厚生労働省は2025年12月4日、第206回社会保障審議会医療保険部会を開催し、2026年度(令和8年度)診療報酬改定の基本方針案について議論を行いました。
今回の部会では、物価高騰や賃金上昇への対応が急務とされる一方で、現役世代の保険料負担をこれ以上増やさないための「抑制」が強く意識された内容となり、基本方針案は部会として概ね了承されました。また、高齢者の窓口負担見直しや入院時の食費値上げなど、制度の根幹に関わる改革案についても激しい議論が交わされました。
基本方針に「現役世代の負担抑制」を明記
今回示された「令和8年度診療報酬改定の基本方針(案)」では、改定にあたっての基本認識として、「賃上げ・人材確保」の重要性が謳われる一方で、経済・財政との調和の欄に「現役世代の保険料負担の抑制努力の必要性を踏まえながら」という文言が追記されました。

この文言修正に対し、支払側の委員からは「努力」という言葉では不十分であるとの指摘が相次ぎました。
健康保険組合連合会会長代理の佐野雅宏委員は、「現役世代の保険料負担の抑制努力の『努力』が落ちていなかった点はやや残念だ」と発言。現役世代の負担は限界に達しており、単なる努力目標ではなく、結果としての抑制を強く求めました。
また、日本商工会議所社会保障専門委員会委員の藤井隆太委員もこれに同調し、「『努力』というのはやっぱり『抑制』と明確にすることが必要だ」と述べ、社会保障制度を持続させるためには、自助の取り組みとともに医療費の適正化が不可欠であるとの認識を示しました。
「賃上げ・人材確保」は待ったなしの課題
一方で、医療現場の人材確保と賃上げについては、「急務である」との認識で一致しています。

日本労働組合総連合会副事務局長の林鉄兵委員は、診療報酬改定にあたり「医療現場で働く全ての労働者の処遇改善や業務負担の軽減につながる項目を評価」することの重要性を強調しました 。
また、日本薬剤師会副会長の渡邊大記委員は、公定価格(診療報酬)で運営される医療機関の特性に触れ、「必要な賃上げができていない部分に関しては、一時的な対応ではなく継続的な対応が必要になる」と発言。物価高騰下において、現場が疲弊しないための原資確保を訴えました 。
リハビリ・在宅関連は「異論なし」で原案通り通過
リハビリテーション専門職に関わりの深い項目については、今回示された基本方針案において、「安心・安全で質の高い医療の推進」の具体的方向性として以下の通り明記されています。
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質の高いリハビリテーションの推進
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発症早期からのリハビリテーション介入の推進
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土日祝日のリハビリテーション実施体制の充実
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「治し、支える医療」の実現
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リハビリテーション・栄養管理・口腔管理等の高齢者の生活を支えるケアの推進
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当日の議論において、「質の高い在宅医療・訪問看護の確保」の項目に「薬局」の文言が追記されたことに対し、渡邊委員から賛同の意が示される場面はありましたが、リハビリテーションに関する具体的な修正要望や反対意見は挙がりませんでした。
【ダイジェスト】その他の重要議論:高齢者負担増と出産費用の行方
本日の部会では、診療報酬改定以外にも、医療保険制度改革に関する重要な議論が行われました。主なトピックをダイジェストでお伝えします。
1. 高齢者の窓口負担増と「金融所得」の反映
高齢者の窓口負担(1割・2割・3割)の対象拡大について議論が行われました。 支払側の佐野委員は「現役世代が高齢者を支える従来のスタイルでは対応できない」とし、3割・2割負担の対象拡大や年齢区分の引き上げを早急に実施すべきと主張しました 。 一方、NPO法人高齢社会をよくする女性の会理事の袖井孝子委員は、「高齢者が溜め込むのは先行きが不安だからだ」と反論。安易な負担増は受診控えを招き、生活困窮者を生むと強く懸念を示しました 。 また、これまで保険料算定等に含まれていなかった「金融所得(株の配当など)」を反映させるシステムの導入についても議論され、数年後の実施に向けた工程表が示されました。
2. 入院時の食費・光熱水費の引き上げへ
物価高騰を受け、入院時の食費(+40円程度)、光熱水費(+60円程度)の自己負担額を引き上げる方針が示されました。 上智大学経済学部教授の中村さやか委員は、「入院したほうが家計が助かるから入院しようというインセンティブを生みかねない」と指摘し、在宅療養との公平性の観点から、自宅で生活した場合と同程度の負担を求めることは妥当であるとの見解を述べました。
3. 出産費用の「保険適用化」に産婦人科医会が猛反発
現在「出産育児一時金」として支給されている出産費用を、将来的には保険適用(現物給付化)し、標準的な費用を設定する案について議論されました。 これに対し、日本産婦人科医会会長の石渡勇専門委員は、「正常分娩の標準化は極めて困難」と主張。「一律の低い価格設定になれば、地方の分娩施設が撤退し、お産難民が発生して地方が消滅する」と強い危機感を表明し、慎重な議論を求めました。 また、日本産科婦人科学会常務理事の亀井良政専門委員も、内容が決まる前に報道機関へ情報が流れたことへの不快感を示しつつ、一律の価格設定(包括化)に対して強い懸念を示しました。
今後の見通し
議論の締めくくりとして、全国知事会社会保障常任委員会委員長で福島県知事の内堀雅雄委員(代理出席)は、「基本方針案に盛り込まれた各項目は、安全で質の高い医療提供体制を将来にわたって確保していくため極めて重要な内容」と評価し、賛同の意を示しました。
基本方針は、本日の議論と、先日開催された社会保障審議会医療部会での意見を踏まえ、最終的な文案の調整を部会長に一任する形で取りまとめられました。
2026年度改定に向け、今後はこの方針に沿って具体的な点数設定や要件定義の議論へと移ります。「賃上げ」の原資確保と「現役世代の負担抑制」という、相反する課題をどう両立させるのか。リハビリテーション職の評価にどう波及するのか、引き続き注視が必要です。






