93 という非常に良好な結果を得ました。さらに、疾患の重症度の予測に関しても相関係数 0.67-0.79 という良好な結果を得ました。過去に同グループが特殊な機器を用いて行った報告※6の判別精度(感度 84%、特異度 60.7%、AUC 0.85)よりも、簡便な機器でさらに高い精度で判別することが可能となりました。
研究成果の意義
本研究は正確で簡便な頚髄症のスクリーニング手法の確立を目指して行いました。10 秒テストは特殊な知識を必要とせず、スマートフォン動画は特殊なデバイスを必要としません。さらに MediaPipe Hands と機械学習は、システムを構築すればクラウド上で情報処理を行うことも可能であり、スマートフォン 1 台でスクリーニングを完結することも可能です。また、研究結果である疾患の有無の判別精度も非常に良好であり、重症度の推定も今後精度を高めていくことで十分実利用可能になると考えています。
今後、本システムが社会実装されれば、専門医の診断に依存することなく、地域の非専門医のみならず患者自身が日常生活空間で頚髄症のスクリーニングを行うことが可能になると考えます。誰にでも手の届くツールが出来あがることで、当初の目的である頚髄症の重症化前のスクリーニングを達成でき、必要な時期に必要な医療を提供する機会の創出につながります。さらに症状悪化後の治療を減らすことによる医療費の削減にも寄与出来ます。また、本手法は手の運動に特徴的な変化をもたらす他の疾患にも応用できる可能性があり、頚髄症に限らない簡便で正確なツールとして幅広い医療への貢献が見込まれます。
【参考図】
図1. 計測方法
スマートフォンの上に手をかざし、腕を伸ばしたまま、10 秒間可能な限り速く手指を開閉(グー・パー)する動作を繰り返します。
図2. 手指の動きの検知
MediaPipe Hands を用いることで、図のように手指の 21 点の位置を推定します。この情報を基に手指の運動情報を取得します。
用語解説
※1頚髄症(けいずいしょう):頚椎(首の骨)の中で脊髄が圧迫されて起こる疾患である。正式には、発生の仕方により、頚椎症性脊髄症や頚椎後縦靭帯骨化症といった病名で診断される。
※2ミエロパチーハンド:頚髄症患者にみられる手指の巧緻運動障害の特徴的な症状であり、3~5 指の内転が障害され、さらに進行すると伸展も障害され、手指の素早い把握動作とその解除(いわゆるグー・パー)が行えなくなる状態を指す。
※3 MediaPipe Hands:Google 社が開発した、AI を用いて任意の画像中から手指の 21 部位の位置を推定する技術である。
※4機械学習:与えられた課題に対し、コンピューターが学習し、自動的に結果を計算する仕組みである。
※5 AUC:Area Under the Curveの略。検査方法の評価項目の1つで、0から1の値をとり、1に近いほど、精度の良いことを示す。
※6 Koyama T, Fujita K, Watanabe M, Kato K, Sasaki T, Yoshii T, Nimura A, Sugiura Y, Saito H, Okawa A. Cervical Myelopathy Screening with Machine Learning Algorithm Focusing on Finger Motion Using Noncontact Sensor. Spine (Phila Pa 1976). 2022 Jan 15;47(2):163-171. doi: 10.1097/BRS.0000000000004243. PMID: 34593737.
論文情報
掲載誌:Digital Health
論文タイトル:Screening for degenerative cervical myelopathy with the 10-second grip-and-release test using a smartphone and machine learning: A pilot study DOI:https://doi.org/10.1177/20552076231179030
研究者プロフィール
井原 拓哉 (イバラ タクヤ) Ibara Takuya
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
運動器機能形態学講座 助教
・研究領域
リハビリテーション
藤田 浩二 (フジタ コウジ) Fujita Koji
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
運動器機能形態学講座 講師
・研究領域
手外科、動作解析、疾患予測
杉浦 裕太 (スギウラ ユウタ) Sugiura Yuta
慶應義塾大学 理工学部 情報工学科 准教授
・研究領域
ヒューマン・コンピュータ・インタラクション
詳細▶︎https://www.keio.ac.jp/ja/press-releases/2023/6/6/28-138974/
注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単純論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎました。 さらに研究や実験を進める必要があります。十分に配慮するようにしてください。