概要
ヒトは頭が⼤きいだけでなく、肩幅も広い動物です。広い肩幅は、⼆⾜歩⾏を安定させたり、狩りで槍を遠投したりするために重要な特徴である⼀⽅、デメリットもあります。⼆⾜歩⾏に適したヒトの⾻盤は⼩さく、産道が狭いこととあいまって、難産の原因となるのです。⼤きな頭や広い肩幅が原因の難産は珍しいものではなく、最悪の場合は死産に繋がります。頭では頭蓋⾻を未発達で柔らかい状態に保つことで、出⽣に対応していることが知られています。⼀⽅、肩がどのように出⽣という難関をクリアしているのかは未解明でした。
我々は、肩の成⻑に鍵があると考え、胎児期からオトナまでの⾻格の成⻑パターンを CT(コンピューター断層)により厳密に計測しました。この結果、ヒトでは出⽣が近づくと、肩幅に直接関係する鎖⾻の成⻑が減速し、出⽣後にそれを補うように加速することを発⾒しました。この現象はチンパンジーにはみられず、また、ヒトでも頭蓋⾻や他の⾻にはみられない鎖⾻特有のものでした。ヒトは出⽣前後の特殊な成⻑パターンにより難産を緩和することで、「広い肩幅」と「狭い産道」という相容れない特徴を両⽴しているのです。いつ、どのように、肩の特殊な成⻑パターンが進化したのか、今後さらに詳しく検証する必要があります。
本成果は、京都⼤学⼤学院理学研究科 川⽥美⾵ 博⼠課程学⽣、森本直記 同准教授、中務真⼈ 同教授の研究グループと、京都⼤学医学部、同霊⻑類研究所、東京⼤学、チューリッヒ⼤学(スイス)、ルーヴェン・カトリック⼤学(ベルギー)との国際共同研究の結果です。
2022 年 4 ⽉中に⽶国の科学誌「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (通称 PNAS;⽶国科学アカデミー紀要)」に掲載されます。
背景
ヒトは頭が⼤きいだけでなく、肩幅も広い動物です。⼤きな頭と広い肩幅は、メリットとデメリットをもち合わせています。⼤きな頭は優れた頭脳を、広い肩幅は⼆⾜歩⾏の安定や狩りにおける槍の遠投能⼒を与えるとともに、難産の苦しみをもたらしました。ヒトでは⼆⾜歩⾏へと進化する過程で⾻盤が⼩さく、産道が狭くなりました。難産の原因としては頭がよく知られていますが、肩も頭と同様に難産の原因となります。肩が原因の難産は分娩全体のうち 1~4%の頻度で発⽣し、重篤な合併症や死産に繋がります。難産・死産は種の存続に関わる死活問題です。頭については、産道を通るために頭蓋⾻を未発達で柔らかい状態に保つという特徴が既に知られています。⽣まれて間もない⾚ん坊の頭に触ると凹む部分があるのはこのためです。⼀⽅、肩については、どのように出⽣という難関をクリアしているのか未解明で、なぜヒトという動物に、⼆⾜歩⾏、⼤きな頭、そして広い肩幅が同居できているのかは謎でした。
研究⼿法・成果
我々は、肩の成⻑に鍵があると考え、胎児期からオトナまでの⾻格の成⻑パターンを CT(コンピューター断層)により厳密に計測しました。この結果ヒトでは、出⽣に関わる時期(周産期)に、肩幅を決定する鎖⾻では成⻑が減速し、出⽣後にそれを補うように成⻑を加速させていることを発⾒しました。⼀⽅、分娩に直接関係しない部位では、そのような成⻑パターンはみられませんでした。さらに、ヒトと同様に肩幅は広いが、四⾜歩⾏で産道の広いチンパンジーや、そもそも肩幅の狭いマカクザルには、ヒトのような現象はみられず、⼆⾜歩⾏で産道の狭いヒトだけがもつ難産緩和のメカニズムだと考えられます。
さらに、難産のもうひとつの要因である頭と⽐べ、ヒトの鎖⾻の成⻑パターンは特殊なものであることも明らかになりました。分娩時に産道に対するサイズオーバーが問題となる頭の⻑さ(前後径)は、脳の成⻑を反映します。脳の成⻑には胎盤をもつ哺乳類で決まったパターンがあり、成⻑が減速すると再び加速することはありません。これは脳が顕著に⼤きいヒトでも、脳が⼩さいチンパンジーでもマカクザルでも同じで、成⻑の減速は揃って出⽣前に始まることが知られています。ヒトでは成⻑の減速開始が出⽣の直前と、他種に⽐べ遅い点で特徴的です。これは難産緩和に関連していると考えられていますが、あくまでチンパンジーやマカクザルと共通の成⻑パターンが基礎となっています。我々のデータでも、頭の前後径の成⻑パターンはヒトとチンパンジーとマカクザルで同じであることが確認されました。⼀⽅、鎖⾻ではヒトはユニークな成⻑パターンを進化させていたことが⽰されました。この点で、実は肩にこそヒトのユニークさが表れているともいえます。
波及効果、今後の予定
「広い肩幅の謎」は解明されました。では、いつ、どのように、ヒトは肩の特殊な成⻑パターンを獲得したのでしょうか?化⽯の形態から、広い肩幅の起源は約 350 万年前の猿⼈段階にまで遡ると考えられていますが、これは脳の著しい⼤型化が起きる前のことです。我々は、特殊な成⻑パターンの獲得という点で肩が頭より先にヒト化したという仮説をたてていますが、今後さらに詳しく検証する必要があります。
研究プロジェクトについて
本研究は、⽇本側研究機関(京都⼤学、東京⼤学)と、チューリッヒ⼤学(スイス)、ルーヴェン・カトリック⼤学(ベルギー)との国際共同プロジェクトです。京都⼤学とチューリッヒ⼤学(スイス)の戦略的パートナーシップの成果でもあります。京都⼤学霊⻑類研究所の共同利⽤プログラムと、⽇本学術振興会(17K07585)の⽀援を受けました。
研究者のコメント
肩こりや四⼗肩など、⼤⼈になっても肩の問題には悩まされることが多いですが、⽣まれる時に肩がもたらす問題はもっと深刻です。そんな厄介な肩ですが、その成⻑パターンには、ヒトらしさがしっかりと刻み込まれており、しかもその起源はとても古いのです。これからは⼈類進化の道程を共に歩いてきた盟友を労わる気持ちで、肩をたたこうと思います。(川⽥美⾵)
論⽂タイトルと著者
タイトル:Human shoulder development is adapted to obstetrical constraints
(ヒトの肩は難産に適応した発⽣様式をもつ)
著 者:Mikaze Kawada*, Masato Nakatsukasa, Takeshi Nishimura, Akihisa Kaneko, Naomichi Ogihara,Shigehito Yamada, Walter Coudyzer, Christoph P. E. Zollikofer, Marcia S. Ponce de León, Naoki Morimoto*(*責任著者)
掲 載 誌:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (PNAS)
DOI:10.1073/pnas.2114935119
詳細▶︎https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2022-04-13-0
注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単に論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎません。論文で報告された新たな知見が社会へ実装されるには、多くの場合、さらに研究や実証を進める必要があります。最新の研究成果の利用に際しては、専門家の指導を受けるなど十分配慮するようにしてください。