国内20年間の脳卒中重症度と転帰の推移:日本脳卒中データバンク

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国立循環器病研究センター(大阪府吹田市、理事長:大津欣也、略称:国循)の豊田一則副院長が代表者を務める国内多施設共同の脳卒中急性期患者登録事業、日本脳卒中データバンク(Japan Stroke Data Bank: JSDB)の研究者らが、20年間に及ぶ臨床情報を用いて、わが国の脳卒中患者の入院時重症度と退院時機能転帰の推移を解明しました。この研究成果は、英文医学誌「JAMA Neurology」オンライン版に、令和3年12月6日に掲載されました。

 

【 日本脳卒中データバンク(JSDB)とは 】

日本脳卒中データバンク事業は、島根大学名誉教授の小林祥泰先生が1999年から始められた厚生科学研究費での脳卒中急性期患者データベース構築研究に端を発し、その後日本脳卒中協会の脳卒中データバンク部門として厚生労働科学研究費を受けながら改良を続け、症例登録数を増やしてきたものです。登録症例の解析結果は数年ごとに書籍化され、また多くの英語論文も発表されてきました。

本事業は2015年に国循に運営が移管され、脳血管内科と情報利用促進部(前循環器病統合情報センター)とで事務局を担って、現在の研究倫理に適う研究計画書の整備、入力システムの更新を行い、事業を継続してきました。2019年には登録患者数が20万例を突破しました。2021年3月には、国循への移管後初の書籍「脳卒中データバンク2021」を発刊いたしました(図1)。

 

【本研究の契機と研究方法】

脳卒中のコホート研究は、一般住民を対象とした研究と、JSDBのように病院入院患者を対象とした研究に大別されます。全国レベルの多施設共同による入院患者対象研究は30前後の国で行われていますが、登録患者の脳卒中の性状を長期間にわたって検討した研究は稀です。

わが国の脳梗塞急性期治療は、この20年間にいくつかの転換点がありました。ちょうど5年毎に2005年に静注血栓溶解療法の承認、2010年にカテーテルを用いた血栓回収治療機器の承認、2015年には現在頻用される血栓回収治療機器であるステントレトリーバーの効果が世界レベルで証明されました。これらの出来事に付随して、脳卒中診療環境も大きく変わってきました。そこで、JSDBの2000年から2019年までの登録例について、発症後7日以内に入院した急性期の脳梗塞、脳出血、くも膜下出血患者の入院時神経学的重症度を、国際標準尺度であるNational Institutes of Health (NIH) Stroke Scale (42点満点の評価法で、高点数ほど重症)と世界脳神経外科連合(WFNS)分類(くも膜下出血患者に用いられる5段階の評価法で、高点数ほど重症)を用いて、退院時の機能転帰(患者自立度)を同じく国際標準尺度である修正ランキン尺度 (0~6の7段階の評価法で、高点数ほど不良)を用いて評価し、同尺度の0~2を転帰良好、5~6を転帰不良と定義しました。これら尺度の経年的変化を検討しました。

 

【 解析結果 】

20年間に登録された183,080 例のうち、脳梗塞患者が135,266例(女性39.8%、発症時年齢中央値74歳)、脳出血患者が36,014例(女性42.7%、年齢中央値70歳)、くも膜下出血患者が11,800例(女性67.2%、年齢中央値64歳)を占めました。3病型ともに、20年の経過の間に発症時年齢が上昇し、NIHSSやWFNSの値が低下、つまり軽症化しました(図2)。

脳梗塞患者における転帰良好の割合は、年齢調整後に経年的に上昇しましたが(女性で1年毎のオッズ比1.020、95%信頼区間 1.015-1.024;男性で1.015、1.011-1.018)、さらに急性期再灌流療法(静注血栓溶解療法またはカテーテルを用いた血栓回収療法)などで調整すると有意な上昇を認めなくなり、男性ではむしろ割合が低下しました。転帰不良や急性期死亡の割合は、男女とも経年的に低下しました(表1)。

脳出血患者における転帰良好の割合は、男女とも年齢などでの調整後に経年的に低下しました。転帰不良や急性期死亡の割合は、女性で経年的に低下する一方で、男性には有意な増減の傾向を認めませんでした。

くも膜下出血患者における転帰良好の割合は、男女とも年齢などでの調整後に経年的に有意な増減を認めず、転帰不良や急性期死亡の割合は男女とも経年的に低下しました。

 

【 解 説 】

脳卒中の診療は、この20年間に大きく変貌しました。しかし診療環境の変化が患者さんへの治療効果に結びついているかを判断することは、なかなか難しいです。本研究はこのような疑問への答えを導くべく、行われました。

脳卒中の3病型ともに入院時の重症度が軽症化している原因には、予防治療の進歩に伴う重症例の減少(たとえば降圧治療の厳格化に伴う、重症脳出血例の減少など)に加えて、診断技術の進歩(たとえば頭部MRIの普及に伴う、軽症脳卒中患者の診断率向上など)が挙げられます。

一方で、退院時転帰には病型間で違いが目立ちます。脳梗塞では、急性期再灌流療法などこの20年間で登場した新たな治療が、転帰を改善した可能性が考えられます。出血性脳卒中で転帰改善傾向が明らかでない一因に、後遺症軽減に有効な決定的治療がまだまだ乏しい点が、考えられます。

このような脳卒中診療の大きな流れを、国内多施設共同で集積した臨床情報に基づいて世界に向けて発信できたことによって、今後世界レベルで脳卒中医療を考えるうえでの布石を打てたと思います。

 

■謝辞

JSDBの事業活動は、科学研究費助成事業(19K19373, 21K07472)により支援されました。

 

■発表論文情報

著者: Kazunori Toyoda, Sohei Yoshimura, Michikazu Nakai, Masatoshi Koga, Yusuke Sasahara, Kazutaka Sonoda (済生会福岡総合病院), Kenji Kamiyama (医仁会中村記念病院), Yukako Yazawa (広南会広南病院), Sanami Kawada (操風会岡山旭東病院), Masahiro Sasaki (秋田県立循環器・脳脊髄センター), Tadashi Terasaki (熊本赤十字病院), Kaori Miwa, Junpei Koge, Akiko Ishigami, Shinichi Wada, Yoshitaka Iwanaga, Yoshihiro Miyamoto, Kazuo Minematsu (医誠会病院), Shotai Kobayashi (島根大学), Japan Stroke Data Bank Investigators

論文名: Twenty-year change in severity and outcome of ischemic and hemorrhagic strokes: the hospital-based, prospective, Japan Stroke Data Bank

掲載誌: JAMA Neurology

 

(図1) 「脳卒中データバンク2021」表紙

 

 

(図2) 脳梗塞患者135,266例の発症時年齢、入院時神経学的重症度(NIH Stroke Scale)、退院時機能転帰(修正ランキン尺度)の経年的変化

・箱髭図においては、箱が25%値、中央値、75%値を、髭が10%値、90%値を表す。 

 

 

(表1) 脳梗塞患者機能転帰の経年的変化:多変量解析の結果

 

 

1年毎のオッズ比 (95% 信頼区間)を示す

モデル1の調整要因: 年齢

モデル2の調整要因: 年齢、NIHSS値、脳卒中既往

モデル3の調整要因: 年齢、NIHSS値、脳卒中既往、急性期再灌流療法

 

詳細▶︎https://www.ncvc.go.jp/pr/release/pr_30658/

 

注)紹介している論文の多くは、単に論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎません。論文で報告された新たな知見が社会へ実装されるには、多くの場合、さらに研究や実証を進める必要があります。最新の研究成果の利用に際しては、専門家の指導を受けるなど十分配慮するようにしてください。

国内20年間の脳卒中重症度と転帰の推移:日本脳卒中データバンク

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