・「捻挫は癖になる。」と言われるほど、足関節捻挫(足首の捻挫)は、一度受傷してしまうと繰り返しやすくなってしまいます。このような状況を、慢性足関節不安定症(Chronic Ankle Instability; CAI)といいます。
・これまで、CAI が生じてしまう原因は分かっていませんでした。しかし、本研究では、足首の靭帯にあり、足首の動きを感知する感覚受容器(メカノレセプター)の形が崩れること、数が減少することで、CAI が発症することを明らかにしました。
・今回の発見は、CAI の原因を突き止めたはじめての発見であり、今後、繰り返す足関節捻挫に困っている方々を救う新たな治療やリハビリテーション開発を前進させます。
研究の背景
足関節捻挫は、スポーツ障害の中で最も受傷頻度の高い疾患です。足関節捻挫は、比較的軽症であることが多いために医療機関への受診を見過ごされがちですが、「捻挫は癖になる。」と言われるほど繰り返しやすい疾患です。捻挫を繰り返すことで、慢性的な足首の痛みや関節の変形が生じ、スポーツへの復帰が遅れ、スポーツ復帰後もパフォーマンスの低下が生じます。
捻挫を繰り返す状態を慢性足関節不安定症(以下、CAI)といい、CAI では、足首の感覚と運動の機能が低下するために、捻挫を繰り返しやすくなリます。そのため、これまで足首の感覚と運動機能に対するリハビリテーションに関する研究が盛んに行われてきましたが、CAI に対して有益な効果をもつリハビリテーションは未だ見つかっていません。我々の研究グループでは、このような現状を打開するために、これまでの CAI に対するリハビリテーションではなく、足関節捻挫を受傷した後に CAI を発症させないためのリハビリテーションの必要性を考えました。このような CAI の発症を予防するリハビリテーションを開発するためには、足関節捻挫を受傷した後、なぜCAI が生じる(足首の感覚や運動の機能が低下する)のかを知る必要がありましたが、分かっていませんでした。
そこで、我々の研究グループは、捻挫の後に CAI が生じる原因として、捻挫後に生じる足部不安定性(足首のぐらつき)が、足首の動きを感知する感覚受容器(メカノレセプター)へ悪影響を及ぼすことを考え、検証することにしました。
方法
4 週齢の Wistar 系雄性ラット 30 匹を足部不安定性(AJI)群、偽手術(SHAM)群に各 15 匹ずつ分けました。AJI 群では、足首にある靭帯の一つである踵腓靭帯を切断することで足部不安定性を出しました。足部不安定性(足首のぐらつき)は、術後 4、6、8 週目の 3 時点において各群 5 匹ずつ前方引き出しテストと距骨傾斜テストにより評価しました。足首の感覚と運動機能は、各群 5 匹ずつ、Balance beam test と Ladder walkingtest により、術後 2 週間に一度評価しました。また、足首のもう一つの靭帯であり、無傷である前距腓靭帯を対象として機械受容器(メカノレセプター)の形態と数を、神経軸索を標識する NFM および軸索の周りのシュワン様グリア細胞を標識する S100 タンパク質を標的とした免疫蛍光染色により、術後 4、6、8 週目の 3 時点で各群 5 匹ずつ組織学的に解析しました。さらに、メカノレセプターを形成する感覚神経を対象として、足首の動きに対する神経伝達において重要な役割を担う PIEZO2 を標的とした免疫蛍光染色により、術後 8 週時点で各群3 匹ずつ組織学的に解析しました。
研究の成果
足部不安定性を有する AJI 群では、形が崩れたメカノレセプターの割合が増えることが明らかになりました(図 1)。また、AJI 群では、前距腓靭帯に存在するメカノレセプターの数が減少し、それに伴い足首の感覚と運動の機能が低下することも明らかになりました(図 2)。さらに、これだけではなく、メカノレセプターを形成する感覚神経において PIEZO2 の発現が低下することが明らかになりました(図 3)。これらの結果は、我々の研究グループが予想した通り、足関節捻挫の後に生じる足部不安定性により、足首の靭帯にあるメカノレセプターが変性することで、CAI が発症する(足首の感覚や運動の機能が低下する)ことを示しました。
以上のことから、これまで CAI に対するリハビリテーションに有益な効果がなかった原因として、既に足首の靭帯にあるメカノレセプターが変性してしまっていたことが考えられます。また、それと同時に、足関節捻挫の後に生じる足部不安定性を上手く抑制することができれば、CAI の発症を未然に防ぐことができる可能性を持つと考えます。
図 1. 足部不安定性は、前距腓靭帯において形が崩れたメカノレセプターの割合を増加させた。
図 2. 足部不安定性は、前距腓靭帯のメカノレセプター数を減少させ、足の感覚と運動機能を低下させた。
図 3. 足部不安定性は、感覚神経における足首動作の感知機能を低下させた。
図 4. 慢性足関節不安定症の発症メカニズム
今後の展開
本研究では、これまで分からなかった CAI の発症原因に対して、足部不安定性によりメカノレセプターが変性した結果、発症することを明らかとしました。今後は、CAI が発症する原因となる足部不安定性(足部のぐらつき)をどのようにして抑えて CAI の発症を防いでいくか、臨床の先生方のご協力を得ながら検証を進めていき、CAIの発症を予防することができる新たなリハビリテーション開発に向けて研究を続けていきます。
論文情報
掲載雑誌:The American Journal of Sports Medicine
論文タイトル:Chronic Ankle Joint Instability Induces Ankle Sensorimotor Dysfunction: A Controlled Laboratory Study
DOI:https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/03635465231217490
研究グループ:
川端空 埼玉県立大学大学院 保健医療福祉学研究科
日本学術振興会 特別研究員
小曽根海知 筑波大学附属病院 リハビリテーション部
峯岸雄基 日本医療科学大学 保健医療学部 リハビリテーション学科
岡優一郎 北海道大学大学院 保健科学研究院 リハビリテーション科学分野
寺田秀伸 埼玉県立大学大学院 保健医療福祉学研究科
高須千晴 埼玉県立大学大学院 保健医療福祉学研究科
小島拓真 埼玉県立大学大学院 保健医療福祉学研究科
加納拓馬 草加整形外科内科 リハビリテーション部
金村尚彦 埼玉県立大学 保健医療福祉学部 理学療法学科
村田健児 埼玉県立大学 保健医療福祉学部 理学療法学科
関連情報
本研究は JSPS 科研費 JP20K19417 の助成を受け実施されました。
詳細▶︎https://www.spu.ac.jp/news/?itemid=2091&dispmid=508
注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単純論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎました。 さらに研究や実験を進める必要があります。十分に配慮するようにしてください。