目次
- 1. ハムストリングスの全体像と臨床的意義
- 2. 半腱様筋の起始・停止・神経・作用
- 3. 半膜様筋の起始・停止・神経・作用
- 4. 大腿二頭筋の起始・停止・神経・作用(二重神経支配)
- 5. ハムストリングスの基本的な機能
- 6. 大腿二頭筋の触診
- 7. 評価テスト(SLR・Active Knee Extension)
- 8. ハムストリングス関連疾患(肉離れほか)
- 9. ストレッチ
- 10. 筋力トレーニング
- 11. 臨床応用のコツと注意点
- 12. 参考文献
1. ハムストリングスの全体像と臨床的意義
ハムストリングスは大腿後面に位置する3筋(内側:半腱様筋・半膜様筋/外側:大腿二頭筋)の総称です。大腿二頭筋短頭を除く各筋は坐骨結節を起始とし、股関節と膝関節をまたいで脛骨・腓骨に停止する二関節筋として機能します(短頭は大腿骨起始で膝関節のみに作用)。
構成筋(3筋):半腱様筋(Semitendinosus)/半膜様筋(Semimembranosus)/大腿二頭筋(Biceps Femoris、長頭・短頭)
主な作用:股関節伸展、膝関節屈曲、膝屈曲位での脛骨回旋(半腱・半膜→内旋/大腿二頭→外旋)
主な神経支配:坐骨神経の脛骨神経部(半腱・半膜・大腿二頭長頭)/総腓骨神経部(大腿二頭短頭のみ)
臨床上の重要性:スポーツ肉離れの最頻部位、坐骨神経痛との鑑別、L5/S1神経根症評価の補助、変股OA/TKA後の筋出力評価
2. 半腱様筋(Semitendinosus)
起始:坐骨結節(大腿二頭筋長頭と共同腱)
停止:脛骨内側面(鵞足を構成、縫工筋・薄筋とともに)
神経支配:坐骨神経・脛骨神経部(L5・S1・S2)
作用:股関節伸展、膝関節屈曲、膝屈曲位で脛骨内旋
臨床のポイント:腱が長く前十字靱帯(ACL)再建術の腱グラフトに採用される(STG法)。ACL再建後はこの筋の出力低下が一定期間残るため、術後リハで再評価が必要。
3. 半膜様筋(Semimembranosus)
起始:坐骨結節(半腱様筋・大腿二頭筋長頭よりも上方・外側)
停止:脛骨内側顆後面(複数の遠位展開:直接腱・斜膝窩靭帯ほか)
神経支配:坐骨神経・脛骨神経部(L5・S1・S2)
作用:股関節伸展、膝関節屈曲、膝屈曲位で脛骨内旋、膝関節後内側の動的安定化
臨床のポイント:5つの停止腱で膝関節後内側の動的安定機構を構成し、内側半月板への張力供給にも関与する。膝OAなどで後内側痛を訴える症例では、半膜様筋も評価対象となる。
4. 大腿二頭筋(Biceps Femoris)
大腿二頭筋は長頭と短頭の2つの頭からなり、それぞれ起始と神経支配が異なります(二重神経支配)。これはハムストリングス3筋の中で唯一の特徴です。
長頭の起始:坐骨結節(半腱様筋と共同腱)
短頭の起始:大腿骨粗線外側唇
停止:主に腓骨頭(長頭・短頭の共同腱)[6]
長頭の神経支配:坐骨神経・脛骨神経部(L5・S1・S2)
短頭の神経支配:坐骨神経・総腓骨神経部(L5・S1・S2)
作用:長頭は股関節伸展+膝屈曲+膝屈曲位で脛骨外旋、短頭は膝屈曲+膝屈曲位で脛骨外旋(股関節作用なし)
臨床のポイント(二重神経支配の重要性):大腿二頭筋短頭は総腓骨神経支配のため、腓骨神経麻痺で選択的に筋出力低下を起こす。一方、長頭は脛骨神経支配のため温存される。腓骨神経麻痺の評価で「下腿前面・外側の筋」だけでなく「大腿二頭筋短頭の筋出力」も確認する必要がある。

5. ハムストリングスの基本的な機能
ハムストリングスは二関節筋として、立位・歩行・走行・跳躍など多くの動作で重要な役割を果たします。特に走行の終末スイング期の遠心性収縮が肉離れの代表的な好発局面とされます(立脚期など他機序も議論)。
歩行:立脚後期での股伸展、遊脚後期での膝過伸展抑制(遠心性収縮)
走行・スプリント:スイング後期から接地直前での減速制御(遠心性収縮)→ 肉離れ最頻局面
立位姿勢制御:骨盤後傾の補助、腰椎前弯の調整
膝動的安定化:膝屈曲位での脛骨回旋制御(半腱・半膜→内旋/大腿二頭→外旋)、前方脛骨移動の制御によるACL負荷軽減への寄与
6. 大腿二頭筋の触診
体位:腹臥位、患側膝を軽度屈曲位
手順:腓骨頭を確認し、そこから大腿後面を近位に向かって辿る。患者に膝屈曲+脛骨外旋を抵抗下に行わせると、外側のハムストリングスとして大腿二頭筋腱が浮き上がる。
確認ポイント:膝窩外側で明瞭に触知できる腱が大腿二頭筋遠位腱、その内側で並走するのが半腱様筋腱(鵞足の一部)。
臨床のポイント:肉離れの圧痛部位の特定や、トリガーポイント治療部位の同定に必須。膝窩外側の硬結や圧痛は、大腿二頭筋遠位腱障害・周辺組織痛の評価ポイントとなる。
7. 評価テスト
SLR(Straight Leg Raise)テスト
手順:患者背臥位、膝伸展位。検査者は患側下肢を保持し、ゆっくり挙上する。
解釈の使い分け:下肢後面に放散する坐骨神経痛様疼痛→神経根症(陽性)/大腿後面の純粋な伸張感のみ→ハムストリングス短縮(柔軟性低下)。角度よりも疼痛の性質・放散・神経学的所見で判断する
対象組織:坐骨神経/L4-S1神経根(神経)/ハムストリングス(柔軟性)
感度/特異度:椎間板ヘルニアによる神経根症:感度 91%/特異度 26%
van der Windt 2010[1]
臨床のポイント:放散痛か単純な伸張感かで責任組織が異なる。神経テンションを除外したいときは Slump Testや足関節背屈の追加で確認する。
Active Knee Extension Test(AKE/能動膝伸展テスト)
手順:患者背臥位、患側股関節90度屈曲位を保持し、患者は能動的に膝を伸展していく。最大伸展位での膝屈曲角度を測定。
陽性所見:膝屈曲20度以上残存を短縮の目安とする(年齢・性別・測定法で変動)。
対象組織:ハムストリングス(筋柔軟性評価)
信頼性:検者内 ICC 0.92〜0.95
Davis 2008[2]
臨床のポイント:SLRより筋長評価に使いやすい(神経症状がある場合はSlump等を併用)。スポーツ復帰判定や経時変化の評価に有用。
Askling H-test(復帰判定)
手順:患者背臥位。膝伸展位のまま、できるだけ速く能動的に下肢を挙上(active SLR)する。能動的柔軟性と「不安感(apprehension)」を評価する。
狙い:受動的テスト(SLR/AKE)では捉えられない、受傷側の能動的柔軟性の低下(約8%)と不安感を検出。肉離れ後の復帰判定に用いる。
信頼性:検者間 ICC 0.94〜0.99。復帰判定を補完するテストとして有用とされる
Askling 2010[8]
臨床のポイント(復帰判定は多角評価で):復帰可否は単一テストで断定できない。ROM(AKE/Askling H-test)+膝屈曲筋力の左右差+無痛+機能(スプリント・アジリティ)+主観的準備性を多角的に評価する。無痛触診“単独”は復帰判定に不十分で、局所圧痛の残存は再受傷リスクと関連する報告がある。
8. ハムストリングス関連疾患
ハムストリングス筋挫傷(肉離れ)
ハムストリングス肉離れはサッカー・陸上短距離・ラグビーなどスプリント系スポーツで最頻の筋損傷です。受傷機転は走行の終末スイング期の遠心性収縮が代表的で(立脚期など他機序も議論)、再受傷率は研究により幅が大きく(13.9〜63.3%等)しばしば高率とされます[3,10]。

奥脇分類による損傷タイプとリハ進行の目安
I型(筋線維レベル):MRIで腱断裂なし、筋線維のみ。スポーツ復帰目安 1〜2週。
II型(筋腱移行部):腱付着部・腱膜断裂。スポーツ復帰目安 3〜6週。
III型(腱付着部完全断裂):坐骨結節からの剥離など。手術検討。復帰目安 12週以上。
分類エビデンス:MRIによる重症度分類は復帰時期予測に有用(復帰時期の目安は症例・MRI所見・競技特性により変動)
奥脇 2009[7]/Hamilton 2015[4]
臨床のポイント:II型以上(特に腱付着部を含む損傷)は復帰までに時間を要し、再受傷率も高い。近年はBAMIC(部位 a=筋膜/b=筋腱移行部/c=腱内)も用いられ、腱内(c)損傷は復帰が大幅に延長する[9]。エキセントリックトレーニング(ノルディックハム)での予防効果は複数RCTで示されている[5]。
坐骨神経痛との鑑別
坐骨結節周囲の痛みは「ハムストリングス起始部障害(高位ハムストリングス腱症)」と「梨状筋症候群/L5・S1神経根症」で症状が類似します。SLR陽性かつ神経学的所見(皮膚分節の感覚低下・腱反射低下)があれば神経由来、SLRで純粋な伸張感のみなら筋・腱由来を疑います。
大腿二頭筋短頭の腓骨神経麻痺評価
腓骨神経麻痺(足関節背屈不能・前脛骨筋麻痺)の症例で、大腿二頭筋短頭のみが選択的に筋力低下している場合、腓骨神経の高位(坐骨神経分岐部以遠かつ大腿後面まで)での障害を示唆します。長頭が温存されていれば、L5・S1神経根症との鑑別根拠の一つになります。
9. ハムストリングスストレッチ
ジャックナイフストレッチ
手順:両足首を両手で把持。骨盤前傾を保ったまま膝をゆっくり伸展していく。背中を丸めない(腰椎屈曲で代償しない)のが重要。
狙い:骨盤前傾を維持することで純粋にハムストリングスの伸張ストレスを与える。
頻度:例として30秒×3セット、1日2回(施設・目的により調整)。
臨床のポイント:従来の前屈ストレッチは腰椎屈曲で代償が入りやすく、ハムストリングスの真の伸長感が得にくい。ジャックナイフ姿勢は骨盤前傾を強制できる。

10. ハムストリングスのトレーニング
ノルディックハムストリングエクササイズ(NHE)
手順:膝立て位で足首を補助者または固定具に固定。体幹をまっすぐ保ったままゆっくり前方に倒れていき、最大限制動した後、手で支えて起き上がる。
狙い:ハムストリングスの遠心性筋力強化(肉離れ予防のキー)
頻度:例として週1〜3回、2〜3セット×6〜12回から、競技期・筋痛・既往に応じて調整。
エビデンス:複数RCTで肉離れ発生率を約51%減少させる効果が示されている
van Dyk 2019[5]
臨床のポイント:肉離れ予防エビデンスのある数少ない介入。スプリント系スポーツのアスリートには必須メニュー。導入初期は遅発性筋肉痛(DOMS)が強いため、低頻度から始める。

11. 臨床応用のコツと注意点
SLRは「神経」と「筋柔軟性」を切り分ける
放散痛・しびれを伴う場合は神経根症、単純な伸張感のみならハムストリングス短縮、と切り分ける。同じ「SLR制限」でも責任組織が違えば介入も全く異なる。
大腿二頭筋短頭の選択的麻痺は腓骨神経損傷を疑う
下腿前面・外側の筋(前脛骨筋・長腓骨筋)の麻痺+大腿二頭筋短頭の出力低下+長頭は温存、というパターンは坐骨神経分岐後の腓骨神経幹レベルでの障害(大腿後面〜膝窩)を強く示唆。
肉離れは「分類」で復帰時期を読む
奥脇I型(筋線維レベル)なら1〜2週、II型(筋腱移行部)なら3〜6週、III型(腱付着部完全断裂)は12週以上が目安(症例・MRI所見・競技特性により変動)。MRI評価が早期予測に有用。
予防にはノルディックハム、再発予防にも有効
ノルディックハムストリングエクササイズによる肉離れ発生率の低下はメタ分析で示されている(約51%減)[5]。アスリートのコンディショニングメニューに組み込む。
ストレッチは「骨盤前傾」を維持する
従来の前屈ストレッチは腰椎屈曲で代償されやすい。ジャックナイフ・椅子上前屈・ボール上ストレッチなど、骨盤前傾を保てる肢位で実施する。
関連記事
12. 参考文献
- van der Windt DA, Simons E, Riphagen II, Ammendolia C, Verhagen AP, Laslett M, et al. Physical examination for lumbar radiculopathy due to disc herniation in patients with low-back pain. Cochrane Database Syst Rev. 2010;(2):CD007431.
- Davis DS, Quinn RO, Whiteman CT, Williams JD, Young CR. Concurrent validity of four clinical tests used to measure hamstring flexibility. J Strength Cond Res. 2008;22(2):583-8.
- Mendiguchia J, Brughelli M. A return-to-sport algorithm for acute hamstring injuries. Phys Ther Sport. 2011;12(1):2-14.
- Hamilton B, Valle X, Rodas G, Til L, Pruna R, Gutierrez JA, et al. Classification and grading of muscle injuries: a narrative review. Br J Sports Med. 2015;49(5):306.
- van Dyk N, Behan FP, Whiteley R. Including the Nordic hamstring exercise in injury prevention programmes halves the rate of hamstring injuries: a systematic review and meta-analysis of 8459 athletes. Br J Sports Med. 2019;53(21):1362-1370.
- Tubbs RS, Caycedo FJ, Oakes WJ, Salter EG. Descriptive anatomy of the insertion of the biceps femoris muscle. Clin Anat. 2006;19(6):517-21.
- 奥脇透. ハムストリング肉離れの分類とリハビリテーション. 臨床スポーツ医学. 2009;26(1):85-91.
- Askling CM, Tengvar M, Saartok T, Thorstensson A. A new hamstring test to complement the common clinical examination before return to sport after injury. Knee Surg Sports Traumatol Arthrosc. 2010;18(12):1798-803.
- Pollock N, James SLJ, Lee JC, Chakraverty R. British athletics muscle injury classification: a new grading system. Br J Sports Med. 2014;48(18):1347-51.
- de Visser HM, Reijman M, Heijboer MP, Bos PK. Risk factors of recurrent hamstring injuries: a systematic review. Br J Sports Med. 2012;46(2):124-30.
理学療法士として整形外科クリニックで3年間勤務し、肩・膝・腰など運動器疾患のリハビリテーションに従事。BCリーグ(プロ野球独立リーグ)のチームトレーナーとしてアスリートのコンディショニングに携わるほか、東京2020パラリンピックでは理学療法士ボランティアとして車椅子バレーの競技サポートに参加。
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