認知症のある方の障害と能力を把握したうえで自身の言動を意図的に選択して伝える
認知症のある方をリハビリテーション(以下リハビリ)室までご案内するまでの工夫について前回の記事で記載しました。
今回は実際にリハビリを実施するにあたっての注意事項について、臨床上あるあるなケースを紹介しながら記載していきます。
ポイントは、私たちリハビリのスタッフは、認知症のある方の障害と能力を把握したうえで自身の言動を意図的に選択して伝えるということです。
近時記憶障害のみが主体となっているような認知症のある方だと、認知症があってもリハビリ実施にはあまり大きな困難はないかもしれません。
ですが、言語理解力の低下や構成障害、注意障害のある方だと、通常会話が成り立つのに、なかなかリハビリに関してできそうなのにやってもらえない。という場面が出てくるかと思います。
そのような時に起こっていることは、「実は私たちの伝え方が曖昧で不適切だったために、認知症のある方がどうしていいかわからない。しかもわからないということを伝えられずにいる。あるいはわからないなりに何とかしようとした結果の場面不適応言動というカタチで現れている。」といったことがよくあります。
つまり、discommunicationが起こっているのです。
だったら、私たちが変われば状況も変わります。
なぜ座らない?
セラピストが認知症のある方に「Aさん、あそこにあるイスに座ってください」と言ってから必要なものをとりにその場をちょっとだけ離れただけなのに、Aさんはイスに座らずに全然違うところに立っていた。
このような場面に遭遇したことはありませんか?
こんな時には「Aさん、イスに座ってって言ったでしょう」と言いたくなるかもしれませんが、対人援助職としてはちょっと待ってほしいものです。
でもそれは「まったくもう!と思ってはいけない。」ということとは、ちょっと違うんです。
この時に大切なことは「言うことを聞いてくれなくてもAさんは認知症があるのだから優しく接するべき」ということではなくて、障害と能力のプロであるリハビリスタッフとして、Aさんを援助するためにはどうしたらよいのか具体的に自分の言動を検証することなのだということです。
もしも、Aさんに注意障害があれば「そこのイス」と言われても視界に入った複数の対象物の中からどのイスなのか注意を選択的に向けることが難しいかもしれません。
また、近時記憶障害があれば、「そこのイス」に注意を選択的に向けることができたとしても、イスに向かって歩くという動作的干渉が入ることによって「どこに行くのか」忘れてしまったのかもしれません。
障害と能力のプロとしての対応例
じゃあ、このようなAさんに対してどうしたらよかったのでしょうか?
私だったら、Aさんに座ってほしいイスのところまで案内してから「Aさん、このイスに座ってください」と手差しでイスを指し示しながら声をかけ、Aさんが着席するのを確認してからその場を離れます。
もっというと、その場を離れなくてすむように、あらかじめ必要なものは事前に用意してからAさんをお迎えにいくようにします。
つまり、Aさんだったら「座ってほしいイス」を目の前で1つだけ明確に視覚的に提示されれば「このイスに座る」ということは理解できるというAさんの能力を把握しています。
近時記憶障害があっても、即時記憶障害はないから「イスに座る」動作はできるだろうとAさんの能力をもとに推測しています。
でもAさんの状態は変動する可能性があるので着席は確認します。
何よりも安全の確保は最優先事項です。転倒転落が起こらないようにリスク管理を徹底します。
また、事前に必要なものを用意したとしてそれをどこに置いておきますか?
その答えは一概に「〇〇すべき」「〇〇したらいい」というようなマニュアルやハウツーとして考えるのではなくて、一人ひとり、AさんならAさんの状態によって判断も異なります。
テーブルの上に何か品物が置いてあれば、その品物を見て何だろう?と興味が喚起されて見る対象があることによって座り続けられる方なのか。
それとも視覚的被影響性亢進という症状があるために目で見える品物に手を伸ばして触らずにはいられない方なのか、障害と能力の把握が必要です。
把握できてさえいれば、事前に用意した品物をテーブルの上に出しっ放しにしておいても大丈夫なのか、あるいは何か袋の中に入れて直接には見えないようにしてテーブルの下に置いておいた方がよいのか、Aさんの状態像に応じて判断することができます。
「Aさんは認知症があるから優しく丁寧に対応する」ということが言いたいのではありません。優しく丁寧な対応は対人援助職の基本でしょう。
けれど認知症は脳の病気によって起こります。
Re-Habilis-再び適する
認知症という状態像を引き起こすさまざまな疾患によってさまざまな障害が起こります。
私たちリハスタッフは障害と能力のプロです。
対人援助職の基本的態度からもう一歩進んで、知識と技術をもとにした対応ができると考えています。
Aさんの障害を踏まえたうえで、Aさんの能力で行えることを発揮できるように場面を設定する。
外側から見れば一見何も特別なことをしているようには見えないかもしれません。
日々の日常のささやかな場面で起こることに過ぎません。
けれど、認知症になるとそのささやかな日常の1コマ1コマが大変になってくるのです。
障害と能力のプロとして養成されたリハビリスタッフだから、1コマ1コマに起こっていることの意味がわかる。
その上で困り事が改善できるように、具体的に言語化することができ、対応することができ、他者に伝えることができ、現実を変えることができる。
これはまさにRehabilitationの語源である「Re-Habilis-再び適する」という実践ではないでしょうか。
次回も、さらに臨床あるあるケースを紹介していきます。
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佐藤良枝先生経歴
1986年 作業療法士免許取得
肢体不自由児施設、介護老人保健施設等勤務を経て2010年4月より現職
2006年 バリデーションワーカー資格取得
2015年より 一般社団法人神奈川県作業療法士会 財務担当理事
隔月誌「認知症ケア最前線」vol.38〜vol.49に食事介助に関する記事を連載
認知症のある方への対応や高齢者への生活支援に関する講演多数
一般社団法人神奈川県作業療法士会公式ウェブサイト「月刊よっしーワールド」連載中