昔の日本を思い起こさせる環境
ウズベキスタンの住環境は多様で、都心部には10階を超える高層マンションも建ち並び、生活も近代的です。
わたしがホームステイしていた先は2階建ての一軒家で広い中庭もあり、リビングテーブルなども洋風でした。
一方、地方都市では平屋に親子3代、8~10人で暮らすのが一般的なようです。
物資インフラの整わない分、地域コミュニティーのつながりはとても強く、生活上困ったことがあればお互いに助け合い、その姿は1960年代の日本を思い起こさせます。
「メフモン」の文化
ウズベキスタンには“メフモン”と呼ばれる客人をもてなす文化があります。
日本から来たわたしをメフモンとして招き、自家製の伝統料理オシュやサムサを振舞ってくれます。
ときには食べ過ぎてしまうこともありますが、彼らなりの歓迎方法ですから、誘ってくれたときには都合がつく限り参加することにしています。
こうして現地の生活に溶け込んでゆくことで、文化的相互理解も深まっているように感じます。
彼らは適切なアドバイスを求めている
先日、リハビリテーションの指定日数が終わり自宅へ帰った患者より、一本の電話を受けました。
「我が家へメフモンに来てほしい」という彼の言葉に誘われ、隣町のクバへ向かったところ待っていたのは、彼の家族を含む地域住民20名ほどでした。
活動時間外でしたが「肩や腰が痛い」と訴える住民たちを前に理学療法士としていてもたってもいられず、その場で青空診療所を開くことにしました。
彼らの住む家屋の状況をみると硬すぎるベッドマットやローテーブルがあり、高さのある椅子や机は全て棚の一部として使われていました。
膝が痛いと訴える女性の寝床は床に敷かれた布団の上でした。生活の不自由さや身体的構造など、ひとの暮らしは環境に大きく左右されます。
わたしが見たものは、決して体に不自由さを抱える人の生活しやすい空間ではありませんでした。
しかし、これが現地人たちの生活様式であり、彼らの考えに添わせながら話を進める必要がありました。
勇み足で住居の中へと入り「ここに手すりのようなものがあれば生活しやすくなります。」と思いついた先からアドバイスしたところ、驚いたことに「わたしは工事が得意なので、今度手すりをつけましょう」と同意してくれました。
そのとき彼らは望んでいまの生活スタイルを続けているのではなく、何が身体にとって最適であるかを知らないだけだと気づかされました。
配属先内だけに籠もっていては見えない、彼らなりの生活スタイルがあることも知ることができた良い経験といえます。
*目次
【Vol.1】ウズベキスタンにおけるリハビリテーションの現状
【Vol.2】ウズベキスタンにおけるリハビリテーション教育
【Vol.3】ウズベキスタンの住環境と地域リハビリテーション
【Vol.4】ウズベキスタンで理学療法士をしている理由
杉山雄二先生 経歴
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