言語聴覚士養成における課題
― まず、時田先生が言語聴覚士になろうと思ったきっかけを教えてください。
時田:高校2年生の時に、母から作業療法士の仕事を紹介してもらって、川崎医療福祉大学のパンフレットを見ていて、言語聴覚学科のページを見つけました。それを見た時にもう「これになろう!」と、雷に打たれたような感じで決めました。
大学を卒業してからは、広島県の脳神経センター大田記念病院に勤めました。働き始めた時は、病院には私の他に3名の先輩STがいましたので、180床の急性期の病棟を4人で担当していた感じです。
ー それから大学院(川崎医療福祉大学大学院)に通おうと思ったのは、どういう理由だったのですか?
時田:5,6年目になって一通り病院業務ができるようになった時に、この先のことについて考えるようになりました。今後、より質の高いリハビリテーションを提供をする為には基礎分野をもう一回ちゃんと勉強しないと、これ以上、上にはいけないと思ったんですよ。
当時は、今みたいに夜間に授業をしてくれるような大学院はとても少ない時代で、医療技術学研究科感覚矯正学専攻に同じタイミングで入学した人は、私以外にはいませんでしたね。
なので、私の都合に合わせて授業時間を変更して頂いたり、レポート課題の内容を日々の臨床業務の中で取り組んでいけるようなレポート課題に内容を変更して頂いたりと、それなりに融通してもらっていました。
ー 大学院に行くことは、学生さんに薦めたりとかします?
時田:はい。1,2年生の時に、「この子いいな」と思ったら「君、大学院どう?」と声をかけるようにしています。
教員から学生に声かけて少しでもアカデミアに興味を持ってもらうことが、将来の言語聴覚士の可能性を広げるのにも繋がると思っています。
言語聴覚士人口が現在約3万人で圧倒的に足りていないと言われていますが、では養成校をもっと増やせばいいのではないかというと、その学生を育てる言語聴覚士教員になれる人材がまず不足しているのです。
修士や博士の学位を取得している人たちを増やし、その中から教員を目指す人を増やしていく事が、後進の育成にも繋がりますし、また教員が増えてくれば、それだけ個別性に特化した教育を提供できますので、学生の満足度にも繋がるかなと思っています。
教員が早めに声をかけて職域を広げていくアシストも、個人的には必要だと思います。
ー 言語聴覚士教育における課題っていうのは、先生の中でどんなところに感じていますか?
時田:大学教員が伝えたいことと学生が知りたいことが、必ずしも一致していないみたいなところがあります。
教授や准教授だとしても、小学校や中学校の先生のように教員免許を持っているわけではありませんので、必ずしもティーチングのプロではないわけです。
なので、これは私自身にも向けた言葉なのですが、あまり驕り高ぶらずに、広い視点で柔軟に対応していかないといけないとは思っています。
今のポジションより2つ上の視点を持つ
ー 時田先生の中でキャリアのターニングポイントについて教えてください。
時田:明確に一つあるのは、以前、勤めていた病院の経営企画室にいた方からリハビリテーション課の運営について色々と具体的なアドバイスを頂いたことでしょうか?
当時、私はSTの主任で、私の他にPTOTの主任が一人ずつ、その上にリハビリテーション科長がいたのですが、制度改定に応じて対応するべく、科としてバタバタしていました。
その経営企画室にいた方は、さまざまなところでの勤務経験があり非常に広い視点をお持ちでした。どうやればスタッフのみんなのコンセンサスを得ながら、課としての目標達成をしていけるかなどについて、色々と教えて頂きました。
色々と教えて頂いた中で、一番印象に残っていることは、「今の自分のポジションの2つくらい上の視点を持って業務をすることが大切」ということです。
上のポジションに立ってみてからではなく、立つ前から「課長だとしたら、今何をするべきなのか」という風に思考を走らせることが大切なのではないでしょうか?
ー 課長になってからどんなことをやったのか、具体的にやって良かったと思うことを教えてください。
時田:色々と導入したことはあって。まず、PTOTST全員が出勤する日を作って、班に分けて、リハビリテーション課の新しいビジョンと行動目標を決めています。
自分たちで定めた目標に対して、現場で何が足りていて何が足りていないのかをチームで話す機会を毎年一回設けています。
あとは法人として求めるセラピスト像を求めるっていうのを明確化した人事考課も作成しました。主任になる為には臨床業務で何ができた方がいいか、どんな知識が必要かなどをスタッフ全員に共有して、人事ヒヤリングではそれをもとに話し合うようにしました。
また、リーダークラス以上を対象にしたリーダーシップ研修みたいなものも導入しました。医療職も仲良しクラブじゃなくビジネスなので、言わないといけないことはちゃんと言わなくてはいけません。
でも、不要な誤解を生まないようにどういう風に伝えてあげたら、相手がちゃんと納得してくれるか、いわゆるコーチングみたいなところのスキルは、まだ足りていないと思います。
ー 反対にやってみたけどうまくいかなかった事例とかはありますか?
時田:上手くいかなかったことだらけですよ。ただ、失敗は悪ではありません。業務の中で起きた事は、何であれちゃんと分析して、同じ轍を踏まない為にどうしたらいいかを考え、それを全体に共有するのを大切にしていました。
自らの仕事の中で「自らの成長」を確認すること
ー 時田先生が、そういったビジネス的なスキルに興味を持ったきっかけって何かあったんですか?
時田:ある大手の医療機器メーカーの方が講師の研修に参加させていただいたことがあってそれが面白かったんですよね。
マニュアル化されたメソッドを使えば、ある程度までは上手くいくんだというのを知ってもっと学びたいと思い、研修が終わった後に、講師の先生にお勧めの本を聞きに行きました。それでバーバラ・ミントの「考える技術 書く技術」を紹介してもらって、それからビジネス書を読むようになりました。
もちろん上手くいかなかったこともありますけど、うまく現場に落とし込むことでいい結果を生むことも多く、医療現場にも活かせると思います。
ー 最後に若手の言語聴覚士に向けてメッセージをお願いします。
時田:私が言語聴覚士になった時よりも今求められてる力っていうのは、ひとつは結果の解釈力ですね。
例えば、MMSEという臨床でよく使用される認知機能の検査結果が何点だとしても、そもそもそれが何を表しているのか、結果を導きだす力よりも、その後の解釈の方がより現場で求められるようになってきていると思います。
あとは、学生にはよく「共感力が大事だと伝えています。PTOTSTは真面目な人が多いからなのか、どうしていいのか分からなくなって患者さんの前で悩んでしまう場面もよく見受けられます。
それよりも「膝痛いですよね、大変ですよね。」とか、アドバイスをする一つ手前の段階を最も大切にしてほしいと思っています。今、臨床現場はとても大変だと思います。忙しい日々の中で自分を見失ってしまうことも多々あると思います。
そのような時に「自分はどんな言語聴覚士になりたいのか?」または「どんな言語聴覚士になりたいと思っていたのか?」ということを考えたり、思い出すことが大切だと思っています。
言語聴覚士として仕事をして、目に見える報酬、つまりお給料がありますが、目に見えない報酬もたくさんあります。それは、患者さんからの感謝の言葉と、言語聴覚士という仕事を通して感じることができる「自らの成長」です。
自らの仕事の中で「自らの成長」を確認することがとても大切で、長く仕事をしていく上での大きな力になると思っています。