国立研究開発法人国立長寿医療研究センター(理事長:荒井秀典)老年学・社会科学研究センターの牧野圭太郎研究員、島田裕之センター長らの研究グループは、心血管リスクレベルが比較的高い地域住民コホートにおいて、中高強度の身体活動だけではなく低強度の身体活動も脳の体積と関連することを明らかにしました。なお、本研究は花王株式会社パーソナルヘルスケア研究所との共同研究の中で実施されました。
近年、高血圧や糖尿病、喫煙習慣など複数の心血管リスク因子を併せ持つ人は、将来の心血管疾患の発症率が高いだけでなく、認知機能低下や脳の萎縮、認知症発症の危険性が高いことが報告されています。一方で、日常の身体活動量を高く維持することは脳の健康に有益であると考えられていますが、どの程度の強度の身体活動が有効なのか、また、心血管リスクが高い人であっても身体活動が脳に保護的に作用するのかについては十分に解明されていません。そこで本研究では、National Center for Geriatrics and Gerontology–Study of Geriatric Syndromes (NCGG–SGS) に参加した愛知県高浜市在住の60歳以上の男女725名を対象に、花王が開発した高感度活動量計(HW)で計測した日常の身体活動量とMRIにて計測した脳の体積との関連を横断的に分析しました。
年齢、性別、教育年数、頭蓋内容積で調整した重回帰分析の結果、対象者全体(725名)では、皮質灰白質の体積は中高強度の身体活動量と関連し(図1-A)、白質の体積は中高強度と低強度の両方の身体活動量と関連しました(図1-C)
図1. 対象者全体(725名)における強度別の身体活動量(四分位)と脳の体積との関連
次に、世界保健機関(WHO)のアルゴリズムに基づき、年齢、性別、糖尿病、喫煙習慣、収縮期血圧、総コレステロール値から個々人の心血管リスクスコア(%)を算出し、そのリスクレベルに従い対象者を低リスク群(10%未満)、中リスク群(10%以上15%未満)、高リスク群(15%以上)に分類しました。グループ別に先と同様の重回帰分析を実施した結果、高リスク群(234名)において白質の体積は中高強度の身体活動量と低強度の身体活動量の両者と関連を示しました(図2)。
図2. 心血管リスクが高いグループ(234名)における強度別の身体活動量(四分位)と脳の白質の体積との関連
過去の研究において中高強度の身体活動は脳に保護的に作用することが明らかにされていましたが、本研究は心血管リスクが比較的高い集団であっても、運動やスポーツなどの強い身体活動だけでなく、ゆっくりとした歩行や軽い家事活動などの低強度の身体活動も脳の体積と関連することを見出した点が特徴です。心血管リスクが高い地域住民にとって、低強度の身体活動量の維持は現実的で達成可能な目標として有用である可能性があり、地域における認知症予防戦略としての活用が期待されます。
本研究成果は、2022年7月13日にFrontiers in Cardiovascular Medicineに掲載されました。
発表論文:
Keitaro Makino, Sangyoon Lee, Seongryu Bae, Kenji Harada, Ippei Chiba, Osamu Katayama, Kouki Tomida, Masanori Morikawa, Yukari Yamashiro, Motoki Sudo, Naoto Takayanagi, Hiroyuki Shimada. Light intensity physical activity is beneficially associated with brain volume in older adults with high cardiovascular risk. Frontiers in Cardiovascular Medicine, 2022.
論文リンク:
https://doi.org/10.3389/fcvm.2022.882562
詳細▶︎https://www.ncgg.go.jp/ri/report/20220809.html
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