ポイント
・1回の有酸素運動がもたらす認知パフォーマンスの向上(反応の速さの向上)の要因を解明
・ポジトロン断層法を用いて運動による脳内でのドーパミン遊離に着目
・電気刺激による骨格筋の運動(不随意運動)にエルゴメーター運動(随意運動)を併用した実験から、運動による認知パフォーマンスの向上には随意運動に伴う脳内の神経活動が必要であることを示唆
概要
安藤創一准教授(共通教育部)と田代学教授(東北大学サイクロトロン・ラジオアイソトープセンター)、藤本敏彦准教授(同大高度教養教育・学生支援機構)、須藤みず紀副主任研究員(明治安田厚生事業団体力医学研究所)らの研究グループは、1回の有酸素運動がもたらす反応の速さの向上に脳内でのドーパミン遊離が関係することを明らかにしました。
本研究は1回の運動による効果を示したものですが、習慣的な運動が脳にもたらす有益な効果を検証する上でも重要な知見であると言えます。
本研究成果は、令和6年1月2日付で英国生理学会誌「Journal of Physiology」誌のオンライン版に掲載されました。また、掲載号のEditor's Choiceに選ばれました。
背景&手法
これまでに数多くの研究から、1回の有酸素運動が認知パフォーマンスを向上させることは広く知られており、それらの評価の多くは認知課題に対する反応の速さ(反応時間)の向上によって示されてきました。これらの過去の研究では、1回の運動による反応の速さの向上は、運動による覚醒レベルの上昇などに起因するとされてきました。しかし、運動により反応の速さが短縮するメカニズムは明らかではありませんでした。そこで、本研究グループでは脳の神経伝達物質であるドーパミンに着目し、ポジトロン断層法(PET:Positron emission tomography)を用いて運動による脳内のドーパミン遊離を検証しました(図1)。併せて運動中に認知課題(Go/No-Go課題)を行い、反応の速さを認知パフォーマンスの指標として評価し、脳内のドーパミン遊離と認知課題に対する反応の速さとの関係について検証しました。
図1:ポジトロン断層法の実験
成果
まず初めにポジトロン断層法を用いた実験から、一過性の有酸素運動により脳内でのドーパミン遊離がみられることを捉え、さらに運動によるドーパミンの遊離と認知課題に対する反応の速さとの間に有意な相関関係があることを明らかにしました(図2)。実験2として、運動による認知パフォーマンスの向上を引き起こす要因の解明を試みるために、電気刺激を活用した下肢への骨格筋収縮による不随意運動誘発モデルを用いて、骨格筋の運動(筋収縮)に伴う生理的変化が運動による認知パフォーマンスの向上へ及ぼす影響を検証しました。その結果、電気刺激による骨格筋の筋収縮(運動)だけでは認知課題に対する反応の速さに変化はみられませんでした(図3上)。そこで、実験3では下肢の筋群への電気刺激(不随意運動)に腕エルゴメーター(随意運動)を併用した運動を行うと、認知課題に対する反応の速さの向上がみられました(図3下)。したがって、実験2と3より運動による認知課題に対するパフォーマンスの向上には、骨格筋の収縮に伴う生理的変化だけでは十分とは言い難く、随意運動に伴う脳内の神経活動が必要であることが示唆されました。
以上の結果から、1回の有酸素運動による認知課題に対する反応の速さ、すなわち認知パフォーマンスの向上には脳内でのドーパミンが関係していること、さらに運動による認知パフォーマンスの向上には随意運動に伴う脳内での神経活動が必要であることが明らかになりました。
図2:運動による反応時間の速さの短縮と脳内(左尾状核)のドーパミンの遊離量との関係。各プロットは安静時と運動時の個人データを示す。左方向に行けば運動により脳内でドーパミンが遊離したことを示し、下方向に行けば運動により反応の速さが早くなったことを示す。
図3上:下肢の骨格筋への電気刺激前後での反応の速さ。電気刺激により、電流は膝から腹・足首の方向に流れる。
図3下:骨格筋への電気刺激と腕エルゴメーターを組み合わせた運動の前後での反応の速さ。運動後に反応の速さに向上がみられた。左は個人のデータ、真ん中はデータの中央値と四分位、右はデータ分布を示す。
今後の期待
脳の神経伝達物質であるドーパミンは認知機能や運動制御だけでなく、パーキンソン病、統合失調症、うつ病、注意欠如・多動症を含むいくつかの疾患において重要な役割を担っていることが知られています。本研究から得られた知見は1回の運動による効果を示したものですが、習慣的な運動が脳の健康をもたらすメカニズムの解明につながる可能性があり、引き続き探求が必要な研究課題であると考えられます。
論文情報
論文タイトル:The neuromodulatory role of dopamine in improved reaction time by acute cardiovascular exercise
著者:Soichi Ando1,2, Toshihiko Fujimoto3, Mizuki Sudo4, Shoichi Watanuki2, Kotaro Hiraoka2,Kazuko Takeda2, Yoko Takagi1, Daisuke Kitajima5, Kodai Mochizuki1, Koki Matsuura1, YukiKatagiri1, Fairuz Mohd Nasir2,6, Yuchen Lin2,7, Mami Fujibayashi8, Joseph T Costello9, TerryMcMorris9,10, Yoichi Ishikawa2, Yoshihito Funaki2, Shozo Furumoto2, Hiroshi Watabe2, ManabuTashiro2
掲載誌:Journal of Physiology
DOI: https://physoc.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1113/JP285173
所属
1 電気通信大学大学院情報理工学研究科
2 東北大学サイクロトロン・ラジオアイソトープセンター
3 東北大学高度教養教育・学生支援機構
4 明治安田厚生事業団体力医学研究所
5 電気通信大学情報理工学域
6 University Sultan Zainal Abidin, Malaysia
7 Da-Yeh University, Taiwan
8 摂南大学農学部
9 University of Portsmouth, UK
10 University of Chichester, UK
外部資金情報
本研究はJSPS科研費JP16H03230、JP22H03493、JP16H06278の助成を受けたものです。
用語説明
*1 ポジトロン断層法(PET)
ポジトロン(陽電子)を放出する核種により標的された化合物を用いて、生体内の代謝、血流や局所の生理学的・生化学的活動の変化を非侵襲的に明らかにするイメージング法
*2 ドーパミン
神経伝達物質の 1 つであり、認知や意欲、運動制御だけでなく、パーキンソン病、統合失調症、うつ病、注意欠如・多動症などの疾患とも深くかかわっている。
詳細▶︎https://www.uec.ac.jp/news/announcement/2024/20240209_6001.html
注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単純論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎました。 さらに研究や実験を進める必要があります。十分に配慮するようにしてください。