身体活動は認知症の予防要因として認識されているが、日本人におけるエビデンスは十分とは言えません。このような状況において、今回、新潟大学大学院医歯学総合研究科環境予防医学分野の中村和利教授らの研究グループは、日本人(村上地区、村上コホート研究)を対象として、身体活動量と認知症低リスクの量的な関連性を明らかにしました。さらに、余暇身体活動と非余暇身体活動(生活身体活動)別に認知症との関連性を明らかにした点に新規性があります。本研究結果は公衆衛生学的に意義深く、健康寿命延伸に資する成果であると考えます。今後さらに追跡を行い、因果関係を明確にする必要があります。
【本研究成果のポイント】
・日本人において高身体活動量は用量依存的に認知症低リスクと関連する強固なエビデンスを得た
・余暇身体活動と非余暇身体活動(生活身体活動)はそれぞれ独立に認知症低リスクと関連するエビデンスを得た
Ⅰ.研究の目的と方法
身体活動は認知症の予防因子と考えられていますが、高齢期初期の認知症発症に対する様々な種類の身体活動の効果はよく調べられていません。本研究は、8年間の追跡調査において、中高年者の認知症リスクに対する余暇身体活動および非余暇身体活動(以下「生活身体活動」と意訳します)の効果を明らかにすることを目的としました。
村上コホート研究参加者(N=14,364, 40~74歳)のうち、初回調査ですでに要介護認定を受けていた人とアンケートデータの不備を除いた13,773人を解析対象としました。
身体活動量は自記式質問票の項目を利用して推定しました。具体的には、余暇における身体活動(散歩、ウォーキング、スポーツなど)と、通勤、仕事、家事などの余暇以外の身体活動(生活身体活動)の活動強度(メッツ)と活動時間から算出しました。この身体活動推定量の妥当性については他の論文で報告済みです(Kikuchi_et al, Prev Med Rep 2020)。8年間の追跡における認知症の新規発生情報を要介護認定のデータベースより得て、認知症高齢者の日常生活自立度のIIa以上を認知症(要介護認知症)ありと判断しました。得られた身体活動量を4グループに分け、活動量最小のグループを基準として他の群のリスクを相対値(ハザード比, HR)として算出しました。余暇身体活動に関しては、活動をしないグループを基準として、活動をするグループを3分位に分け比較しました。生活身体活動に関しては、全体を4分位に分け比較しました。ハザード比の算出にあたり、性、年齢、婚姻状況、教育歴、職業、BMI、喫煙・飲酒習慣(、および身体活動量)を統計学的に調整しました。
Ⅱ.研究の結果
余暇および生活身体活動量はそれぞれ独立に要介護認知症リスクに関連している
余暇身体活動量が多いほど認知症のリスクは低下し(傾向P値<0.001)、活動の「多い」グループのリスクは「しない」グループの0.55倍でした(図1)。同様に、生活身体活動量が多いほど認知症のリスクは低下し(傾向P値<0.001)、「多い」グループのリスクは「少ない」グループの0.52倍でした(図2)。
また、余暇と生活身体活動量を組み合わせた16段階のレベルによる要介護認知症リスクの結果を図3に示しました。余暇および生活身体活動量はそれぞれ独立に要介護認知症低リスクに関連していました(交互作用P値=0.98)。
性、年齢群別に解析を行っても結果は同様でしたし、ベースライン調査開始から4年目までの早い時期の認知症発症を除外しても結果は同様でした。
Ⅲ.研究の考察
本研究は、地域在住の日本人中高年者を対象として、余暇身体活動と生活身体活動の両方がそれぞれ独立に認知症リスク低下と関連が強いことを示したことが特徴です。言い換えると、余暇身体活動および生活身体活動の両方を活発に活動すればするほど認知症リスクが低下することが示唆されました。
余暇身体活動に関しては、「少ない」グループ(0~0.7メッツ-時/日)においてリスクは約30%低下し、「中程度」グループ(0.8~2.9メッツ-時/日)では約40%低下していました。「少ない」グループに対応する余暇活動時間は、ウォーキング(3メッツ)ですと一日あたり0~14分(中央値6)、「中程度」レベルですと一日あたり16~58分(中央値30)でした。余暇身体活動を少しでも行うことは認知症予防に有益であることが示唆されました。
本研究を含むこれまでのコホート研究(縦断観察研究)では、身体活動量は認知症リスク低下に関連するという十分な証拠が得られていますが、ランダム化比較試験(介入試験)の結果は必ずしもこのような結果を支持していません。例えば、高齢者を対象とした大規模なランダム化比較試験では、認知機能の改善は認められませんでした(Sink et al, JAMA 2015)。この矛盾の理由は明らかになっていませんが、コホート研究に比べてランダム化比較試験の介入期間は比較的短いため、関連性の検出が困難であるのかもしれません。また、身体活動量と認知症の研究では、因果の逆転バイアスの可能性が指摘されています。すなわち、アルツハイマー病では臨床症状が出現する10年以上前からアミロイドβが蓄積すると考えられているため、それにより身体活動が早い段階から低下し、見かけ上、身体活動の少ない人に認知症発症が多いと観察される可能性が否定できないということです。観察をより長期に続けることで、このようなバイアスを克服する必要があります。
Ⅳ.研究成果の公表
本研究成果は、2022年7月Journal of the American Medical Directors Association誌(IF 7.802)に掲載されました。
論文タイトル:Leisure-time and non-leisure-time physical activities are dose-dependently associated with a reduced risk of dementia in community-dwelling people aged 40-74 years: the Murakami cohort study
40-74歳の地域居住者において、余暇および非余暇身体活動は認知症リスク低下と用量依存的に関連している:村上コホート研究
(簡易日本語訳:余暇および非余暇身体活動は認知症リスク低下と用量依存的に関連している)
著者:Kaori Kitamura, Yumi Watanabe, Keiko Kabasawa, Akemi Takahashi, Toshiko Saito, Ryosaku Kobayashi, Ribeka Takachi, Rieko Oshiki, Shoichiro Tsugane, Masayuki Iki, Ayako Sasaki, Osamu Yamazaki, Kei Watanabe, Kazutoshi Nakamura
詳細▶︎https://www.med.niigata-u.ac.jp/contents/info/news_topics/204_index.html
注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単に論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎません。論文で報告された新たな知見が社会へ実装されるには、多くの場合、さらに研究や実証を進める必要があります。最新の研究成果の利用に際しては、専門家の指導を受けるなど十分配慮するようにしてください。