在宅療養高齢患者の予後| 7 項目で死亡率との関連性が明らかに

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東京慈恵会医科大学 総合医科学研究センター 臨床疫学研究部(教授 松島雅人)は、日本医療福祉生活協同組合連合会 家庭医療学開発センター Practice-based research network(運営委員長 渡邉隆将)と共同で、在宅療養患者の追跡調査を行い、経年的な予後(死亡率)とそれにどのような要因が関わっているかを明らかにしました。

 

わが国は先進国の中でも抜きんでた高齢化社会となっており、政府は高齢者の在宅医療・介護を推進しています。特に虚弱者や障害者のケアについては、医師主導の在宅訪問医療が柱となりますが、日本では在宅医療の患者の予後(死亡率)やそれに関連する危険因子など、在宅医療に必要な基本的な情報がほとんどありません。今回の研究は、私たちの知る限りで、日本で医師主導の在宅医療訪問を受けている患者の予後と危険因子を丹念に追跡調査し、関連性を明らかにした、初の多施設前向きコホート研究です。

 

調査対象・調査方法・調査期間

1、調査対象者、65 歳以上で、2013 年 2 月 1 日から 2016 年 1 月 31 日までの間に、東京大都市圏に位置する 13 施設から在宅または介護施設で医師主導の定期的な医療を受け始めた方 825 人です。観察期間は2017 年 1 月 31 日に終了しました。

 

2、このうち調査中に亡くなられた 380 人について、予後に関わるであろう以下の 13 の調査項目(生物心理社会的)を用いて死亡リスク因子を同定しました。

生物学的項目:性別、年齢、併存疾患指数(Charlson comorbidity index score)、

栄養状態(血清アルブミン値)、基本的日常生活動作(Barthel Index score)、褥瘡治療の有無、在宅酸素療法/呼吸器使用

心理的事項 :うつ傾向(Cornell Scale for Depression in Dementia の日本語改訂版)、認知機能(Mini-Mental State Examination-Japanese)

社会関連変数:介護施設入居者、常勤介護者の有無、一人暮らしかどうか、生活保護受給者かどうか

 

研究成果

1、調査期間中に 380 人の方が亡くなりました。このうち、半年で約 4 分の 1、1年で約 3 分の 1、2 年で約 2分の 1、3 年で約 3 分の 2 の方が亡くなりました。最初の半年に亡くなった方が多い理由は、がんなどの病気によって在宅で終末期を過ごす患者さんがいるためと考えられます。

 

2、13の調査項目のうち以下の 7 項目が、死亡率との関連性が高い因子であることが明らかになりました。
体や心の状態に直接関係する事柄だけでなく、特に、生活保護を受けていない場合に死亡率が高くなっていたことは、今後、この制度をどのように活用していくかの問題点を浮き彫りにしたと考えられます。

 

・男性であること(女性に比べて 1.61 倍死亡率が高い)

・併存疾患指数が高い(Charlson comorbidity index 5 点以上は、0-1 点と比べて 4.00 倍死亡率が高い)・栄養状態が低い(血清アルブミン値 3g/dl 以下は、4g/dl 以上と比べて 2.70 倍死亡率が高い)

・着替えや歩行などの基本的日常生活動作の指数が低い(自立度が低い)(Barthel index 24 点以下は60-84 点に比べ 1.47 倍死亡率が高い)

・酸素療法を受けている(在宅酸素療法/呼吸器使用の場合、2.49 倍死亡率が高い)

・うつ傾向(Cornell Scale for Depression in Dementia 5 点以上は 0 点と比べて 1.71 倍死亡率が高い)

・生活保護を受けていないこと (1.64 倍死亡率が高い)

 

今後の展開

今後、この研究では、特に在宅で亡くなられる、つまり在宅死にどのような要因が関与しているかについて詳細に分析を行うことを予定しています。

 

本研究の成果は、4 月 16 日に Family Practice 誌オンライン版に掲載されました.Makoto Kaneko, Takamasa Watanabe, Yasuki Fujinuma, Kenichi Yokobayashi, Masato Matsushima, Overall mortality in older people receiving physician-led home visits: a multicentre prospective study in Japan, FamilyPractice, 2021;, cmaa141, https://doi.org/10.1093/fampra/cmaa141

 

4 月 16 日時点での論文へのリンク先:https://academic.oup.com/fampra/advance-article/doi/10.1093/fampra/cmaa141/6226038

本研究は、JSPS 科研費 JP24590819 の助成をうけたものです。

研究グループ

・東京慈恵会医科大学 総合医科学研究センター・臨床疫学研究部 教授 松島雅人

・日本医療福祉生活協同組合連合会・家庭医療学開発センター・Practice-based research network(運営委員長 渡邉隆将)

 

研究の詳細

1、背景

人口高齢化は、医療や介護の提供に影響を及ぼす世界的な問題です。日本の人口高齢化は、他のどの国の人口よりも前例のない速さで進行しています。そのため、医療提供者や政策立案者は、高齢者のケアの問題に取り組まなければなりません。

 

これを促進するために、日本政府は虚弱者や障害者に対する医師主導の訪問介護を推進してきました。これまでの研究(メタアナリシス)では、高齢者の予防的訪問(主に医師ではなく看護師が行う)が死亡率や長期療養施設への入所率を低下させることが示されています。

 

日本では医師主導の在宅訪問は、慢性疾患や急性非重症の医療ケアを提供するものであり、在宅ケアサービスと在宅入院の中間的な役割を果たしています。

 

日本政府が医師主導の訪問診療を推進しているのに続き、政策の効果を評価するためには、訪問診療を受ける患者に関する基本的な情報(死亡率や関連する危険因子など)が必要でしょう。しかし、日本では在宅医療導入後の予後や危険因子に関する情報はほとんどありません。

 

日本の Elderly Mortality Patients Observed Within the Existing Residence(EMPOWER)研究は、多施設前向きコホート研究です。本論文は EMPOWER Japan 調査の第 1 報です。

 

2、手法

デザイン

本研究は、日本のプライマリケアにおける実践研究ネットワークが実施した多施設前向きコホート研究です。

 

対象者は、2013 年 2 月 1 日から 2016 年 1 月 31 日までの間に在宅または介護施設での医療ケアを開始した65 歳以上の方で、追跡は 2017 年 1 月 31 日まで行われました。

 

参加施設は、家庭医療学開発センターの研究ネットワークである Centre for Family Medicine DevelopmentPractice-Based Research Network:CFMD-PBRN に所属している12 の診療所と1地域病院で、いずれも東京大都市圏の住宅地に位置しています。

 

今回の研究論文は、総死亡率を指標とし、それに関わる可能性のある因子として、生物学的、心理的、社会的の3つの側面から 13 の項目を選び、それぞれの死亡への関連を検討しました。生物学的項目:性別、年齢、併存疾患指数(Charlson comorbidity index score)、栄養状態(血清アルブミン値)、基本的日常生活動作(Barthel Index score)、褥瘡治療の有無、および在宅酸素療法/呼吸器使用、心理的事項:うつ傾向(Cornell Scale forDepression in Dementia の日本語改訂版)および認知機能(Mini-Mental State Examination-Japanese)、社会関連変数:介護施設入居者、常勤介護者の有無、一人暮らしかどうか、生活保護受給者かどうか、の 13 項目です。

 

3.成果

825 名中、全観察期間で 380 人が亡くなられました。このうち、221 人(58%)が病院で、135 人(36%)が自宅で、22 人(6%)が介護施設で亡くなられています。全死亡率は 35.2/100 人年(95%信頼区間:31.8~38.9)でした。これは、たとえば 100 人を 1 年間追跡したら、35.2 人の方が亡くなられたこと示しています。また生存期間中央値は 823 日(688-1012)でした。

併存疾患指数で 5 以上(がん患者さんが多くを占めています)と併存疾患がより重篤な方の群は、追跡開始後 6ヶ月間に急激な生存曲線の下降、つまり生存率の低下が見られました。

 

死亡にどのような項目が関連しているかを、多変量解析(Cox 比例ハザードモデル)で検討した結果、性別(男性)、CCI スコアが高い、血清アルブミン値が低い、Barthel Index score が低い、酸素療法を受けている、CSDDスコアが高い、生活保護を受けていないことが独立して死亡リスクを上昇させることが示されました。

 

・男性であること(女性に比べて 1.61 倍死亡率が高い)

・併存疾患指数が高い(Charlson comorbidity index 5 点以上は、0-1 点と比べて 4.00 倍死亡率が高い)・栄養状態が低い(血清アルブミン値 3g/dl 以下は、4g/dl 以上と比べて 2.70 倍死亡率が高い)

・着替えや歩行などの基本的日常生活動作の指数が低い(自立度が低い)(Barthel index 24 点以下は60-84 点に比べ 1.47 倍死亡率が高い)

・酸素療法を受けている(在宅酸素療法/呼吸器使用の場合、2.49 倍死亡率が高い)

・うつ傾向(Cornell Scale for Depression in Dementia 5 点以上は 0 点と比べて 1.71 倍死亡率が高い)

・生活保護を受けていないこと (1.64 倍死亡率が高い)

 

4.今後の応用、展開

今回の研究は、私たちの知る限りで、日本で医師主導の在宅医療訪問を受けている患者の予後を記述した、追跡不能を最小限に抑えた初の多施設前向きコホート研究です。

 

本研究では生存率曲線は、観察開始から 6 ヵ月間は急降下を示しています。対照的に、海外の介護施設入所者を対象とした先行研究の累積生存率は、一定の速度で直線的に低下しています。

 

この違いは、在宅で緩和ケアを受けているがん患者や、人生の終末期を在宅で過ごすことを選択した重症患者など、より重症度の高い参加者を対象にしたことによるものと考えられます。

 

これらの生存曲線の特徴は、おそらく日本の医師主導の在宅訪問の一つの機能、すなわち、人生の終末期に在宅での生活を望む患者のケアを反映していると思われます。

 

さらに、今回の研究ではフォローアップの最初の 6 ヵ月間の生存曲線が急降下したにもかかわらず、2 年間のフォローアップ後の累積生存率および生存期間中央値は、海外の介護施設での研究と非常に類似しました。このことは、今回の研究の対象者は、重症者を除いて、海外の介護施設研究の参加者よりも生存率が高かったことを意味しています。

 

生活保護受給者が非受給者に比べて死亡する可能性が低いことは予想外の結果でした。1 つの可能性としては、生活保護受給者は医療費が全額カバーされているため、費用に関係なく必要な医療をすべて受けているということが考えられます。

 

今回の対象者は 14%が生活保護受給者でしたが、一方、日本では 2012 年の 65 歳以上の人の 2.7%が生活保護受給者であり、今回の対象者は、社会経済的状況が比較的に良くないと思われる高齢者が多く含まれていたと思われます。

 

自分で医療費を払えない人の中には、基準が厳しすぎるために生活保護を受けていなかった人がいた可能性があります。すなわち生活保護の基準を満たさず、経済的理由で利用するサービスを制限した低所得者は、そのため必要なケアをすべて受けられずに、このことが余命に影響を与えている可能性があります。

 

医療従事者を対象とした国際的な調査では、終末期ケアの場所の選択と現実には大きなギャップがあるかもしれないと報告されています。がん患者の終末期には自宅が理想的な場所であると考えている医療従事者の割合は、患者が実際に終末期を自宅で過ごすと考えている人よりもはるかに高かったとの調査結果もあります。

 

この差は、終末期における患者中心のケアの欠如を表していると考えられます。今回の研究では、医師主導の在宅訪問は、末期患者から慢性疾患を持つ非重症患者まで、幅広い患者の状態をサポートできることが示唆されました。したがって、医師主導の在宅訪問は、このギャップを埋めるための終末期ケアの適切な形態であるといえるも考えられます。

 

今後、この研究では、特に在宅で亡くなられる、つまり在宅死にどのような要因が関与しているかについて詳細に分析を行うことを予定しています。

 

注)紹介している論文の多くは、単に論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎません。論文で報告された新たな知見が社会へ実装されるには、多くの場合、さらに研究や実証を進める必要があります。最新の研究成果の利用に際しては、専門家の指導を受けるなど十分配慮するようにしてください。

在宅療養高齢患者の予後| 7 項目で死亡率との関連性が明らかに

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