国立成育医療研究センター(所在地:東京都世田谷区大蔵、理事長:五十嵐隆)研究所 政策科学研究部の竹原健二部長、青木藍研究員らは、筑波大学体育系の征矢英昭教授、同医学医療系のGanchimeg Togoobaatar助教、およびモンゴル体育大学と合同で、運動が子どもの「学力」や「心身の健康」にどのような影響を与えるのかを調査する研究を行いました。その結果、運動によって子どもの学力が向上することが示されました。
本研究はモンゴルウランバートル市にある公立小学校に通う2,301人の子どもを対象に行いました。音楽に合わせた運動プログラムを実施する学校と、実施しない学校にランダムに分け、運動プログラムの実施前後で子どもたちのテストの得点の変化を比較しました。すると、運動プログラム実施群では、非実施群と比べて平均点の伸びが大きかったことが示され、子どもの学力が向上することが明らかになりました。
運動介入を、ある地域の学校に広く導入し、実際に学力が向上することを実証した大規模研究は珍しく、特にモンゴルのような発展途上国において、運動と学力の関連を検討する大規模ランダム化比較試験は世界で初めてとなります。本研究成果は、わが国においてもコロナ禍により子どもの様々な活動が制限されている中で、子どもの発達における運動の意義や重要性をあらためて示す知見になると考えています。
この研究成果は、令和3年10月18日付でアメリカ小児科学会の学術誌Pediatrics (Online ahead of print)に掲載されました。
【プレスリリースのポイント】
- ・モンゴル・ウランバートル市の小学4年生を対象にした大規模な介入研究により、学校で行う音楽に合わせた運動プログラムが子どもの学力などに与える効果を実証しました。
- ・運動介入実施群と非実施群の子どもの全国統一テスト(国語と算数の計200点満点)の得点がどのように変化したのかを比べたところ、都市部で8.4点、郊外で9.6点、実施群の方が平均点の伸びが大きいことが示されました。
- ・様々な研究から運動が脳の発達を促し、認知機能や集中力を高めることが知られており、本研究で認められた学力向上の背景にもこうした脳への効果が関わることが推察されます。
- ・より多くの子どもに運動の機会を提供するために、学校での取り組みは重要です。限られた時間・場所で楽しく効果的に実施できるように運動プログラムを工夫することで、学校現場での社会実装の可能性が示されました。
- ・今回の研究では、運動介入を実施した子どもにおいて、学力(国語・算数)に加え持久力や敏捷性などの向上は認められたものの、脳の実行機能や精神的健康度への効果は認められず、BMIはやや増加しました。
- ・運動は肥満予防など単に身体的な効果だけでなく、子どもの学力や脳に好影響を与える可能性を実証しました。
- ・子どもの健全な発達のためには、様々な知識を詰め込むだけでなく、運動も重要であることを示しました。
【背景・目的】
運動が子どもの心身の発達、健康の維持・向上に重要であることは広く知られていますが、日本だけでなく、国際的にも子どもの運動不足が深刻な問題となっています。運動不足による医療費などの経済損失は全世界で7兆円に上ると試算されている一方で、運動は健康に加え脳機能や学力の向上にも効果があることを示す研究成果が次々に報告され、注目されてきました。しかし、実際に地域・社会レベルでの効果の検証は不足しており、本研究のような社会実装に向けた大規模研究が求められていました。
【研究概要】
研究対象:
モンゴルウランバートル市の10の公立小学校に通う2,301人の小学4年生を、学校単位でランダムに運動プログラムを行う実施群(1,143人)と、行わない非実施群(1,158人)に分けて研究を実施しました。
研究方法:
運動プログラム実施群の小学生に対して、本研究で開発した運動プログラムを学校の体育の授業(週に2~3回)で10週間行ってもらい、その前後で全国統一テスト(国語・算数の計200点満点)の得点がどのように変化したのかを、非実施群と比較しました。
<運動プログラムについて>
運動プログラムは、約3分間に複数種類のジャンプ、スクワット、ステップなどを盛り込んだ高強度インターバルトレーニングの概念に基づいて作られたプログラムです。小さなスペースでも実施できるように、また、楽しい音楽や動作指示音声を組み合わせることで、子どもが意欲的にかつ効果的に運動を実施できるように工夫されています。筑波大学体育系の菊池章人研究員らが開発しました。
【モンゴルで音楽に合わせた運動プログラムを行っている様子】
【今後の展望・発表者のコメント】
- 本研究において、運動プログラムを実施することで子どもの学力が向上することが実証されましたが、今後はどのようにすれば効果的な運動をより多くの子どもたちに、継続して実施してもらうことができるか、という社会実装を検討していくことが望まれます。
- モンゴルと日本では、子どもを取り巻く生活環境などが異なることもあり、日本国内での社会実装に向けた追加検証が行われることが望まれます。
- コロナ禍において、長期間、子どもたちは身体を動かす機会を制限されています。子どもの運動不足は、肥満が増えるなどの身体的な問題に留まらず、健全な発達に多面的な問題が生じるリスクが高まると捉え、感染対策と併せて子どもたちが思い切り身体を動かす機会を十分に確保できるよう考えていく必要があります。
【発表論文情報】
<題名>
Exercise intervention for academic achievement among children: a randomized controlled trial
<著者名>
Kenji Takehara1), Ganchimeg Togoobaatar2), Akihito Kikuchi3), Gundegmaa Lkagvasuren4), Altantsetseg Lkagvasuren4), Ai Aoki1), 5), Takemune Fukuie6), Bat-Erdene Shagdar4), Kazuya Suwabe3), Masashi Mikami7), Rintaro Mori8), Hideaki Soya3), 6)
<所属>
1) 国立成育医療研究センター研究所政策科学研究部
2) 筑波大学医学医療系国際看護学研究室
3) 筑波大学体育系/ヒューマン・ハイ・パフォーマンス先端研究センター(ARIHHP)
4) モンゴル体育大学
5) 東京大学大学院医学系研究科臨床神経精神医学講座
6) 筑波大学体育系 運動生化学研究室
7) 国立成育医療研究センター臨床研究センターデータサイエンス部門生物統計ユニット
8) 国連人口基金アジア太平洋地域事務所
<掲載紙>
Pediatrics
DOI: 10.1542/peds.2021-052808
詳細▶︎https://www.ncchd.go.jp/press/2021/211018.html
注)紹介している論文の多くは、単に論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎません。論文で報告された新たな知見が社会へ実装されるには、多くの場合、さらに研究や実証を進める必要があります。最新の研究成果の利用に際しては、専門家の指導を受けるなど十分配慮するようにしてください。