腕におもりをつけると運動軌道が高くなる ―義手の使いづらさの原因解明に向けて―

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近年,機能性の高い義手の開発が発展する一方で,義手使用を中断してしまう人が少なくありません。その原因は,義手の重さにあると考えられています。

静岡大学総合科学技術研究科修士課程(板口研究室)の安藤瑠称さんと板口典弘助教(現・慶應義塾大学文学部)は,義手の使いづらさの実際の原因を解明するための第一歩として,腕におもりをつけたとき,その重さが到達把持運動(目標とする物体に手を伸ばしつかむ動作)に与える影響を調べました。

主な実験結果として,おもりにより腕の重さが増したあと数回の到達把持運動を繰り返すと,直感とは逆に,その運動軌道は高くなることが分かりました。この軌道調整は,掴むべき物体がなく,ただ手を伸ばすだけの到達運動では確認されませんでした。高い運動軌道はより大きな筋出力を必要することから,そのような要因が前腕の重量変化を必要とする義手使用においても違和感や疲労をもたらしている可能性があります。

本成果は,ヒトの運動制御メカニズムの解明のみでなく,より使い易い義手開発や疲労時の事故防止など,人間の運動行動に関わる幅広い医療・産業技術の発展に寄与することが期待されます。

本研究は,Experimental Brain Research 誌に掲載予定です(オンライン先行刊行中:https://link.springer.com/article/10.1007/s00221-022-06350-6)。

 

ポイント

  • ・機能性の高い義手の開発が発展する一方で,その重さにより義手使用を中断してしまう人は少なくない。
  • ・腕の重さが運動に与える影響はこれまで調べられてこなかった。
  • ・本研究では,参加者の腕におもりをつけることで運動軌道がどのように調整されるのかを検討した。
  • ・1 試行目においては,腕の重さが重い条件よりも軽い条件で運動軌道が顕著に高かった。
  • ・10 回試行を繰り返すと,腕の重さが軽い条件よりも重い条件で運動軌道が高くなった。
  • ・本結果は,前腕への加重が,直感とは逆に,高い運動を引き起こすことを示した。このことが,義手の使いにくさや疲れやすさに関わっている可能性がある。

 

研究背景

近年,技術の進歩により,思い通りに操作できる義手の開発が進んでいますが,その重さから使用を中断してしまう例が少なくありません。その背景で,義手の重さが使用者の運動にどのような影響を与えるかの詳細は明らかにされてきませんでした。本研究では,義手の重さによる使いづらさの運動学的要因を解明する第一歩として,日常動作である手を伸ばす運動(到達運動)と手を伸ばして物をつかむ運動(到達把持運動)において,腕の重さの変化に対して運動軌道がどのように調整されるのかを検討しました。

 

研究の方法と成果

実験では,参加者は机の上で到達運動および到達把持運動課題を実施しました(図 1A)。3 種類のおもり条件(0g. 100g, 200g)を,10 試行ごとに切り替えました。おもりは腕に巻き付けました(図 1B)。解析指標には,手首の最大高さを用いました(図 1C)。

今回の実験では,大きく 2 つの結果が得られました。まず,どちらの運動においても,腕の重さが変化した直後である 1 試行目においては,腕の重さが重い条件よりも軽い条件で運動軌道が顕著に高くなりました(図 2)。この軌道の高さは,直前の腕の重さの後効果であると考えられます。この結果は,どちらの運動においても,参加者は直前の試行での腕の状態に基づいて筋出力したことを示唆します。次に,到達把持運動のみにおいて,200g条件では,9, 10 試行目での手首の最大高さがほかの条件よりも高くなりました(図 3)。この結果は,参加者は腕が重い状態では高い運動軌道を選択することで,到達把持運動を確実に成功させたことを示唆します。また,この重い条件における手首の最大高さの上昇は,到達把持運動よりも要求精度が低い到達運動では見られませんでした。この結果は,要求精度が低い運動では,腕の重さが運動軌道に及ぼす影響がより小さいことを示唆します。

図 1. (A) 実験環境 (B) おもりをつけた運動の様子 (C) 手首の最大高さを示した図

 

 

図 2. (A) 重さが変わった直後の運動軌道を横から見た図

(B) 重さが変わった直後の手首の最大高さの平均値

図中のエラーバーは標準偏差,*は有意差があった群間を示す。 

 

 

図 3. (A) 重さが変わった 9, 10 試行後の運動軌道を横から見た図

(B) 重さが変わった 9, 10 試行後の手首の最大高さの平均値図中のエラーバーは標準偏差,*は有意差があった群間を示す。

 

研究の意義と応用

本結果から,義手使用に際して気を付けるべき,前腕の重さ変化がもたらす 2 つの運動学的な問題が議論されました。第一に,義手の着脱直後には腕の重さ変化の後効果によって,運動の安定性が損なわれるという問題です。この問題を克服するには,後効果の低減のために,義手をつけた状態での運動とつけていない状態での運動の切り替えを繰り返すことが有効であると考えられます。第二に,たとえ運動を成功させるために必要だとしても,義手の重さによって健常手よりも高い運動軌道になることは,違和感や疲労を引き起こす可能性です。この問題を克服するためには,義手などの道具のデザインにおいて,運動の要求精度を低下させることが有効であると考えられます。本実験の結果,要求精度が低い運動では,腕の重さが運動軌道に及ぼす影響がより小さいことが示唆されました。把持がより成功しやすい義手デザイン(指部分に滑りにくい素材を用いる,あるいは掴む運動を自動で制御するなど)によって運動の要求精度を低下させることが,義手の重さが運動軌道に及ぼす影響を小さくすることにつながると考えられます。

 

論文情報

掲載誌:Experimental Brain Research

論文タイトル:The heavier the arm, the higher the action: the effects of forearm-weight changes on reach-tograsp movements.

著者:Luna Ando, Yoshihiro Itaguchi (安藤瑠称・板口典弘)

DOI:10.1007/s00221-022-06350-6

 

詳細▶︎https://www.shizuoka.ac.jp/news/detail.html?CN=8058

注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単に論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎません。論文で報告された新たな知見が社会へ実装されるには、多くの場合、さらに研究や実証を進める必要があります。最新の研究成果の利用に際しては、専門家の指導を受けるなど十分配慮するようにしてください。

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