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乳児股関節脱臼を激減させた予防運動の価値をライフコース疫学で解明 胎児・新生児から始まる成人期の運動器疾患の予防法に期待

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ポイント

1. 1965 年以前のわが国は乳児股関節脱臼の多発国であったが、1972-1973 年頃に普及した予防運動をきっかけに脱臼が激減した。

2.半世紀前の予防運動が現在の成人期の変形性股関節症患者の重症亜脱臼の減少に関連している事を初めて可視化した。

3.成人疾患を胎児・新生児からの連続した病態と捉えるライフコース疫学の考え方を用いる事で、人生の早い段階からの疾患予防の重要性が注目されることが期待される。

概要

従来の医学は、疾病発症後の診断と治療に重点を置いてきたため、疾病にならないための予防医学に関する研究が少なく、さらには新生児期から成人期までの長期的な成果を調査した研究は、未だほとんどありません。かつてのわが国は乳児股関節脱臼の多発国でしたが、1972-1973 年頃に出生直後から新生児の自然な下肢屈曲を妨げない事が予防に重要である事を一般人口(妊婦、助産師、ベビー服製造業など)に広く伝える啓蒙運動が行われた結果、小児の脱臼・亜脱臼・寛骨臼形成不全が激減したことが報告されました。その予防運動の曝露をうけた人口が変形性股関節症の発症年齢となった 50 年後の現在において、胎児・新生児期への予防運動の曝露と変形性股関節症の疫学との関連を明らかにする事を目的に、多施設横断的疫学調査を行いました。

調査は、九州大学大学院医学研究院整形外科教室の山手智志 医員(医学系学府博士課程 4 年)、佐藤太志助教授、中島康晴教授らが全国 12 施設(九州大学病院、横浜市立大学病院、九州労災病院、福岡大学病院、飯塚病院、金沢医科大学病院、北海道大学病院、JCHO 九州病院、金沢大学病院、京都大学病院、浜の町病院、山形大学病院)で共同研究を行いました。その結果、予防運動が始まった 1972 年の出生年を境に、治療歴のある患者の減少傾向が始まった事を明らかにしました。また、出生年が 1972 年以前の重度亜脱臼の存在率は、11.1%でしたが、予防運動の曝露を受けた 1973 年以降出生の集団では重度亜脱臼の存在率が 2.4%と有意に減少していることを明らかにしました。この結果から、我々は乳児股関節脱臼の予防運動は半世紀後の 2022 年における思春期・成人期の変形性股関節症の疫学と関連している事を示しました。

今回の発見は、成人疾患を胎児・新生児からの連続する病態として捉えるライフコース疫学の重要性を示し、人生の早い段階における運動器疾患の予防法の開発に役立つことが期待できます。

本研究結果は米国の科学雑誌「The Journal of Bone & Joint Surgery」に 2024 年 4 月 17 日に公開されました。

研究者(山手医員)からひとこと

疾病の一次予防は『患者がいなくなること』が目標で、診断や治療を重視し提供する立場からは、結果が見えにくい事が課題でした。本研究は、わが国の整形外科学が成し遂げた予防医学の成功を可視化したもので、変形性股関節症はそのモデル疾患として、次世代の医学教育に役立つ事が期待できます。

研究の背景と経緯

疾患を胎児・新生児からの連続する病態として捉え、物理的・社会的曝露による疾病リスクへの長期的影響を研究する事で、人生の早い段階における予防策を明らかにする疫学を『ライフコース疫学』と定義されています。この考え方を用いる事で、変形性股関節症に占める寛骨臼形成不全※1の割合の高いわが国において、その予防策の鍵が見つかる可能性を秘めていました。

50 年以上前のわが国は乳児股関節脱臼の多発国で、現在では新生児期の下肢の自然な屈曲姿位を妨げる育児習慣が脱臼と関連していると認知されております。例えば、かつてわが国で使われていた巻きおむつや東北地方の嬰児籠(えじこ)、アメリカ先住民のナバホ族の伝統的衣装、中国の一部の地域のおくるみなど、新生児期の下肢を伸展位で固定する衣類等を使用していた地域で脱臼が多かったと現在では認識されております。そのような中、わが国では 1972-1973 年頃の石田勝正、山室隆夫らの働きかけで、産科医・助産師・保健師・ベビー服製造業・厚生労働省・マスメディアなどの協力を経て、妊婦を含めた一般人口を対象に、新生児の自然な下肢屈曲を妨げない育児方法の啓蒙運動が全国に波及した結果、小児の脱臼・亜脱臼・寛骨臼形成不全が激減したことが報告されました。近年の思春期、成人期の臨床現場では、重度亜脱臼を診ることがとても少ない印象があります。乳児股関節脱臼の予防運動と思春期・成人期の変形性股関節症の疫学との関連を明らかにする事を目的に、本研究を立ち上げました。

研究の内容と成果

予防運動開始からちょうど50 年という節目の 2022 年に、全国 12 病院の共同研究により、思春期、成人期の変形性股関節症の横断的疫学調査を行いました(図 1)。その結果、新患患者 1,095 人(1383 股関節)の調査時年齢は平均 63.5 歳で、寛骨臼形成不全の有病率は 73.8% (1019 股関節)でした。

時系列データを平滑化し、その経時的傾向を探るために、時系列データを主に扱う気象学や金融・経済学で一般的な、移動平均線という統計手法があります。その移動平均線を用いて幼少期の治療歴の存在率の出生年による経時的変化を図示したところ、予防運動が始まった 1972 年を境に、治療歴のある患者の減少傾向が始まった事が可視化されました(図 2)。予防運動前に出生した患者の重度亜脱臼※2の有病率に対して 11.1%、予防運動開始後に出生した患者では2.4%であり、新生児期における予防運動の曝露は成人期の重度亜脱臼の有病率を 1/5(オッズ比0.2, P 値 < 0.001)まで減少と関連する事が分かりました(図 3)。

図1 研究デザインと解析対象のフローチャート

乳児股関節脱臼の予防運動から 50 年後の 2022 年に、全国 12 病院の協力により多施設横断的疫学調査を行った。

図2 発育性股関節形成不全・幼少期治療歴の出生年による経時的推移

移動平均線を用いて幼少期の治療歴の存在率の出生年による経時的変化を図示したところ、1972 年を境に治療歴のある患者の減少傾向が始まった事が可視化された。

図3 重度亜脱臼の存在率の出生年による経時的推移

変形性股関節症で初診した思春期・成人期の患者における重度亜脱臼は1972-1973 年頃の乳児股関節脱臼の予防運動以降の出生で減少した。(寛骨臼形成不全のあった 1,019 股関節を解析)

今後の展開

本研究は、わが国の整形外科学が成し遂げた予防医学の歴史的成功を可視化しました。疾病の一次予防は『患者がいなくなること』を目標とする予防医学で、診断や治療を重視する提供する立場からは、結果が見えにくい事が課題です。成人期に発症する運動器疾患は多数ありますが、ライフコース疫学の考え方を適用することで、様々な原因や予防法が見つかる可能性があります。本研究が報告した変形性股関節症のライフコース疫学は、一次予防のモデル疾患として、次世代の医学教育に役立つ事が期待できます。また、Jingushi らによる 2010 年のわが国の変形性股関節症の疫学調査では、変形性股関節症患者における寛骨臼形成不全の存在率は 81%と高かったのですが、今回の調査でも73.8%と若干の減少は見られたものの未だ存在率が高く、変形性股関節症の集団の高齢化も確認されました。変形性股関節症の病因は、環境要因の他に、加齢や遺伝的要因を含めた多因子的と考えられ、将来的にはさらなる予防法の開発に繋がることを期待して、高齢者特有の病態に関する研究や、発育性股関節形成不全の遺伝子領域の特定に関する研究を多施設共同で進めております。

用語解説

(※1) 寛骨臼形成不全

股関節の骨盤側を構成する寛骨臼に成長障害が生じ、受け皿が浅く関節面が急峻となる形態異常を寛骨臼形成不全という。荷重時の関節圧力の異常や力学的不安定をきたし、変形性股関節症の一因と考えられている。

(※2) 重度亜脱臼

レントゲン股関節がどの程度高位脱臼しているかを分類する Crowe 分類(I~IV)がよく使われる。Crowe II 以上の重度亜脱臼があると、関節温存手術の適応が難しい場合が多く、人工股関節手術も特殊な手技を必要とするため手術の難易度が上がる事が多い。

謝辞

本研究は JSPS 科研費 (JP23K08654)の助成を受けたものです。

論文情報

掲載誌:The Journal of Bone & Joint Surgery

タイトル:Life Course Epidemiology of Hip Osteoarthritis in Japan: A Multicenter, Cross-SectionalStudy

著者名:Taishi Sato, Satoshi Yamate (equal contribution), Takeshi Utsunomiya, Yutaka Inaba, Hiroyuki Ike,Koichi Kinoshita, Kenichiro Doi, Tsutomu Kawano, Kyohei Shiomoto, Toshihiko Hara, KazuhikoSonoda, Ayumi Kaneuji, Eiji Takahashi, Tomohiro Shimizu, Daisuke Takahashi, Yusuke Kohno,Tamon Kabata, Daisuke Inoue, Shuichi Matsuda, Koji Goto, Taro Mawatari, Shoji Baba, MichiakiTakagi, Juji Ito, Yasuharu Nakashima, and the Japanese Hip OA Consortium (Ryosuke Yamaguchi,Goro Motomura, Satoshi Hamai, Shinya Kawahara, Daisuke Hara, Hyonmin Choe, TakuakiYamamoto, Hajime Seo, Taiki Matsunaga, Satoshi Shin, Makoto Fukui, Toru Ichiseki, YutakaKuroda, Toshiyuki Kawai, Yaichiro Okuzu, Koichiro Kawano, Reima Sueda, Satoshi Hagio, SatoruHarada, Yuya Takakubo, and Takeshi Sameshima)

D O I :10.2106/JBJS.23.01044

詳細︎▶︎https://www.kyushu-u.ac.jp/ja/researches/view/1067

注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単純論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎました。 さらに研究や実験を進める必要があります。十分に配慮するようにしてください。

乳児股関節脱臼を激減させた予防運動の価値をライフコース疫学で解明 胎児・新生児から始まる成人期の運動器疾患の予防法に期待

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