骨格筋損傷からの回復過程においてM2マクロファージの除去は回復を促進する

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富山大学学術研究部医学系 内科学講座1の戸邉一之(とべ かずゆき)教授、分子医科薬理学講座のアラー・ナワズ助教、富山大学附属病院 第一内科の角朝信(かど とものぶ)医員らの研究グループは、日本医科大学、千葉大学、徳島大学、ベイラー医科大学などとの共同研究で、骨格筋損傷からの回復過程に M2 マクロファージを除去すると骨格筋の再生が促進されることを見出しました。本研究は、骨格筋損傷からの回復を促進する治療方法の開発につながるだけではなく、高齢者においてサルコペニア(骨格筋が減少する状態)から守る方法の開発につながる可能性があります。先に報告した M2 マクロファージの除去が、糖尿病を改善するという知見(文献 1)と合わせて考えると、サルコペニア予防と 2 型糖尿病という超高齢化社会における 2 つの健康障害を同時に解決できる画期的な治療法の開発につながる可能性があります。

本研究成果は、2022 年 11 月 21 日 に「Nature Communications」(オープンアクセスジャーナル)において、

2022 年 11 月 21 日(月)午後 7 時(日本時間)(11 月 21 日(月)午前 10 時(グリニッジ標準時))にオンラインで公開されました。

■ ポイント

・超高齢化社会を迎えた現代において、サルコペニア(加齢による骨格筋量の減少や筋力低下)から、フレイルへの移行を予防することにより、日常生活の活動度を保ち、健康寿命を長くすることは喫緊の課題である。骨格筋は絶えず微細な損傷と再生を繰り返している。加齢とともに骨格筋の再生能力は低下する。

・骨格筋損傷からの再生の過程は骨格筋の幹細胞のみならず、マクロファージ(MΦ)、間葉系幹細胞様の線維芽前駆脂肪細胞(Fibro-adipogenic progenitor: FAP)など多種類の細胞が関与する過程であり、これらの細胞が協調的に働くことで健康な骨格筋に戻ることができる。(図 1)。

・M2 マクロファージを任意のタイミングで除去可能なマウスにおいて骨格筋(前脛骨筋)を損傷させた後に M2 マクロファージを除去したところ、除去しなかった群に比べて回復が速やかであった。

・そのメカニズムについて、M2 マクロファージを除去すると骨格筋内に存在する線維芽前駆脂肪細胞(Fibro-adipogenic progenitors:FAPs)(骨格筋に存在し、様々な細胞に分化しうる可能性を有する間葉系幹細胞に近い細胞)が活性化することがわかった。このFAP から骨格筋の分化や再生を抑制するマイオスタチンや TGFβの作用を抑制するフォリスタチン(Follistatin)という分泌因子を分泌するため、骨格筋の分化、再生が促進されることを明らかにした。

・遺伝的に、フォリスタチンを欠損したマウスでは、骨格筋の再生が遅れることが示されている。また、M2 マクロファージの TGFβを欠損したマウスでは、再生が遅延するのみならず線維化が亢進し、健康的な再生が阻害されることがわかった。

・まとめると、M2 マクロファージを除去すると、TGFβを介した M2 マクロファージによる FAP 細胞の抑制がはずれることにより、FAP 細胞が活性化しフォリスタチンが分泌される。このフォリスタチンが、筋再生を阻害する作用があるマイオスタチンや TGFβシグナルを抑制するため、回復過程が促進されると考えられる(図 2)。

・今後、骨格筋損傷患者に対し、受傷直後に M2 マクロファージを除去すれば骨格筋再生が促され、健康的な再生が促進される治療に結び付くことが期待される。

■研究の背景と概要Background and Outline

超高齢社会を迎えた現代において、骨格筋の量および質を維持するための有効な手段を講ずることは緊急性の高い課題である。高齢者では、加齢により骨格筋力や筋量が低下するサルコペニアという状態からフレイルという状態を経て自立度は低下していく。骨格筋はたえず微細な損傷と再生を繰り返している。運動により再生能力は維持されサルコペニアは予防されることが知られているが、現在のところ運動以外にサルコペニアの予防に有効な治療がほとんどないのが実情である。また、骨格筋再生能力が低下した高齢者で、怪我などにより骨格筋が損傷されると治癒は遅延する。骨格筋損傷からの回復を速める治療の開発が重要である。

今回、私どもの研究グループは、マウスモデルで骨格筋損傷後、M2 マクロファージを除去すると損傷からの回復が促進することを見出した。メカニズムとして M2 マクロファージを除去すると、M2 マクロファージにより抑制されていた FAP 細胞が活性化し損傷からの回復を促進するフォリスタチンという分泌タンパク質を放出し、分化や再生を抑制するマイオスタチンや TGFβの作用を受容体レベルで阻害することを明らかにした。

この発見は今後、M2 マクロファージを除去する方法が開発され、骨格筋損傷患者に投与されれば骨格筋再生がより速やかに健康的な再生を促す治療につながる可能性がある。

■研究の内容・成果

私どもは骨格筋に損傷を誘導し、治癒過程で CD206+ M2 マクロファージの除去を行ったところ、損傷からの回復が促進されることを見出した。マウスの前脛骨筋あるいは腓腹筋を損傷すると、直後には多数の炎症細胞(好中球や炎症性M1マクロファージ)が浸潤する。徐々に M2 マクロファージの優位となり、損傷部の死滅した細胞由来の細胞破片は処理され再生筋線維に置きかわる。私どもは任意のタイミングで M2 マクロファージを除去可能な遺伝子改変マウス CD206DTR を用いて損傷誘導後に M2 マクロファージを除去すると、回復が促進することを見出した。M2 マクロファージを除去したマウスでは再生筋線維(中心に核が存在)の数が多くより太く、再生が速やかに起こった(図 3)。また MyoD や MyoG などの筋線維の分化・再生に関わる転写因子の発現が促進された。

メカニズムを明らかにするため損傷部位で網羅的遺伝子発現解析(RNAseq)を行ったところ、M2 マクロファージの除去群ではフォリスタチン(Fst)遺伝子、フォリスタチン様 3 (Fstl3)遺伝子、Wisp 1 遺伝子の発現が上昇していた。これらは筋再生を促進する遺伝子群である。

私どもはこのうち、筋再生を促進する作用を有するフォリスタチンに焦点を当てて研究を進めた。フォリスタチンは、筋芽細胞の増殖・分化を抑制するマイオスタチンや TGFβを抑制し、骨格筋再生を促進させる分泌因子である(図 4)。フォリスタチンは、M2 マクロファージを除去後に線維芽前駆脂肪細胞(FAP 細胞)で発現が上昇することが判明した。すなわち、免疫染色においてフォリスタチンがFAP 細胞に発現しており、かつ M2 マクロファージを除去すると FAP 細胞におけるフォリスタチンの発現が増加していることが明らかになった(図 5)。

次に FAP 細胞をフローサイトメトリーで単離し、遺伝子発現を調べたところ、M2 マクロファージを除去したマウス由来の FAP 細胞ではフォリスタチンの遺伝子発現が上昇していることが確認された。(図 6)。そこで FAP 細胞由来のフォリスタチンの役割について FAP 特異的にフォリスタチン遺伝子を欠損させたマウスにおいて骨格筋損傷からの回復過程について調べた。

免疫染色では、骨格筋の再生が遅れていることが確認された(図 7)。フォリスタチン遺伝子欠損マウスでは Myf5、MyoD、MyoG などの筋線維の分化に関係する遺伝子群発現が低下をしていた。さらに MyoD 陽性筋芽細胞の核の数も減少していた。以上より骨格筋再生がフォリスタチン遺伝子欠損マウスで障害されていることが判明した。さらにコラーゲンの沈着による線維化が亢進し、完全な筋肉の再生には至らず、Col1a1、Acta2 遺伝子の発現が上昇していた。M2 マクロファージ除去により、FAP 細胞に発現しているフォリスタチンの発現を抑制し、FAP 細胞自身が線維化を誘導する細胞になることを抑制し健康的な骨格筋再生を促すことが判明した。

次に M2 マクロファージがどのように FAP 細胞の機能を調整しているかについて検討した。M2 マクロファージ由来の TGFβ1 が重要な役割を果たしているのではないかと考えた。実際、M2 マクロファージ除去マウスで TGFβ1 陽性細胞や p27 陽性細胞の数は減少していた。

そこで M2 マクロファージ特異的 TGFβ1 欠損マウスを作製し、骨格筋損傷からの影響を検討した。すると損傷からの回復が促進されていることが判明した(図 8)。遺伝子発現でも、骨格筋の再生に関わる転写因子群(MyoD、MyoG)の発現が亢進していた。さらに、線維化のマーカーも低下し、健康な再生に M2 マクロファージの TGFβシグナルの抑制は必須であることが判明した。

まとめると、通常の状態では M2 マクロファージは FAP 細胞の活性化を抑制している。骨格筋損傷が起こると初期の炎症細胞の浸潤後に M2 マクロファージが増加するが、この M2 マクロファージは TGFβ1 を介して、FAP 細胞の活性化を抑制している。従って、本成果のように M2 マクロファージを除去すると FAP 細胞は活性化しフォリスタチン遺伝子の発現が上昇しすることとなる。フォリスタチンは、筋線維への分化を抑えるマイオスタチンや TGFβの作用を抑制し、骨格筋の再生が速まることとなる。また、FAP 細胞由来のフォリスタチンは FAP 細胞自身が線維化に関与する筋線維芽細胞に変化することを抑制し「健常な骨格筋」の再生に寄与する。

■今後の展開

Future Perspective今後、M2 マクロファージを除去する方法を見出し、骨格筋損傷患者に投与すれば骨格筋再生が促進し、線維化をともなわない健康的な骨格筋の再生が促進される治療に結び付くことが期待される。また、この治療は、高齢者でのサルコペニアを予防する治療にもつながる可能性がある。

【用語解説】

線維芽前駆脂肪細胞(Fibro-adipogenic progenitors:FAPs):

骨格筋に存在し、脂肪細胞、骨芽細胞、軟骨細胞などの様々な細胞に分化しうる可能性を有する間葉系幹細胞に近い細胞の一種。様々な分泌因子を産生・放出して骨格筋の再生を促す。

骨格筋の幹細胞:

分化により骨格筋線維になる細胞で衛星細胞とも呼ばれている。

マクロファージ:

体内に侵入した細菌などの異物を捕食し処理して、抗原や免疫情報にして免疫系を活性化する。

FAP 細胞(Fibro-adipogenic progenitors):

骨格筋内に存在する間葉系幹細胞様の細胞。様々な分泌因子を生産・放出して骨格筋の再生を促す。

CD206+ M2 マクロファージ:

全身の様々な組織に存在し、組織の恒常性の維持を司る働きをしている。骨格筋損傷の回復期に出現する。

M1 マクロファージ:

骨格筋の損傷後、好中球の浸潤後に現われる。炎症性サイトカインを分泌するマクロファージ。

RNAseq:

次世代シークエンサーで組織の遺伝子発現を網羅的に調べる方法。

フォリスタチン(Follistatin(Fst))遺伝子:

骨格筋の幹細胞や筋芽細胞の増殖・分化を抑制するマイオスタチンや TGFβの作用を受容体レベルで阻害するフォリスタチンをコードする遺伝子。M2MΦを除去と FAP 細胞からの分泌が亢進する。

 

【論文詳細】

論文名:

Depletion of CD206+M2-like macrophages induces fibro-adipogenic progenitorsactivation and muscle regeneration

著者:

アラー・ナワズ 1,2,12、ビラール・ムハンマド 2、藤坂志帆 2、角朝信 2、アスラム・ムハンマド・ラヒール 2、アーメド・サイード 3、岡部圭介 1,2、五十嵐喜子 2、渡邊善之 2、桑野剛英 2、常山幸一 4、西村歩 2、西田康宏 2、山本誠士 5、笹原正清 5、井村譲二 6,13、森寿 7、マーティン・マズク 8、工藤藤美 9、真鍋一郎 9、上住聡芳 10、中川崇 1、大石由美子 11、戸邉一之 2

所属:

1.富山大学学術研究部医学系 分子医科薬理学講座

2.富山大学学術研究部医学系 内科学第一講座

3.ラワルビンジ医科大学 外科学講座(パキスタン)

4.徳島大学 疾患病理学分野

5.富山大学学術研究部医学系 病態・病理学講座

6.富山大学学術研究部医学系 病理診断学講座

7.富山大学学術研究部医学系 分子神経学講座

8.ベイラー医科大学 病理免疫学教室

9.千葉大学 大学院医学研究院疾患システム医学

10.徳島大学 生体栄養学分野

11.日本医科大学 生化学・分子生物学(代謝・栄養学)教室

12.ハーバード大学ジョスリン糖尿病センター

13.熊谷総合病院 病理診断科

掲載誌:

Nature Communications

DOI:

10.1038/s41467-022-34191-y

【付記】

本研究は、日本学術振興会、文部科学省科学研究費補助金、日本糖尿病学会若手研究助成金、日本糖尿病財団、小林国際奨学財団、文部科学省 地域イノベーション戦略支援プログラム 北陸ライフサイエンスクラスター、(公財)富山県新世紀産業機構 (平成 26 年度 産学官連携推進事業)、中部先端医療開発円環コンソーシアム(国立研究開発法人日本医療研究開発機構(橋渡し研究戦略的推進プログラム))、ムーンショット型研究開発事業(JPMJMS2021)、三菱財団自然科学研究助成、富山第一銀行奨学財団、上原記念生命科学財団、内藤財団、日本学術振興会外国人特別研究員、日本応用酵素協会、第一三共生命財団、AMEDFORCE、田村科学技術振興財団、細胞科学財団などによる支援を受け実施された研究の成果である。

関連文献

reference1, Nawaz A., Aminuddin A., Kado T., Takikawa A., Yamamoto S., Tsuneyama K., IgarashiY., Ikutani M., Nishida Y., Nagai Y., Takatsu K., Imura J., Sasahara M., Okazaki Y.,Ueki K., Okamura T., Tokuyama K., Ando A., Matsumoto M., Mori H., Nakagawa T.,Kobayashi N., Saeki K., Usui I., Fujisaka S., Tobe K.: CD206+ M2-like macrophagesregulate systemic glucose metabolism by inhibiting proliferation of adipocyteprogenitors. Nat Commun. 8: 286, 2017.

詳細▶︎https://www.u-toyama.ac.jp/wp/wp-content/uploads/20221122.pdf

注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単純論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎました。 、さらに研究や実験を進める必要があります。 、専門家の指導を受けるなど十分に配慮するようにしてください。

骨格筋損傷からの回復過程においてM2マクロファージの除去は回復を促進する

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