事実、死に至ることもある。
食事をほとんど取らなくなってしまう「神経性やせ症(拒食症)」や、反対に食のコントロールができなくなり頻繁に過食をしてしまう「神経性過食症」など、食行動の重篤な障害を特徴とする精神疾患、「摂食障害(中枢性摂食異常症)」。
過去には、女優の宮沢りえさんや中森明菜さんも、摂食障害を患ったことを公表されている。また、意外と知られていないが、厚生労働省指定の特定疾患(難病)にも指定されており、国からもハッキリと「疾病」として認められている。
そして、侮ることなかれ。摂食障害は、単なる身体的不調だけでなく、死亡に至ることも多いことが分かっている。特に拒食症の場合は、低栄養による腎不全や低血糖、電解質異常による不整脈、結核などの感染症など、重篤なケースを引き起こすことも珍しくない。
一般の方と比べて、自殺に繋がるケースが多いのも特徴だ。拒食症の自殺による死亡率は1000人あたり1.24人/年で、過食症に関しては1000人あたり0.30人/年と報告されている。
理学療法士にとって、あまり馴染みのない疾患だとは思うが、実は「摂食障害全国基幹センター(基幹センター)」が運営する情報ポータルサイトの「他職種の関わり」には理学療法士の記載も少しでは紹介されている。
海外でも理学療法士が摂食障害患者に関わることはまだまだメジャーとは言えないが、今回、いくつかの研究報告をご紹介しながらその可能性について述べていく。
負の運動行動や認知によって
本題に入る前に、そもそもなぜ上に記したように多くの人が摂食障害を患ってしまうのか整理しておこう。
一つ、元日本女子マラソン代表の原裕美子さんのケースを紹介する。彼女は実業団に入社し、より過酷な体重管理を強いられるようになった。周りの選手よりも体重があった原さんは、よりきつい練習が課せられ、食事の際は監督の目の前に座らされ、何をどのくらい食べていいのか細かく指示されたそうだ。
「吐いてしまえば、体重は増えないのでは?」
「好きなものを思いっきり食べても吐いてしまえばいい」
そう頭の中を過ぎり、それから過食嘔吐の生活が始まった。それからは監督に怒られることもなく、体重も減り「こんなラッキーなことはない」と思ったそうだ。繰り返される嘔吐により次第に歯は溶け、疲労骨折も繰り返すが、止めると体重が増えてしまうので止めるに止められなくなってしまった。
このように、摂食障害に陥る原因は、思春期の女性に多い「体重が増えることに対する恐怖感」と共に、過度な運動や生活上の強いストレスなどダイエット以外の社会的要因、対人的要因もトリガーになることが多い。
Shroff Hらは、神経性食欲不振症および神経性過食症の摂食障害患者の30〜80%は、過度の運動または強迫運動と呼ばれる不健康な運動に従事していると報告している。また、Stroberらは、負の運動行動や認知はしばしば摂食障害の発症に先行し、摂食障害における過度の運動は、予後不良、再発の予測因子としている。
このように「運動」や「認知の歪み」が摂食障害に関わっていると分かると、理学療法介入の余地がありそうだと思えてこないだろうか。次章では、摂食障害患者に対する理学療法介入に関する研究報告から、その効果についてお伝えする。
運動処方は悪影響?
従来、摂食障害患者に対しての生活指導は、安静にすることが基本とされてきた。
医学的飢餓状態のやせ細っている方に対して、「ガンガン運動しようぜ!」と指導をするより、消費カロリーを減らすように考えるのがセオリーになることは、想像していただければ分かると思う。実際、摂食障害の方は体重増加を恐れ、過度に運動を行ってしまう傾向がある。
しかし、近年は、理学療法士が教師付きの運動処方を行うことで、体重増加や月経の回復に悪影響を及ぼさずに、治療コンプライアンスの向上・食物への関心の低下・過食症の症状の減少・否定的な運動行動の減少といった、ポジティブな効果も見られることが分かってきた。
ベルギーの理学療法士 Vancampfortらが2013年に行なったシステマティックレビューでは有酸素運動と筋力トレーニングが、拒食症患者の筋力、BMI、体脂肪率を大幅に向上させることも報告している。
さらには、有酸素運動、ヨガ、マッサージ、および基本的な身体認識療法により、拒食症と神経性過食症の両方の患者の食事の病理と抑うつ症状のスコアが大幅に低下していた。
カナダのオンタリオ州ハミルトンにあるマクマスター小児病院では、①バイタルサインの不安定性②体重③否定的な運動行動の重症度④骨密度⑤月経障害をアセスメントし、栄養療法や薬物療法と並行して、理学療法介入している。
重度の方には、ストレッチや座位や臥位で行えるヨガのポーズから始めて、徐々に、立ち動作のヨガのポーズや体操、ジャンプ動作を行い、リスク管理を行いながら運動提供を行っている。
摂食障害患者は、治療からのドロップアウトも多いため、より良い治療効果を確保するためには、当然、患者の動機付けや信頼関係の構築がとても重要となる。介入は重度になればなるほど難しいとされるため、やはり早期治療がとても重要とされている。
まとめ
日本ではまだ一般的ではないが、理学療法が、摂食障害の身体障害・精神障害の両面に対して有効なことが分かっていただけただろうか。
重ねて、安易なアドバイスは、命取りとなることもあるということもあるということも強調しておきたい。先にも述べたとおり、摂食障害は、精神疾患の中でも自殺による死亡率が高い疾患だ。
医師や心理士、栄養士などの他職種と連携を行いながら介入を行うことで、理学療法の可能性を広げていっていただければと思う。
【出典 / 参照】
・厚生労働省.知ることからはじめよう みんなのメンタルヘルス
・ダイエット幻想 (ちくまプリマー新書) |磯野 真穂 (著)
・Shroff Hら.Features associated with excessive exercise in women with eating disorders.[PMID:16637047]
・Stroberら.The long-term course of severe anorexia nervosa in adolescents: survival analysis of recovery, relapse, and outcome predictors over 10-15 years in a prospective study.[PMID:9356884]
・GC Machadoら.Physiotherapy improves eating disorders and quality of life in bulimia and anorexia nervosa[PMID:25136082]
・Davy Vancampfort.A systematic review of physical therapy interventions for patients with anorexia and bulemia nervos[PMID: 23826882]
・Gustavo C Machado.Physiotherapy improves eating disorders and quality of life in bulimia and anorexia nervosa[PMID:25136082]
・https://melioguide.com/physical-therapy-continuing-education/eating-disorders-treatment-therapy/
・https://cpmh.csp.org.uk/content/physiotherapy-eating-disorders