高血圧診療における次世代の個別化医療戦略を提唱-機械学習により個人の治療効果を予測する時代へ-

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概要

京都大学白眉センターの井上浩輔 特定准教授(社会疫学)(研究当時:京都大学大学院医学研究科)、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の津川友介 准教授(内科学・医療政策学)、スタンフォード大学の Susan Athey 教授(経済学)による研究グループは、最先端の機械学習モデルを応用することで、高血圧診療における次世代の個別化医療戦略「高ベネフィット・アプローチ」の有用性を提唱しました。

従来の医療において治療する対象集団を選定する際、心血管疾患や死亡などの発生率の高い “高リスク患者”の治療を優先してきました。「高リスク」患者に注力するという意味で、これを高リスク・アプローチと呼びます。一方で、近年急速な発展を遂げている機械学習を応用することで、個人レベルの治療効果を推定することができ、推定される治療効果の高い集団(高ベネフィット患者)にターゲットを絞ったアプローチが可能となってきました。本研究チームはこのアプローチを高ベネフィット・アプローチと命名し、その有用性を高血圧診療における 2 つのランダム化比較試験と米国の一般集団コホートのデータを用いて検討しました。

本研究では、心血管イベント発症リスクの高い人(高リスク患者)が必ずしも厳格な降圧管理(収縮期血圧を 120mmHg 未満に下げる管理)による効果が高いわけではないことがわかりました。また、高ベネフィット・アプローチによって治療集団を選んで介入することで、従来の高リスク・アプローチよりも患者集団全体で享受できる治療効果が 5 倍程度大きくなることが明らかとなりました。これにより、高ベネフィット・アプローチを応用することで、厳格な降圧管理を受けるべき個人を効率的に同定し、介入によって得られる効果を最大化できる可能性が示唆されました。本研究成果は、個人の治療効果に着目した高ベネフィット・アプローチのコンセプトを確立し、その有用性を示した点で、機械学習を応用した次世代の個別化医療の礎になると期待されます。本研究成果は、国際学術誌「International Journal of Epidemiology」(オンライン)に、4 月 4 日(火)17 時(日本時間)に公開されました。

 

背景

従来の医療において治療する対象集団を選定する際、心血管疾患(CVD)や死亡など将来の予後が悪い “高リスク患者”の治療を優先してきました。例えば、日常診療において厳格な降圧治療は心血管イベントリスクが高い患者に対して行われていますが、本当にこれらの患者が厳格な降圧管理による効果の最も高い集団であるか、という点についてはエビデンスがありませんでした。一方で、近年急速な発展を遂げている機械学習を応用することで、個人レベルの治療効果を推定することができ、効果の高い集団にターゲットを絞ったアプローチが可能となってきました。そうした機械学習の代表的なモデルの一つに、本研究チームのメンバーである Susan Athey 教授(スタンフォード大学)らが開発した「因果フォレスト」というアルゴリズムがあります[図 1a]。本研究では、高血圧診療における大規模ランダム化比較試験のデータおよび米国一般集団のデータに、因果フォレストを用いることで、個人レベルの降圧治療効果を推定し、最も効果的に CVD 発症リスクを低下させる「高血圧診療における個別化医療戦略」を確立することを目的としました。

研究手法・成果

具体的には SPRINT、ACCORD-BP のデータから、収縮期血圧(SBP)の目標値を 120mmHg 未満(厳格降圧群)または 140mmHg 未満(標準降圧群)にランダム化した参加者 10672 人を対象としました(平均年齢:65.5 歳、女性:40.8%)。因果フォレストを用いて厳格降圧療法の CVD リスク減少効果を個人レベルで予測し、推定された治療効果の高い集団をターゲットとした介入 (高ベネフィット・アプローチ)と、SBP ≥130 mmHg である集団をターゲットとした従来の介入 (高リスク・アプローチ)による集団レベルの治療効果の違いを検討することで [図 1b]、高ベネフィット・アプローチの有用性を定量的に評価しました。結果として、CVD イベント発症 1 例を予防するために必要な治療患者数は高ベネフィット・アプローチにおいて 11 人 (95%CI:10-12)、高リスク・アプローチ において 61 人 (95%CI:35-276)であり、高ベネフィット・アプローチによって治療集団を選定することで、従来の高リスク・アプローチよりも集団に与える治療効果が 5 倍程度大きくなることが明らかとなりました[図 1c]。また、NHANESデータに含まれる米国一般集団 14575 人での検討においても同様の結果が認められました。本研究結果は絶対的な CVD リスクのみならず厳格な降圧療法による CVD リスク減少効果にも着目した新しい降圧戦略が、次世代の個別化医療において有用である可能性を示唆します。

波及効果、今後の予定

本研究で提唱した高ベネフィット・アプローチを応用することで、疾患リスクのみならず治療効果の高い個人を効率的に同定することができ、結果として集団全体の治療効果を最大化することが可能となります。また、治療効果の低い個人に対しては別の効果的な治療戦略を検討し提供することで、限られた医療資源の適切な分配および健康格差の縮小にもつながることが予想されます。今後、高ベネフィット・アプローチの社会実装に向けて、その有用性を前向き研究においても検証し、さらなるエビデンスを蓄積することが重要だと考えます。

研究プロジェクトについて

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED; JP22rea522107)、日本学術振興会(21K20900 および 22K17392)、日本内分泌学会、文部科学省による次世代グローバル人材育成事業(LINSIGHT)の協力を得て行われました。

<用語解説>

心血管疾患(CVD):心臓や血管の機能異常によって引き起こされる病気の総称であり、心筋梗塞や脳梗塞などの病気が含まれる。CVD, cardiovascular disease.

因果フォレスト:複数の決定木を組み合わせて治療効果のばらつきを評価する機械学習モデルである。

SPRINT、ACCORD-BP:高血圧治療における目標血圧値について、より厳格な治療目標を設定した場合(収縮期血圧 <120mmHg)と標準的な目標を設定した場合(収縮期血圧 <140mmHg)の効果を比較するために実施されたランダム化比較試験である。SPRINT は糖尿病がない集団に対して、ACCORD-BP は糖尿病を有する集団に対して行われた。

NHANES:全米で 2 年に一度、健康状態や生活習慣、栄養状態などの情報を収集している国民健康栄養調査。

<研究者のコメント>

本研究は井上(筆頭著者)が UCLA 留学中に津川(最終著者)と一緒に、Susan Athey(第二著者)の因果フォレストに関する講演を聞いたことがきっかけで始まりました。経済学から生み出された最先端の機械学習モデルをどのように臨床医学のコンテキストに落とし込み、フレーミングするかという点で、査読プロセス含め大変勉強になると同時に苦悩しました。最終的に疫学領域の国際トップジャーナルに受理していただくことができ嬉しく思います。私たちの提唱する高ベネフィット・アプローチが今後世界でどのように評価されていくかを楽しみにしながら、実装に向けて引き続き研究を進めていく所存です。

<論文タイトルと著者>

タイトル:Machine-learning-based high-benefit approach versus conventional high-risk approach inblood pressure management (降圧管理における、機械学習を用いた高ベネフィット・アプローチと従来の高リスク・アプローチの比較)

著 者: Kosuke Inoue1*, Susan Athey2, Yusuke Tsugawa 3,4

1. Department of Social Epidemiology, Graduate School of Medicine, Kyoto University, Kyoto, Japan

2. Graduate School of Business, Stanford University, Stanford, CA

3. Division of General Internal Medicine and Health Services Research, David Geffen School ofMedicine at UCLA, Los Angeles, CA

4. Department of Health Policy and Management, UCLA Fielding School of Public Health, LosAngeles, CA

掲 載 誌:International Journal of Epidemiology DOI: 10.1093/ije/dyad037

<参考図表>

a. 通常の疫学研究では集団レベルの治療効果(Average treatment effect)を推定するが、因果フォレストを応用することで、個人レベルの治療効果(Conditional average treatment effect)を推定することができる。

b. 高ベネフィット・アプローチ(青枠)と高リスク・アプローチ(赤枠)では必ずしも対象となる個人は一致しない。

c. 高ベネフィット・アプローチによって治療集団を選定することで、従来の高リスク・アプローチよりも集団に与える治療効果が 5 倍程度大きくなることが明らかとなった。

詳細▶︎https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2023-04-05

注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単純論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎました。 、さらに研究や実験を進める必要があります。 、専門家の指導を受けるなど十分に配慮するようにしてください。

高血圧診療における次世代の個別化医療戦略を提唱-機械学習により個人の治療効果を予測する時代へ-

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