研究成果のポイント
・多施設アンケート調査により「リハビリテーション意欲を高める動機づけ要因」について患者・医療者の意見の共通点と相違点を明らかにしました。
・最も多く支持された動機づけ要因トップ 3 は患者・医療者間で共通しており、「回復の実感」、「明確な目標の設定」、「患者の生活に関係のある訓練」でした。
・患者は意見の個人差が大きく、患者の好みに沿った動機づけの重要性が示唆されました。
・本研究成果は、リハビリテーションにおける「根拠に基づいた実践: Evidence-Based Practice」と「患者中心ケア: Patient-Centered Care」の発展に寄与する学術知見です。
※研究成果は、Springer-Nature 社の医学総合誌「Communications Medicine」に日本時間 6 月 6 日に公表されました。
概要
浜松医科大学総合人間科学講座(心理学)の田中悟志教授、同医学部附属病院リハビリテーション科の山内克哉病院教授、信州大学医学部保健学科理学療法学専攻の小宅一彰助教らの研究グループは、リハビリテーションに対する患者の意欲を高める動機づけ要因について患者・医療者双方の意見をアンケート調査し、その共通点と相違点を検討しました。その結果、最も多く支持された動機づけ要因トップ 3 は患者・医療者間で共通しており「回復の実感」、「明確な目標の設定」、「患者の生活に関係する訓練」でした。また、医療者に比べて患者は意見の個人差が大きいことも明らかになりました。したがって、臨床現場では両者に支持される中核的な動機づけ要因の活用に加えて、患者の好みに沿った動機づけも重要であることが示唆されました。本研究成果は、これまで個々の医療者の経験やセンスに大きく依存しがちだったリハビリテーションにおける動機づけに関して、「根拠に基づいた実践: Evidence-Based Practice」と「患者中心ケア:Patient-Centered Care 」に資する知見を提供するものです。本研究成果は国際学術誌 Communications Medicine に日本時間 6 月 6 日に公表されました。
研究の背景
身体活動や運動を含むリハビリテーション治療は、病気や怪我の後に患者の日常生活に必要な能力を回復するために実施されます。リハビリテーションの効果を最大化するためには、治療に対する患者の意欲向上が極めて重要であると考えられています。では、リハビリテーションに対する患者の意欲はどうすれば高まるのでしょうか?この問いの答えは、研究に裏付けられた十分なデータがあるわけではなく、個々の医療者の経験やセンスに大きく依存しています。我々はこれまで、患者を動機づけるために重要と考えられる要因について医療者を対象としたアンケート調査やインタビュー調査を実施してきました(Oyake et al., 2020; Oyake et al., 2023)。しかしながら、何がリハビリテーションに対する患者の意欲を高めるのかについて患者と医療者は異なる考えを持っている可能性があります。患者と医療者の考えの共通点と相違点を明らかにすることは、リハビリテーションにおける「根拠に基づいた実践: Evidence-Based Practice」と「患者中心ケア:Patient-Centered Care」に重要な知見となります。本研究では、この問題を明らかにするために患者・医療者双方の意見を聴取する多施設アンケート調査を実施しました。
研究手法・成果
方法
本調査は、静岡県、長野県、愛知県、千葉県の回復期リハビリテーション病棟を有する 13 施設において実施しました。該当施設に入院している脳卒中、神経疾患または整形疾患を有する患者 479名と、医師、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士の医療者 401 名が調査に参加しました。参加者は、15 個の動機づけ要因のリストの中から、リハビリテーションに対する患者の意欲を高めるために最も重要な要因を選択するよう求められました。
結果
調査の結果、患者群と医療者群の双方でそれぞれ最も多くの対象者に選択された動機づけ要因トップ 3 は両群で共通しており、「回復の実感」、「明確な目標の設定」、「患者の生活に関係する訓練」でした(図)。一方、対象者の 5%以上が選択した要因の数は、患者群は 9 つであるのに対し(図 A)、医療者群は 5 つでした(図 B)。すなわち、何がリハビリテーションに対する意欲を高めるかは、医療者よりも患者間の個人差が大きいことが分かりました。
図.患者の意欲を高める動機づけ要因に関する(A)患者群と(B)医療者群の回答の分布
動機づけ要因は、選択した対象者の割合が大きい順に並べています。縦の点線は対象者の 5%を示しています。
また、探索的分析の結果、「回復の実感」と「明確な目標設定」は 65 歳未満の患者に重要な要因として選ばれていました。さらに、入院してから日が浅い時期の患者ほど「医学的情報」が動機づけに重要と考えていることも分かりました。このように、患者背景によって重要と考える動機づけ要因が異なることも明らかになりました(表)。
表.動機づけ要因と選択した患者の背景の関係
脳卒中患者 218 名と骨折患者 202 名からなる 420 名を対象に、患者の背景情報の違いによって選択する動機づけ要因が異なるかを解析しました。数値はオッズ比(95%信頼区間)です。黄色でハイライトした箇所は、当該背景情報の違いによって対応する動機づけ要因を選択した患者の割合に差があったことを示します。すなわち、「回復の実感」と「明確な目標設定」は 65 歳未満の比較的若い患者にとって重要な動機づけ要因であること、また、入院してから日が浅い時期の患者ほど「医学的情報」が動機づけに重要と考えていることが分かりました。
考察
当初、我々は患者と医療者の意見は大きく異なるのではないかと予想していました。しかし、予想に反して両者の支持する動機づけ要因のトップ3は共通していました。「回復の実感」、「明確な目標の設定」、「患者の生活に関係する訓練」は、これまでも患者の動機づけにおいて大切と考えられていましたが、今回の調査結果は患者・医療者双方の視点からみてもそれらの要因が特に重要であることを定量的に示しています。一方、これは予想したとおりであったのですが、やはり医療者よりも患者の方が重要と考える要因については個人差があり、より多様な要因が選ばれていました。これらの研究結果は、リハビリテーションにおける動機づけ方略を考える際に、医療者は双方から支持される中核的な動機づけ要因に加えて、患者背景や個々の患者の好みも考慮すべきであることを示唆しています。本研究成果は、患者の動機づけに難しさを感じているリハビリテーション医療従事者、特に臨床経験年数の浅い医療者にとっては有益な情報になると考えられます。
今後の展開
今後の研究では、これらの研究成果を活用して患者を効果的に動機づける方略モデルを開発し、その有効性を検証します。
発表雑誌
Communications Medicine 3, Article Number :78 (2023)
DOI: 10.1038/s43856-023-00308-7
https://www.nature.com/articles/s43856-023-00308-7
論文タイトル
A Multicenter Explanatory Survey of Patients’ and Clinicians’ Perceptions of Motivational Factors inRehabilitation
著者
小宅一彰、山内克哉、井上靖悟、須江慶太、太田宏宣、生田純一、江間稔樹、落合知彦、蓮井誠、平田祐也、肥田朱加、山本健太、河合佳洋、柴宜代人、渥美暁仁、永房鉄之、田中悟志
研究グループ
信州大学、浜松医科大学、浜松医科大学医学部附属病院、東京湾岸リハビリテーション病院、鹿教湯三才山リハビリテーションセンター鹿教湯病院、愛知医科大学メディカルセンター、中伊豆リハビリテーションセンター、すずかけセントラル病院、十全記念病院、遠州病院、すずかけヘルスケアホスピタル、掛川東病院、豊田えいせい病院、天竜すずかけ病院、浜北さくら台病院、浜松北病院
研究支援
本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金(20K21752)、浜松医科大学学内研究費の支援により行われました。
参考文献
1. K.Oyake, M.Suzuki, Y.Otaka, K.Momose, S.Tanaka, Motivational Strategies for StrokeRehabilitation: A Delphi Study, Archives of Physical Medicine and Rehabilitation,2020,101,1929-1936. https://doi.org/10.1016/j.apmr.2020.06.007
2. K.Oyake, K.Sue, M.Sumiya, S.Tanaka, Physical Therapists Use Different Motivational Strategies for Stroke Rehabilitation Tailored to an Individual’s Condition: A Qualitative Study, Physical Therapy,2023. https://doi.org/10.1093/ptj/pzad034
詳細▶︎https://www.hama-med.ac.jp/mt_files/751d154658b5dc432de59cd98fa9d33b.pdf
注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単純論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎました。 さらに研究や実験を進める必要があります。十分に配慮するようにしてください。