高齢日本の20年後:認知症患者は減るが、格差拡大・フレイル合併で介護費増

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発表のポイント

・20 年後の日本では人口高齢化にもかかわらず認知症患者の総数は減るという予測を世界で初めて発表しました。

・健康状態や学歴が年々向上している近年の高齢者疫学データをもとに、健康・機能状態の毎年の変化を推計し 2043 年まで追跡するシステムを開発しました。

・認知症患者の総数は減る一方、男女格差・学歴格差が広がること、格差の影響を受ける人たちではフレイル(虚弱)(注 1)を合併し、介護費総額は増えることがわかりました。

・日本社会の持続可能性を高める科学的根拠に基づく政策として認知症の治療・予防開発に加え、格差対策の重要性を示すなど新たな政策立案に貢献することが期待されます。

発表概要

東京大学大学院医学系研究科の笠島めぐみ特任研究員と橋本英樹教授が、同大学生産技術研究所、高齢社会総合研究機構、未来ビジョン研究センター及びスタンフォード大学との共同研究の結果、60 歳以上の認知症とフレイル(虚弱)の有病率と医療介護費について 2043 年までの将来推計を明らかにしました。

戦後世代の高齢者の健康状態や学歴が全般的に向上していることや、年齢・性・学歴により疾病罹患状況の個人差を広がっていることを考慮し、大容量計算環境を用いた個人予測モデルを新規開発しました。

その結果、2016 年では認知症患者数は 510 万人のところ、2043 年では 465 万人に減ると推計されました。しかし、大卒以下の層や 75 歳以上女性では増加し認知症の社会格差が広がること、格差の影響を受ける層ではフレイルを合併する割合が高く濃密な介護ケアが必要になるため、介護費総額は増加することが示唆されました。

認知症の予防・治療技術の開発に加え、格差対策の必要性について科学的根拠を示すことで、高齢社会の維持可能性を高める政策立案に貢献することが期待されます。

本研究成果は、2022 年 4 月 26 日(英国夏時間)に英国科学誌「the Lancet Pubic Health」のオンライン版に掲載されました。

本研究は、科研費「基盤研究 A;高齢社会の社会保障と税の将来インパクト推計;ミクロシミュレーションによる検討(課題番号:18H04070)(研究代表者 橋本英樹)」、NationalInstitute of Ageing「Subaward No: 127056276 for “Integrating Information about Aging Surveys”(3R01AG030153-14S3)(Primary Investigator: Jinkook Lee, University ofSouthern California)」、そして日立―東大ラボ 元気高齢社会/ エイジフレンドリー社会実装モデルプロジェクト(リーダー:飯島勝矢)の支援により実施されました。

研究の背景

世界的に進む人口の高齢化で懸念されるのが認知症とフレイル(虚弱)の増加による社会負担の増加です。これまで厚生労働省などが発表してきた将来推計では 2040 年には認知症患者数が 1000 万人近くまで増えると予想されていました。これらの予想では、戦後世代の高齢者において健康状態や学歴が向上していることや、高齢者の間で年齢・性・学歴による疾病罹患状況の個人差が拡大していることについて考慮されていませんでした。

研究内容

高齢者の健康・機能状態が個別多様化していることを考慮し、個人レベルでの状態変化を将来予測するミクロシミュレーションによる研究が各国で進んでいます。笠島特任研究員と橋本教授らのグループはスタンフォード大学の Bhattacharya 教授らが開発したミクロシミュレーションである Future Elderly Model を改良し、年齢・性・学歴別に 13 の疾患・機能障害の有病状態を予測するモデルを開発しました。生産技術研究所の合田准教授・喜連川教授(当時)の支援で超大容量計算機環境を利用し、4500 万人以上の 60 歳高齢者の健康状態データをバーチャルで再現し、半年ごとの有病状態の変化確率を計算し 2043 年までの変化を追跡しました。また橋本教授らが収集した国内高齢者パネル調査(「暮らしと健康調査」)の認知機能測定データと、飯島教授らが柏市で実施したフレイル調査の結果から得られたデータをもとに、年齢・学歴・併存症別に認知症とフレイルの有病確率を併せて推計するシステムを開発しました。

その結果、2016 年では認知症患者数は 510 万人と推計され国の予測とほぼ同じでしたが、2043 年ではこれまでの国の予測とは異なり、465 万人に減るという予測結果が得られました。学歴や健康状態の改善により年齢別の有病率が減少することはこれまで欧米の疫学調査や推計でも明らかにされていましたが、長寿化の影響で認知症患者数そのものは増加するというのが世界的な通念となっていました。今回の日本の将来予測では患者総数も減るという予想になっており、人口縮小に加えて、日本の高齢者の健康状態や学歴の向上が国際的に比較して際立っていることなどの影響が表れたものと考えられます。

しかし、認知症患者数の減少は大卒以上の男性では著しいものの、大卒未満の男性や学歴によらず女性ではむしろ増加が予測されました。65 歳以上平均余命に占める認知症のある余命の割合は、2016 年から 2043 年にかけて男性では大卒以上では 1%程度で変わりがないのに対し高卒未満で 22%から 25%へ悪化すると推計されました。さらに、女性では大卒でも 14%から 15%に、高卒未満では 23.8%から 24.5%に悪化すると推計されました。男女格差・学歴格差が広がることに加え、格差の影響を受ける層ではフレイルを合併する割合が高いことも明らかになりました。濃密な介護ケアが必要になるため、介護費総額は増加することが示唆されました。

社会的意義・今後の予定

現在、国の認知症対策は治療・予防など医学的な技術開発に重点を置いています。本研究の結果は、併せて社会格差対策が必要であることを示唆しています。将来の日本社会の維持可能性を高めるには、健康・機能状態の男女格差や学歴格差を縮小するための社会政策も重要な役割を果たしうることについて、科学的根拠を提示するものです。開発されたミクロシミュレーションでは、仮想的な政策影響を想定して、将来の政策シナリオを立てて思考実験することができます。様々な政策の期待効果について将来予測することで、科学的根拠に基づく政策立案を支援する基盤を提供できると期待されます。

発表雑誌

雑誌名:「the Lancet Public Health」(オンライン版:4 月 26 日)

論文タイトル:Projecting prevalence of frailty and dementia and the economic cost of care in Japan from 2016 to 2043: a microsimulation modelling study.

著者:Megumi Kasajima, Karen Eggleston, Shoki Kusaka, Hiroki Matsui, Tomoki Tanaka, Bo-Kyung Son, Katsuya Iijima, Kazuo Goda, Masaru Kitsuregawa, JayBhattacharya, Hideki Hashimoto*

DOI 番号:10.1016/S2468-2667(22)00044-5

アブストラクト URL: https://www.thelancet.com/journals/lanpub/article/PIIS2468-2667(22)00044-5/fulltext

発表者

笠島 めぐみ(東京大学大学院医学系研究科 公共健康医学専攻 保健社会行動学分野 特任研究員)

Karen Eggleston(Walter H Shorenstein Asia-Pacific Research Center, Freeman SpogliInstitute for International Studies, Stanford University 上級研究員)

日下 翔貴(東京大学大学院経済学研究科 修士課程 2 年(研究当時))

松居 宏樹(東京大学大学院医学系研究科 公共健康医学専攻 臨床疫学・経済学分野 助教)

田中 友規(東京大学大学院工学系研究科/高齢社会総合研究機構 特任助教)

孫 輔卿(東京大学 未来ビジョン研究センター/高齢社会総合研究機構 特任講師)

飯島 勝矢(東京大学 未来ビジョン研究センター/高齢社会総合研究機構 教授)

合田 和生(東京大学 生産技術研究所 准教授)

喜連川 優(東京大学 特任教授)

Jay Bhattacharya(Center for Primary Care and Outcomes Research, Stanford School of Medicine 教授)

用語解説

(注1) フレイル(虚弱)

高齢者に見られる心身が疲れやすく弱った状態のこと。体重減少、倦怠感、活動量の低下、握力の低下、歩行速度の低下などによって診断される。要介護状態への進行、健康状態の悪化、生命予後の悪化などのリスクであることが知られている。

添付資料

Kasajima, et al. Lancet Public Health 2022; 7: e458–68.
Figure 2
65 歳以上平均余命(認知症、フレイルのない余命とある余命の推計)
2016 年と 2043 年、学歴別推計値

解説:

A 男性全体では平均余命が 2016 年 18.7 歳から 2043 年 19.9 歳に延伸し、認知症のある平均余命は 2.2 年から 1.4 年に短縮する。ただし学歴により平均余命の延伸に差があり、高校卒業未満の層では認知症のある平均余命が増えてしまう。

B 女性全体では平均余命が 2016 年 23.7 歳から 2043 年 24.9 歳に延伸し、認知症のある平均余命は 4.7 年から 3.9 年に短縮する。ただし学歴により平均余命の延伸に差があり、高校卒業未満の層では認知症のある平均余命が増えてしまう。

C 男性のフレイルのある平均余命

D 女性のフレイルのある平均余命いずれも平均余命の延伸に伴い、フレイルのある平均余命も増える傾向があり、学歴による差は認知症ほど大きくない。

 

詳細▶︎https://www.m.u-tokyo.ac.jp/news/PR/2022/release_20220427.pdf

注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単に論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎません。論文で報告された新たな知見が社会へ実装されるには、多くの場合、さらに研究や実証を進める必要があります。最新の研究成果の利用に際しては、専門家の指導を受けるなど十分配慮するようにしてください。

高齢日本の20年後:認知症患者は減るが、格差拡大・フレイル合併で介護費増

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