描画動作のAI自動解析により言語を使わずに認知機能低下を検出するツールを開発

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アルツハイマー型認知症をはじめとする認知症において、認知機能の低下を検出し早期に診断を行うことは予防および治療のために重要です。認知機能低下の検出には、通常、専門家による認知機能検査が行われますが、世界的には、このような検査に基づいて適切な診断・治療を受けられる人は限定的です。また、こうした検査はさまざまな言語に翻訳されて利用されているものの、その結果の妥当性に関する国際的な比較はあまり行われていないのが現状です。

そこで本研究では、言語による回答を必要としない、認知機能低下検出のための新しいツールを開発しました。このツールでは、高齢者がタブレット端末に描画したデータから、描画速度や静止時間、筆圧やペンの傾きを自動で分析し、AIを活用して認知機能低下の程度を推定します。これを用いて日本とアメリカの高齢者の認知機能を解析、比較した結果、認知機能の低下とともに描画速度のばらつきや静止時間が増加するといった傾向が、両国に共通して認められました。そこで、アメリカの高齢者から収集したデータを用いて認知機能レベルの推定モデルを構築し、日本の高齢者の描画データに適用したところ、従来の推定モデルよりも高い精度で、認知機能レベルを推定することに成功しました。

言語に依存しない描画データを解析対象とすることで、国や地域に関わらず利用可能な認知機能の評価方法を示したのは、本研究が世界で初めてです。このようなツールは、世界的な問題である認知症の早期発見・早期介入対策の一助となると期待されます。

研究代表者

筑波大学 医学医療系

新井哲明教授

研究の背景

世界的に高齢化が進む中、認知機能の低下を早期に検出することは、アルツハイマー型認知症注1をはじめとする認知症注2の予防および診断・治療の観点で極めて重要です。認知機能低下の検出には、通常、専門家による認知機能検査が用いられます。こうした認知機能検査はさまざまな言語に翻訳されて利用されているものの、世界的に見れば利用可能な人々が限定的であるといった問題があります。そこで本研究では、高齢者自身が気軽に実施でき、国や地域に関わらず利用可能な、言語を用いた回答を必要としない、認知機能低下検出のための新しいツールを開発しました。

研究内容と成果

今回開発したツールでは、高齢者がタブレット端末に描画したデータから、描画速度や静止時間、筆圧やペンの傾きを自動で分析し、AIを活用して認知機能の低下の程度の推定を行います(図1)。このツールを開発するにあたり、まず、日本とアメリカにおいて、認知症の診断のない、65歳以上の高齢者男女92人(日:37人、米:55人)を対象として、認知機能検査と開発したツールによる描画タスクを実施しました。データ解析の結果、認知機能が低下するにしたがって、描画速度のばらつきや静止時間の増加といった傾向が、日本とアメリカの高齢者に共通してみられました。この傾向は、年齢・性別・教育歴などを考慮しても、統計的に有意であることが分かりました(図2A)。次に、描画動作の特徴のみから認知機能のレベルを自動で推定するためのモデルを、AI技術を活用して構築し、その検証を行ったところ、アメリカの高齢者から収集したデータを用いて構築したモデルは、日本の高齢者の認知機能のレベルを高い精度で、かつ、描画や音声といった行動データから認知機能のレベルを推定する従来のモデルよりも正確に推定することに成功しました(図2B)。

今後の展開

本研究成果は、普及が進んでいるタブレット端末を用いて、在宅や介護予防教室などの多様な環境で手軽に認知機能の評価ができる可能性を示しています。特に、言語に依存しない描画データを解析対象とすることで、国や地域に関わらず利用できる評価ツールの提案は、本研究が世界で初めてです。認知症の診断率は、中・低所得国でとりわけ低く、90%以上の認知症者が診断されず、適切な治療を受けられていないと言われています。このようなツールは、認知症の早期発見・早期介入という世界的な課題の解決に向けた一助となることが期待されます。

参考図

図1:AIによる認知機能自動推定ツールの仕組みおよび評価手法の概要。まず、描画データから速度や静止時間、筆圧やペンの傾き等の特徴を抽出した。次に、それらの特徴をもとに認知機能スコアを推定するAIモデルを作成した。アメリカの高齢者のデータのみを用いてモデルを訓練し、日本の高齢者に対する推定精度を評価することでツールの国際的な利用可能性を検討した。

図2:データ解析結果の概要。(A)描画特徴(描画速度のばらつき)と認知機能レベル(Montreal Cognitive Assessmentスコア)の関係。実線は2ヶ国のデータ全体に対する回帰直線。rは年齢・性別・教育歴で調整された偏相関係数。(B)AIモデルによって推定された認知機能レベルと実際の認知機能レベルの関係。実線は回帰直線、R2は決定係数(パーミュテーション検定により統計的有意性を評価)。

用語解説

注1)アルツハイマー型認知症

認知症の原因として最も多い疾患。通常、記憶や見当識の障害から始まり、徐々に進行する。65歳以降の老年期に発症することが多いが、50歳台〜60歳台前半に発症することもある(若年性アルツハイマー型認知症)。脳内に、アミロイドβタンパクとタウタンパクという2種類のタンパク質が蓄積することが、病態に関係すると考えられている。

注2)認知症

記憶、見当識、実行機能、視空間機能などの認知機能の障害によって、仕事や日常生活に支障を来す疾患の総称。せん妄(意識障害)や精神疾患に伴う認知機能障害は認知症には含まれない。

研究資金

本研究は、筑波大学とIBM Researchとの共同研究契約に基づき、日本学術振興会科学研究費の一環として実施されました。また、National Institute of Mental Health、Samand Rose Stein Institute for Researchon AgingおよびIBM Research AIの支援のもとで実施されました。

掲載論文

【題名】

Automated Analysis of Drawing Process to Estimate Global Cognition in Older Adults: Preliminary International Validationon the US and Japan Data Sets

(アメリカと日本のデータセットを用いた描画動作の自動解析による高齢者の認知機能推定モデルの予備的な国際的検証)

【著者名】Yasunori Yamada, Kaoru Shinkawa, Masatomo Kobayashi, Varsha D Badal,Danielle Glorioso, Ellen ELee, Rebecca Daly, Camille Nebeker, Elizabeth W Twamley, Colin Depp, Miyuki Nemoto, Kiyotaka Nemoto, Tetsuaki Arai, Dilip V Jeste

【掲載誌】

JMIR Form Res 2022;6(5):e37014

【掲載日】

2022年5月5日

【DOI】

10.2196/37014 PMID: 35511253

詳細▶︎https://www.tsukuba.ac.jp/journal/medicine-health/20220602141500.html

注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単に論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎません。論文で報告された新たな知見が社会へ実装されるには、多くの場合、さらに研究や実証を進める必要があります。最新の研究成果の利用に際しては、専門家の指導を受けるなど十分配慮するようにしてください。

描画動作のAI自動解析により言語を使わずに認知機能低下を検出するツールを開発

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