国立障害者リハビリテーションセンターは、このたび、発達障害のある人の感覚の問題を調査し、感覚の問題が最も顕著なのは聴覚であるが、自閉スペクトラム症(ASD)のある人では触覚の問題も無視できないことを明らかにしました。
本調査結果から、発達障害がある人が持つ感覚の問題の実態が明らかになり、よく知られた聴覚や視覚の過敏だけでなく、各人の特性に応じた個別の対応が必要であることがわかりました1。
【研究結果の概要】
○発達障害のある人では、感覚の問題が深刻であることが知られている。今回の調査では、最もつらい感覚の問題が生じているのは聴覚であると答える人が多く、他に視覚、触覚及び嗅覚の問題も多く回答されていた。
○発達障害のある人のうち、自閉スペクトラム症(ASD)、注意欠如多動症(ADHD)、学習障害(LD)での感覚の問題の特徴を調べたところ、ASD の診断を受けた人では、触覚の問題が一番つらいと答えた人が、そうでない人より多かった。一方、LD の診断を受けた人では、視覚の問題が一番つらいと答えた人の割合が相対的に多かった。
○年齢層別の分析からは、未成年者では味覚(偏食)の問題をつらいと答えた人の割合が他の年代に比べて相対的に多かった。
○感覚の過敏には、「高い音」「まぶしい光」など特定の強い刺激が苦手という問題に加えて、それぞれの感覚の中で複数の刺激が同時に来ると疲れてしまったり、状況の把握が困難になってしまったりする問題が含まれていることがわかった。
1 本研究成果は、スイスの Frontiers Media 社が刊行する精神医学に関するオープンアクセスジャーナル “Frontiers in Psychiatry” に 2023 年2月9日 (木)に掲載されました(p.5参照)。
“発達障害のある人のK「困った時」D「どうする」調査 感覚編”に関する研究結果
研究の背景
発達障害のある人は、感覚面で様々な困難が生じえます。発達障害のうち自閉スペクトラム症(Autism spectrum disorder, ASD)は、社会性とコミュニケーションの問題と反復する行動・興味の限局が主要な障害特性ですが、「感覚過敏」や「感覚鈍麻」など感覚の問題も生じることが、米国精神医学会の診断基準(DSM-5)に書かれています[1]。さらに注意欠如多動症(Attentiondeficit/hyperactivity disorder, ADHD)や学習障害(learning disorder, LD)など ASD 以外の発達障害を持つ人も、様々な感覚の問題を有していることが、いくつかの論文で報告されています[2;3]。しかし、聴覚過敏などが顕著であることは知られているものの、多様な感覚の問題の詳細、たとえば、感覚の困りごとの障害特性に応じた違いが明らかになっていないため、必ずしも適切な支援につながっていないのが現状です。
そこで、我々は、感覚にまつわる日常の困りごとを「見える化」することを目的に、調査を実施しました。具体的には、(1)障害特性により、感覚の問題の出現頻度に違いがあるか比較しました。(2)感覚の問題の年齢層ごとの違いを比較しました。(3)自由記述を分析し、それぞれの感覚ごとにどのような問題が含まれていたかを分析しました2。
研究の具体的内容と成果
(1) 障害特性による出現頻度の違い
「最もつらい感覚の問題」として、聴覚の問題が全 415 件の回答の半数以上(約 55%)を占めることがわかりました。視覚、触覚、嗅覚の問題に関する記述は、それぞれ 10%程度でした。このことは、日常での困りごととして、聴覚の問題の比重が大きいことを示しています。ところが「二番目につらい感覚の問題」「三番目につらい感覚の問題」となると、視覚や触覚、嗅覚の問題など他の感覚に関する記述も多くなりました(いずれも 15~20%)。
発達障害のなかで ASD, ADHD, LD を対象として、各障害の診断の有無による感覚の問題を感じる人の割合を比較しました。いずれも聴覚の問題が顕著であることは変わりがないものの(図 1A)、ASD を持つ人では、最もつらい問題として、触覚の問題と述べた回答が、ASD を持たない人に比べて相対的に多いことがわかりました(図1C)。つまり、触覚刺激(具体例は表1参照)に鋭敏というような特有の感覚特性が ASD のある人にとって他の障害より困難の原因になりやすいと考えられます。一方、LD を持つ人では、視覚の問題に対する回答が相対的に多いことが明らかになりました(図1B)。
2 本研究では、発達障害の診断を受けた人を対象に、日常生活の中でどのような感覚の問題が生じているかを聞き取るために、選択肢と自由記述を組み合わせた質問票を作成しました。質問項目は、当事者や医療関係者・研究者・行政官らが参加する発達障害に関する有志の勉強会(OhToT)の協力を得て作成し、当センターの倫理審査委員会の承認を得たのち、発達障害情報・支援センターの WEB サイトにて記入を募りました。平成 30 年8月から平成 31 年1月までの間に、未就学児(保護査が回答)から 60 歳台までの幅広い年齢層の 431 件の回答が集まり、感覚の問題以外の問題が記述されていた 16 件を除いた 415 件について、内容を集計し分析しました。
図1 障害の有無による感覚の問題の人数の割合
全参加者について、「ASD の有無」「ADHD の有無」「LD の有無」のそれぞれで分けて、一番目の問題として答えている人の割合が障害種別によって違いがあるかを検討しました。上の図は、A. 聴覚、B. 視覚、C.触覚の問題の結果を抜粋し、各障害の診断の有無による違いを示したものです。「*」印がついているのは、統計的に有意な差がみられた項目です。なお、二番目、三番目につらい感覚の問題については、障害種別によって有意な差はありませんでした(グラフ省略)。
(2) 年齢層ごとの違いを比較
全ての回答を年齢層にわけて分析したところ、味覚の問題に関する記述は、未成年者層で多く、中年層で少ないことがわかりました(図2)。
なお「味覚の問題」の回答には、食感や苦手な食べ物に関する記述も含まれていました。
図2 味覚の問題を答えた人数の割合
全ての回答を年齢層にわけて分析した時に、各年齢層で味覚の問題がつらいと答えた人数の割合を抜粋して示したものです。「*」印がついているのは、統計的に有意な差がみられた項目です。他に中年層で視覚の問題を答えている人の割合がわずかに多かった以外に、年齢層間で有意な差はありませんでした(グラフ省略)。
(3) 自由記述の分析
具体的にどのような感覚の問題がふくまれていたのか、自由記述の検討を行いました。各感覚でどのような問題が記述されていたかを分類しました(表1)。聴覚、視覚、嗅覚については、強い刺激や特定の刺激が苦手という種類の問題と、複数な刺激が同時にやってくることで混乱や苦痛が生じるといった種類の問題に、分かれることがわかりました。
その他、前庭覚、気圧、気温に対する困りごとなどの問題についても同様に分析を行い、報告しました。
表1 感覚の問題の具体的な内容
全ての回答を内容に応じて分類し、2件以上みられたものを感覚種別ごとの出現頻度順に並べたものです。聴覚・視覚・触覚・嗅覚・味覚の問題に関する結果を抜粋しました。固有覚、前庭覚、その他(気圧、気温に関する困りごとなど)についても同様の分析を行いましたが、ここでは省略します。
結論と展望
本調査から、日常生活上で、大きな問題となっている感覚の困難の実態が浮かび上がってきました。すなわち、感覚の問題は、よく知られている聴覚や視覚に関するものだけはなく、それ以外の感覚の問題が最も困難と感じている人も一定数いることと、つらさの内容も様々であることから、特性に応じた個別の対応が必要であることが明確になりました。
用語
感覚過敏:感覚の刺激が過剰に強く感じ、苦痛と感じるような状態です。
感覚鈍麻:感覚の刺激を感じにくかったり反応が低下したりする状態です。例えば、気温の変化に気づきにくく、熱中症になってしまうことがあるなどの困りごとが知られています。
自閉スペクトラム症(ASD):社会性やコミュニケーションの障害、行動の繰り返しや限られた興味を特徴とする発達障害の1つです。米国精神医学会の診断基準(DSM-5)では、「感覚過敏」や「感覚鈍麻」など感覚の問題も生じることが記されています。
注意欠如多動症(ADHD):不注意や多動・衝動性の問題を特徴とする発達障害の1つです。
学習障害(LD):全般的な知能に問題はないが、読み書きあるいは計算など特定の能力が限局的に障害されることを特徴とする発達障害の1つです。限局性学習症(Specific learning disorders, SLD)とも呼ばれています。
文献
[1] American Psychiatric Association, Diagnostic and statistical manual of mental disorders: 5th ed.(DSM-5), American Psychiatric Association, Arlington, VA, 2013.
[2] D. Bijlenga, J.Y.M. Tjon-Ka-Jie, F. Schuijers, and J.J.S. Kooij, Atypical sensory profiles as core features of adult ADHD, irrespective of autistic symptoms. European Psychiatry 43 (2017) 51-57.
[3] K. Nandakumar, and S.J. Leat, Dyslexia: a review of two theories. Clinical and Experimental Optometry 91 (2008) 333-40.
今回の研究に携わったメンバー
和田 真*,石井亨視,名和妙美(研究所 脳機能系障害研究部 発達障害研究室)
清野 絵(研究所 障害福祉研究部 心理実験研究室)
西牧謙吾,林 克也(企画・情報部 発達障害情報・支援センター)
*責任著者 (corresponding authors)
論文情報
題名:Qualitative and quantitative analysis of self-reported sensory issues in individualswith neurodevelopmental disorders
著者:Makoto Wada*, Katsuya Hayashi, Kai Seino, Naomi Ishii, Taemi Nawa and Kengo Nishimaki
誌名:Frontiers in Psychiatry
Doi: 10.3389/fpsyt.2023.1077542
*本研究は、下記の科学研究費の支援を受けて行われました。新学術領域研究「個性」創発脳『感覚情報処理の個人差が生み出す身体の「個性」』(19H04921,代表:和田真)
新学術領域研究 顔身体学『トランスカルチャーとしての発達障害者における顔・身体表現』(20H04595,代表:和田真)挑戦的研究(萌芽)『スイカに塩が不味いわけ-発達障害者の偏食と基本味間の時間的相互作用-』(19K22885,代表:和田真)
挑戦的研究(萌芽)『意識科学の視点で解き明かす発達障害者の感覚の問題』(22K18666,代表:和田真)
基盤研究(A)『文末助詞の階層における情動計算不全としての自閉症の言語障害』(19H00532,代表:幕内充、分担:和田真)
基盤研究(S)『脳の一般原理に基づく認知機能の多様性発生機序の理解と発達障害者支援』(21H05053,代表:長井志江、分担:和田真)
詳細▶︎http://www.rehab.go.jp/hodo/japanese/news_2023/news2023-13.pdf
注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単純論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎました。 、さらに研究や実験を進める必要があります。 、専門家の指導を受けるなど十分に配慮するようにしてください。