今回は、正座を行うために必要なことについてお話をしていきたいと思います。膝関節の自動屈曲における最大角度は130~140°程度であり、それ以上の可動域は他動又は自重が加わることで可能となります。正座は大腿骨と脛骨のなす角度が正常範囲を逸脱しており、運動学的にも難易度の高い座り方です。現代では洋風の生活様式が浸透し、以前ほど多用する機会は減少してきています。しかし、武道や茶道といった伝統文化においては不可欠な姿勢とされています。また地方の家屋では床での生活様式が多く残っており、ニーズがある姿勢と考えられます。このような目的を達成するために必要なことを、解剖学や運動学の視点から基礎知識としてお伝えさせていただきます。
①膝関節の深屈曲可動域
正座において最も必要な要素として、膝関節の屈曲可動域が影響することを経験してきました。一般的に正座においては屈曲160°が必要とされており、大腿骨外側顆と脛骨との関係はほぼ亜脱臼状態となります。その際の矢状面の動きとして、よく制限となる軟部組織が以下のように挙げられます。
・大腿四頭筋
大腿前面にある膝関節伸展筋であるため、柔軟性が低下すると膝関節の屈曲制限につながります。特に広筋群は屈曲時に長軸方向だけでなく短軸方向にも移動するため、その移動量も考慮する必要があります。大腿四頭筋の柔軟性評価として踵殿間距離を用いますが、臨床上、正座を行うためには0㎝を目標としています。
図1.踵殿間距離
・膝蓋下脂肪体
膝蓋支帯の深部に存在する組織で、深屈曲時には膝蓋靭帯により後方へと押し込まれ、膝蓋骨と前十字靭帯の間に滑り込み、膝蓋骨からの圧迫を緩衝しています。このように膝関節に伴う内圧上昇をコントロールする除圧機関であり、術後や外傷、繰り返しの負荷により柔軟性が低下すると内圧コントロール不良となり屈曲制限につながります。また、屈曲時には膝蓋骨は下方へ移動する必要がありますが、この膝蓋下脂肪体の柔軟性不足が制限の大きな一因となる為、介入する機会は多いです。
・膝蓋上嚢
大腿骨顆部と膝蓋骨をつなぐ関節包であり、膝蓋大腿関節の滑動性に関与し、膝関節屈曲では膝蓋骨の長軸運動を円滑化する役割があります。膝関節伸展位では折れ曲っているような二重膜構造となっており、屈曲に伴い徐々に単重膜構造になっていきます。この部分の滑走性の低下が生じると屈曲制限に繋がります。特にこの部位のアプローチにて、最終屈曲可動域が大きく改善することが多いです。
・大腿前脂肪体
膝蓋上嚢深部と大腿骨間に存在する脂肪体であり、膝関節屈伸時に膝蓋上嚢の滑走性を維持する機能、膝蓋大腿関節の内圧調整機能などを担います。大腿前脂肪体は、膝関節伸展に伴い大腿前面中央へと移動し、屈曲に伴い内側後方および外側後方へと広がります。よって、膝関節屈曲時には大腿四頭筋と大腿骨の距離を短くし深屈曲につながります。この組織に癒着や変性を生じると、大腿四頭筋や膝蓋上嚢の機能を低下させ、膝関節屈曲制限につながります。
図2.膝蓋上方組織
②ロールバック現象
大腿骨と脛骨の関節の接触点は、屈曲に伴い後方へと移動します。これは関節が滑り運動(rolling movement)と転がり運動(gliding movement)を生じるもので、関節の大きな屈曲可動域を保証する重要なメカニズムです。脛骨に対して大腿骨が後方移動することで、深屈曲が可能になります。正常な膝関節では、屈曲初期に転がり運動によって接点が後方に移動し、その後は徐々に滑り運動の割合が増加し、最終的に滑り運動の運動が行われます。正座を含む深屈曲時には、後方の軟部組織が挟み込まれることが制限要因となることが多いため、滑り運動を促進するために膝窩にクッションを挟むなどの工夫も必要になります。
図3.膝窩にクッションを挟む
③膝関節内旋可動域
上記のロールバック現象による大腿骨の後方移動は、水平面上には非対称です。大腿骨外側顆は内側顆に比べて脛骨顆後縁まで移動するため、結果的に屈曲に伴い大腿骨は脛骨に対して外旋します(※言い換えれば、脛骨は大腿骨に対して内旋します)。この理由として、脛骨内側関節面はやや凹面を有しており可動性は少ないですが、外側顆はやや凸面の形状をしているため、内側顆に比べて可動性が高くなります。このようにロールバックの非対称性により、膝関節は屈曲に伴い内側関節を中心とする脛骨の内旋運動を伴うため、深屈曲を伴う正座には脛骨の内旋が必要となります。したがって、正座を実施する際に足部を内転位に誘導することで脛骨の内旋を促す姿勢で練習を行うと効果的です。また、脛骨の内旋制限や筋緊張により疼痛引き起こしやすい軟部組織が以下の通りです。
図4.足部を内転位に誘導し下腿内旋を促す
・膝窩筋
この筋は、膝関節の内旋および屈曲に関与し、膝窩筋の一部は外側半月板に付着していため、屈曲時に生じる外側半月板の挟み込みを防止する役割があります。したがって膝窩筋が機能的に働くことで、スムーズな深屈曲が可能になります。正座時「膝の真裏が痛い」と訴える場合、この膝窩筋が問題となっていることが多いです。
・大腿二頭筋
長頭、短頭ともに膝関節の屈曲や下腿の外旋に強く関与しています。
過緊張の場合には、屈曲に伴い下腿の過外旋を引き起こしやすく、深屈曲時のインピンジメントにつながりやすいです。正座時「大腿外側が引っ張られる。膝の外側裏側が痛い」と訴える場合、この大腿二頭筋が問題になってくることが多いです。
上記を改善することで、深屈曲および正座の実施が可能になると考えられます。解剖学や運動学を理解し、徒手や運動療法を用いることで正座を目指していきます。対象者には事前に正座を行うデメリットや他の動作と比較して難易度が高いものをお伝えした上で、アプローチを行うことも重要です。
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