パーキンソン病(Parkinson’s disease: PD)患者は,顕著な前屈姿勢(Camptocormia)を示すことがあります.しかし,そのような前屈姿勢が歩行不安定性にどのような影響を与えるのか,またそれをどのように代償しているのかについて客観的に十分明らかにされていませんでした.畿央大学大学院博士後期課程の浦上英之氏と岡田洋平准教授らは,三次元動作解析装置を用いて実験的検証を行うことにより,顕著な前屈姿勢を示す患者は,歩行中の垂直方向の不安定性が高く転倒リスクが高いこと,また重心位置を後方に位置させ,側方への重心移動を増加させる代償戦略をとることを初めて明らかにしました.本研究の知見は,前屈姿勢を示すパーキンソン病患者の歩行安定性を最適化するためのリハビリテーションにおける介入戦略を検討する上で有益な知見となることが期待されます.この研究成果は,Journal of Movement Disorders誌(Gait instability and compensatory mechanisms in Parkinson's disease with camptocormia: An exploratory study)に掲載されています.
研究概要
畿央大学大学院博士後期課程の浦上英之氏と岡田洋平准教授らは,三次元動作解析装置を用いて実験的検証を行うことにより,顕著な前屈姿勢を示すパーキンソン病患者は,歩行中の垂直方向の不安定性が高く,転倒リスクが高いこと,また重心位置を後方に位置させ,側方への重心移動を増加させる代償戦略をとることを初めて明らかにしました.
本研究のポイント
・顕著な前屈姿勢(camptocormia)を示すパーキンソン病患者と顕著な姿勢異常を示さない患者の歩行の不安定性とそれを代償するための戦略について,三次元動作解析装置を用いて実験的に検証した.
・顕著な前屈姿勢を示す患者は,歩行中の垂直方向の不安定性が高く,転倒リスクが高いことと,重心位置を後方に位置させ,側方重心移動を増加させながら歩く代償戦略をとっていることを明らかにした.
・また,パーキンソン病患者は前屈姿勢が強くなるにつれて,これらの歩行不安定性と代償戦略が強くなることも示した.
研究内容
本研究では,顕著な前屈姿勢であるCamptocormiaを示すPD患者10名,CamptocormiaがないPD患者30名および健常高齢者27名を対象に,三次元動作解析を用いて歩行不安定性の検証を行いました.対象者には快適歩行速度で5mの歩行路を歩行してもらい,歩行安定性指標(図1)と時空間歩行指標,運動学的指標を計測しました.実験環境における歩行安定性と代償戦略は,個人の特性や心理状況によって異なる可能性があります.したがって,健常高齢者群と比較して顕著に異なる歩行不安定性の傾向を有する患者を確認したうえで,その者を除外し,3群間比較を実施しました.また,PD患者全体で前屈角度と各歩行指標との関連を検討しました.
図1.歩行安定性指標
前方・側方・垂直方向の歩行安定性指標の算出方法を示す.いずれも歩行中の踵接地時に算出した.速度が考慮されたCOMであるXCOMが支持基底面内に位置する場合はMOS>0,支持基底面から逸脱し物理的に不安定な状態はMOS<0となる.
CamptocormiaがあるPD患者のうち1名は,顕著な前方への歩行不安定性を示しました.異質であったこの1例を除き,解析を行った結果,CamptocormiaがあるPD患者はCamptocormiaがないPD患者と比較して,COMが低位であり,垂直方向の歩行不安定性が高いことが示されました.また,CamptocormiaがあるPD患者は,歩行中のCOMを後方に位置させ,矢状面上の下肢関節運動範囲が減少し,COM側方速度,骨盤側方傾斜の運動範囲,歩隔が増加することが示されました(図2).
図2.Camptocormiaがあるパーキンソン病患者の歩行の特徴
Camptocormiaがあるパーキンソン病患者はCamptocormiaがないパーキンソン患者と比較して,COM位置は低かった.また,歩行時にCOMを後方に位置させ,矢状面上の運動範囲を減少し,前額面の運動やCOM移動を増加させることも示された.
顕著な前方への歩行不安定性を示した1名は,CamptocormiaがあるPD患者群の特徴であったCOM後位や矢状面上の関節運動範囲の減少,歩隔の拡大を認めませんでした.また,この症例は頻回な前方への転倒歴を認め,転倒恐怖心が乏しく,歩行時の安全性を優先しない発言や行動を認めました.
これらの結果は,Camptocormiaを示すPD患者はCamptocormiaがないPD患者と比較して,垂直方向の歩行不安定性が高く,前屈角度の増加に伴い転倒リスクが高まることを示しています.一方で,Camptocormiaを示すPD患者は,前方への歩行不安定性が生じないように後方重心姿勢をとり,矢状面上での関節運動を減少させ,側方の関節運動を増加させることで,体幹屈曲の慣性モーメントを減少させる代償戦略をとっていると考えられます.
本研究の臨床的意義および今後の展開
本研究の知見により,顕著な前屈姿勢を示すパーキンソン病患者は,垂直方向の歩行不安定性による転倒リスク増加と歩行不安定性の代償戦略について,初めて客観的に解明しました.また,一部の前屈姿勢を示す患者は,実験環境下でも顕著な前方への歩行不安定性を示すことが確認されました.本研究の知見は,前屈姿勢を示すパーキンソン病患者の歩行安定性を最適化するためのリハビリテーションにおける介入戦略を検討する上で有益な知見となることが期待されます.今後は,実際の日常生活場面の歩行不安定性の検証や個人の代償戦略の適用に及ぼす要因についても検証する予定です.
論文情報
Urakami Hideyuki, Nikaido Yasutaka, Okuda Yuta, Kikuchi Yutaka, Saura Ryuichi, Okada Yohei.
Journal of Movement Disorders, 2025.
詳細︎▶︎https://www.kio.ac.jp/nrc/2025/01/17/press-37/
注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単純論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎました。 さらに研究や実験を進める必要があります。十分に配慮するようにしてください。