できている時のできかたを見ておく
認知症のある方ができている日常生活については、「自立」「声かけで可」などという大まかな判断は為されても、どんな風に自立できているのか、といった点は案外観察されにくいものです。
たとえば、靴をどちらの足から先に履くのか、あるいは、かぶって着る上衣は頭を最初に入れるのか、右手から先に袖を通すのかといった順序についてまでは観察されていないように感じています。
臨床家としては、ぜひこの部分の観察の重要性を訴えたいと思います。認知症が進んで今までできていた服の着替えができなくなってくることがよくあります。
この時に服の前後をこちらで揃えて手渡しすれば着ることができる人は圧倒的に多いのでそのような対応で問題なしと認識され、「一部介助」の判断になってもあまり大きな問題視が為されにくいものです。
ところが、さらに病状が進行すると上記の対応では服を着ることができなくなり「着せてもらえば協力できる」状態になる方がとても多いですし、もっと病状が進行すると「服を着替える」ことの認識が低下してくると介助に協力できないどころか抵抗する(何が起こっているのか理解できない為の困惑表現なのですが)ケースが増えてきます。
この時に役立つのが「この人が自分で服を着ていた時の着方」なのです。
ご存知の通り、私たちは靴を履く時にどちらの足から先に靴に足を入れるか、お風呂で身体を洗う時にどこから最初に洗うか、かぶり服を着る時にどこから最初に着始めるかといった「動作の手順」は無意識のうちに規定して実行しているので、その手順は固定化されています。
このような身体で覚えた記憶=手続き記憶は病状が進行した認知症のある方にも残っている能力の1つです。
「服を着ましょうね」という声かけの理解ができなくなった方でも、ご自身の手続き記憶に則って最初の動作のきっかけを身体動作で提示されれば、その後の着るという動作がスムーズに進むことがよくあります。
かぶり服を頭から最初に通して着ていた習慣のある方には服を頭からかぶせる、かぶり服を右手を最初に通して着ていた習慣のある方には右手を最初に袖を通すような介助をするといった対応で、介助抵抗なく服を着ることができるようになるケースがとても多いのです。
また構成障害のある方だと、どうしても服の区別や前後の認識が困難になってきて、下衣を頭からかぶったり服の前後を間違えて着てしまうケースが多かったりします。
たとえば図1のような図形模写をしかできない方の場合には、写真1にあるような上衣や下衣は自分で着ることができないのですが、写真2にあるような上衣や下衣であれば何の声かけもなく、ご自身だけでササッと的確に身につけることができます。写真2の服は、視覚的手がかりが明確ですよね。
着衣困難は服の色やデザインによっても変動する
つまり、着衣困難という状況は認知症のある方の能力と環境としての服の色やデザインとの相互関係の中で変動するということなのです。だからこそ、私たちが対応の工夫をする意味があります。
ここでポイントは2つあります。
1つは、その人がかつて「何を目印に判断していたか」という、かつてのその人自身の判断根拠
2つ目は、その人が今「何をどこまでなら判断できるか」という、現在のその人自身の能力
図1をもう一度ご覧ください。大切なことはこの結果から「構成障害重度」という判断だけ下すのではなく、能力を見いだすことです。どのような能力があるか、おわかりになりますか?
それでは図2をご覧ください。
確かに2つの図形、図形の形は正五角形、一方の図形の向きが逆、そして部分的に重なり合っているという認識とその再現において非常に厳しい結果ではありますが、図形が2つあるということは認識して再現しています。そして赤い矢印で示した箇所を注目していることもわかります。
「とんがっている部分がある」と認識しているらしい。そのことは緑色の矢印で示した部分をみても推測できます。わざわざ下から図形を書いています。2つの図形があって、その図形の形のとんがっている部分があると認識している。
ということは決して何もわからない状態ではないということが示されているのです。
だからこそ、写真2のように地の色とは異なる色と素材の襟やタグは認識できたし、ポケットの色がズボンの地の色とは異なっているから前後の区別ができたということになります。
ここから私たちが実際に援助に応用できる可能性はさらに広がっていきます。できなくなってから、できないことを手助けするだけでなく、できているうちにその人のできかたをきちんと観察しておくということです。
そして、どんな服であれば自力でできるのかということをご家族や看護介護職員に具体的に明確に伝えることができます。日々の暮らしの中で失敗体験を確実に減らすことができます。
また、比較的自立度が高い時に利用していた介護保険サービスも状態の変動に伴って違うサービスを利用することになったりした場合には、ぜひ、その人がどのような手順で着たり脱いだり身体を洗ったり靴を履いたりしていたのかを次に利用する事業所の職員に伝えていただきたいと思います。
認知症のある方に対して、医療・介護連携の重要さは誰もが認識しています。「場」の連携は以前よりも遥かに定着してきていると感じています。
これからは、もう一歩進んで「内容」の連携が問われてくるのではないでしょうか。
どのような状況の時に、どのように声をかければ理解がスムーズになるのか、どのような服であればスムーズに着ることができるのか、そしてそれらの意味を認知症のある方の障害と能力と特性に依拠して言語化できる。
私たちリハスタッフのレゾンデートル(存在意義)があるのは、まさしくその点ではないかと感じています。
* バックナンバー
認知症のある方を担当したら その3: ~イスになかなか座らない患者さんを例に~
認知症のある方を担当したら その4:「こそあど言葉」使用の適否
お知らせ
「月刊よっしーワールド」
▶︎ http://kana-ot.jp/wp/yosshi/
書籍「食べられるようになるスプーンテクニック」
▶︎ http://www.nissoken.com/book/
【セミナー】
6月25日「認知症のある方の食べることへの対応 名古屋会場」
7月16日「認知症のある方への対応入門~評価のすすめ方 東京会場」
8月6日「認知症のある方への評価から対応まで 東京会場」
佐藤良枝先生プロフィール
1986年 作業療法士免許取得
肢体不自由児施設、介護老人保健施設等勤務を経て2010年4月より現職
2006年 バリデーションワーカー資格取得
2015年より 一般社団法人神奈川県作業療法士会 財務担当理事
隔月誌「認知症ケア最前線」vol.38〜vol.49に食事介助に関する記事を連載
認知症のある方への対応や高齢者への生活支援に関する講演多数