順天堂大学大学院医学研究科代謝内分泌内科学の田島翼 大学院生、加賀英義 准教授、田村好史 先任准教授、河盛隆造 特任教授、綿田裕孝 主任教授らの研究グループは、文京区在住の高齢者1,629名を対象とした横断研究により、インスリン抵抗性*1が高く(Triglyceride Glucose (TyG) index *2が男性8.79以上、女性8.62以上)、握力が低い人(男性28㎏、女性18㎏未満:サルコペニア*3疑いに該当)は、2型糖尿病のリスクが高いことを明らかにしました。
本研究は、東アジアの高齢者にも有用かつ簡便な新たな臨床指標の一案として、東京都文京区在住の高齢者を対象とし、サルコペニア指標として握力、インスリン抵抗性指標としてTyG index(空腹時の中性脂肪値と血糖値から算出したインスリン抵抗性指標)を用いて、高齢者の2型糖尿病のリスクを検討したものです。本成果は高齢2型糖尿病患者の多い我が国において、その早期スクリーニングや健康寿命の延伸の観点から、極めて有益な情報であると考えられます。本研究成果は、米国内分泌学会の学術誌である「Journal of the Endocrine Society」のオンライン版で2024年2月2日に公開されました。
本研究成果のポイント
・東京都文京区在住の高齢者1,629名を対象とした調査を実施(文京ヘルススタディー)。
・握力低下とインスリン抵抗性が併存した人では2型糖尿病リスクが高いことが明らかとなった。
・日常臨床でも簡便に評価が可能である握力とTriglyceride Glucose (TyG) indexの測定が日本人高齢者の糖尿病の早期発見に有用である可能性を示した。
背景
高齢者における糖尿病の増加は、加齢に伴う体脂肪量の増加や筋肉量の減少などの体組成の変化によるインスリン抵抗性と深く関連しています。特に近年問題視されている、全身の筋肉が少ない上に肥満である「サルコペニア肥満*4」の状態にある人は、糖尿病だけでなく高血圧や心疾患のリスクも高いことも報告されており、その実態の解明については世界的な関心が高まっています。しかし、日本人を含む東アジア人は、肥満者が欧米より少ないため、サルコペニア肥満に該当する高齢者は比較的少ないと考えられています。その一方で、東アジア人には肥満を伴わないインスリン抵抗性を有する集団が多く存在しており、高齢化により該当者が増えてゆくと推察される、サルコペニアかつインスリン抵抗性を有する人は糖尿病のリスクがより高い可能性があります。したがって早期介入を目指した大規模なスクリーニングのためには、測定方法が利用しやすくかつ効果的であることが極めて重要です。
そこで本研究では、都市部在住の日本人高齢者を対象に、インスリン抵抗性の指標としてTyG indexを、サルコペニア疑いの指標として握力を用い、これらの併存が糖尿病の有病率と関連するか検討しました。
今回用いたTyG indexは、インスリン濃度を必要とせず、広く臨床応用に耐えうる実用的な指標の可能性があります。
内容
本研究は、65歳から84歳の文京区在住の高齢者を対象に行われた“Bunkyo Health Study ” (文京ヘルススタディー) *5に参加した1,629名(男性687名、女性942名)を対象としました。
「インスリン抵抗性」の定義として、簡便に測定が可能であることに加えて、様々な疾患のリスクの評価にも利用できることからその有用性が注目されているTyG indexを用いて、全体の4分の1の値以上を該当(男性8.79以上、女性8.62以上)としました。また「サルコペニア疑い」の定義として、握力が男性で28㎏、女性で18kg未満としました。インスリン抵抗性、サルコペニア疑いにも該当しない「正常群」、インスリン抵抗性のみ該当する「インスリン抵抗性群」、サルコペニア疑いのみ該当する「サルコペニア疑い群」、両方とも該当する「併存群」の4群に分類し、2型糖尿病の有病率を比較しました。
その結果、正常、サルコペニア疑い、インスリン抵抗性、併存群の順で、糖尿病有病率が増加している(図1)ことが明らかになりました。また年齢、性別、BMI、脂質降下薬の使用、高血圧・心血管疾患といった基礎疾患を調整した結果、併存群では、正常群と比べて、糖尿病のリスク(相対危険度*6)が約5倍になることが示されました。
図1:群別でみた糖尿病の割合(有病率)
正常群と比較してサルコペニア疑い・インスリン抵抗性群・併存群の順で2型糖尿病の有病率が高い。
さらに、インスリン抵抗性の定義を、体脂肪率やBMIで定義した肥満、HOMA-IRやMatsuda index(どちらもインスリン値を用いたインスリン抵抗性指標)へ変更しても、最も糖尿病のリスク比が高く示されたのはTyG indexを用いたインスリン抵抗性指標でした(図2) 。
図2:インスリン抵抗性(TyG index:男性8.79以上、女性8.62以上)とサルコペニア疑い(握力低下)もしくは肥満の状態と糖尿病の有病率との相関
年齢、性別、BMI、脂質降下薬の使用・高血圧症・心血管疾患の有無で調整。インスリン抵抗性(TyG index:男性8.79以上、女性8.62以上)とサルコペニア疑い(握力低下)を有している併存群は、両方とも該当しない正常群と比べて、糖尿病有病率のリスク(相対危険度)が約5倍高い。またインスリン抵抗性・サルコペニア疑い単独でもリスクが約2倍前後高い。また握力低下に加え、さまざまな指標によるインスリン抵抗性・肥満の併存と糖尿病相対危険度の相関を比較したが、本研究で用いたTyG indexによるインスリン抵抗性と握力によるサルコペニア疑いの併存が、糖尿病有病率のリスク(相対危険度)との相関が他の指標と比較しても強い結果であった。
今後の展開
本研究により、都市部在住高齢者において、サルコペニア疑いにあたる握力低下とTyG indexで評価したインスリン抵抗性の合併が糖尿病の重大なリスクと関連していることが明らかとなりました(図3)。高齢化に伴い、糖尿病の該当者は更に増加してゆくと考えられ、日常臨床でも簡便に測定できる握力とTyG indexはより大規模なスクリーニングにも利用できうる指標です。また、これら2つの指標により示された握力低下とインスリン抵抗性の併存は、日本人における、サルコペニア肥満に代わる重要な病態を表している可能性があり、今後、糖尿病だけでなく、その他の老年疾患である、認知症や骨粗鬆症、心血管疾患との関連を調査していきます。また今回の解析対象集団を追跡しているBunkyo Health Study(文京ヘルススタディー)は今後10年間の観察研究を続け、老年疾患の予防プログラムを提供することを目指していきます。
図3:インスリン抵抗性と握力低下の状態と糖尿病の有病率との関係
日本人高齢者においてインスリン抵抗性と握力低下がそれぞれ単独でも2型糖尿病のリスクであり、またその併存はさらなるリスクである可能性が示唆された。
用語解説
*1 インスリン抵抗性:インスリン感受性とも表現される、体内でのインスリンの効きが低下している状態です。インスリンは血中の糖分を肝臓や筋肉の細胞に取り込む働きをしますが、抵抗性が高い(インスリンの効きが悪い)とこの働きが邪魔されてしまい血糖値が上がりやすくなります。
*2 Triglyceride Glucose (TyG) index:インスリン抵抗性を評価することができる指標です。空腹の状態で採血を行い、血糖値と中性脂肪の値より算出できます。血中のインスリン値が計算に不要であるため、他のインスリン抵抗性の指標よりも更に簡単に多くの医療機関で評価ができるものとして期待されています。
*3 サルコペニア:全身の筋肉の量や筋力、身体機能が低下してしまった状態を指します。主に加齢が原因とされており、様々な病気や寝たきりとなってしまう可能性を高めることがわかっています。アジア人を対象とした診断基準がアジアワーキンググループ(AWGS)によって2019年に定められました。
*4 サルコペニア肥満:サルコペニアと肥満を合併した状態と定義され、糖尿病・高血圧症・心血管疾患などのリスクが各々の単独よりも更に上昇することが明らかとなっています。日本肥満学会と日本サルコペニア・フレイル学会の合同ワーキンググループによる、日本における診断アルゴリズムが2023年に公表されました。
*5 Bunkyo Health Study (文京ヘルススタディー):順天堂大学大学院医学研究科 スポートロジーセンターで行われている、東京都文京区在住の1,629名の高齢者を対象として、認知機能・運動機能などが「いつから」「どのような人が」「なぜ」低下するのか、「どのように」早期の発見・予防が可能となるか、などを明らかにする研究です。
(参照:https://research-center.juntendo.ac.jp/sportology/research/bunkyo/)
*6 相対危険度::特定の病気や健康問題を発症するリスクが、ある特定の状態を持つ人々のグループと持たない人々のグループとの間でどのように異なるかを示す指標です。数値が1より大きいほど、その可能性は高まります。
原著論文
本研究成果は「Journal of the Endocrine Society 」のオンライン版(2024年2月2日付 )で公開されました。
タイトル: Low Handgrip Strength (Possible Sarcopenia) With Insulin Resistance Is AssociatedWith Type 2 Diabetes Mellitus
タイトル(日本語訳):握力低下(サルコペニア疑い)とインスリン抵抗性の併存は2型糖尿病と関連する
著者: Tsubasa Tajima1, Hideyoshi Kaga1, Yuki Someya2, Hiroki Tabata2, Hitoshi Naito1, Saori Kakehi2,3, Naoaki Ito1, Nozomu Yamasaki1, Motonori Sato1, Satoshi Kadowaki1, Daisuke Sugimoto1, Yuya Nishida1, Ryuzo Kawamori1,2,3, Hirotaka Watada1,2, Yoshifumi Tamura1,2,3
著者(日本語表記): 田島翼 1) 、加賀英義 1) 、染谷由希 2) 、田端宏樹 2) 、内藤仁嗣1)、筧佐織 2) 3)、 伊藤直顕 1) 、山崎望 1) 、佐藤元律 1) 、門脇聡 1) 、杉本大介 1) 、西田友哉 1) 、河盛隆造 1) 2) 3)、綿田裕孝 1) 2) 、田村好史 1) 2) 3)
著者所属:1).順天堂大学大学院医学研究科代謝内分泌内科学、 2).スポートロジーセンター、 3).順天堂大学 スポーツ健康科学部スポーツ健康科学科
DOI: https://doi.org/10.1210/jendso/bvae016
本研究は、文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成支援事業/S1411006、JSPS科研費/18H03184、ミズノスポーツ振興財団、三井生命厚生財団の研究助成を受け実施しました。本研究に協力頂きました参加者様のご厚意に深謝いたします。
詳細︎▶︎https://www.juntendo.ac.jp/news/18056.html
注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単純論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎました。 さらに研究や実験を進める必要があります。十分に配慮するようにしてください。