短時間の軽運動で高齢者の記憶力が向上する〜瞳孔計測から脳内覚醒機構の関与を示唆〜

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流通経済大学・筑波大学などの研究チームは、軽運動を 10 分間行うことで記憶力が即時的に向上することを健常高齢者において初めて明らかにしました。また、運動時に瞳孔径を計測した結果から、記憶力向上のメカニズムとして脳内の覚醒機構が関与する可能性を新たに示しました。

【概要】

加齢による「もの忘れ」の原因の一つに脳の広範囲の神経活動を調節する覚醒機構の低下が考えられています。運動には、記憶力を含む認知機能の維持向上効果があり、認知症予防策としても注目されていますが、どんな運動をどれくらい行えば効果があるのか、どのような脳内メカニズムで効果が発揮されるのかはよくわかっていません。本研究では、ゆっくりとしたペースのウォーキング程度の軽い運動が記憶力を高めるか、そのメカニズムとして脳内覚醒機構による調節が関与するかを検証しました。

 

健常な高齢者 21 名を対象に自転車漕ぎ運動を息が軽く弾む程度の低強度で 10 分間行うと、運動せずに座っていた場合に比べて記憶力が向上することがわかりました。また、運動時に瞳孔が拡大することが観察され、これが記憶力向上を予測する指標となるだけでなく、記憶力向上のメカニズムとして脳内覚醒機構が関与する可能性が示されました。

今後は、低強度運動の長期的な効果を検討するとともに、記憶力向上に効果的な運動習慣がなくても親しみやすい軽運動プログラムの開発が期待されます。

 

【研究の背景・目的】

運動は、認知症に対する非薬物的な予防策としては最も研究成果が蓄積されています。しかしながら、どんな運動をどれくらい行えば効果があるのか、どのような脳内メカニズムで効果が発揮されるのかはよくわかっていません。

本研究チームは、運動習慣の有無に関わらず親しみやすい低強度運動の効果に着目して研究を進めてきました。低強度運動は、例えばゆっくりしたペースのウォーキングのような、キツさを感じず、息が軽く弾む程度の運動です。若齢成人を対象にしたこれまでの研究から、10 分間の低強度運動が海馬を中心とした脳内ネットワークを強化し、記憶力を高めることが明らかになっていますが、同様の効果が高齢者でも得られるかは未検討でした。

また、加齢による記憶力の低下の原因の一つに、海馬を含む脳の広範囲の神経活動を調節する脳内覚醒機構の低下が考えられていましたが、低強度運動による記憶力向上にこの調節機構が関わるかは不明でした。瞳孔径の調節には覚醒機構の起点となる青斑核が関わることから、瞳孔径の変化(拡大・縮小)は覚醒機構(ノルアドレナリン作動性神経の活動など)の活動レベルの指標として有用です。

本研究では、短時間の低強度運動が高齢者の記憶力に与える影響を調べるとともに、そのメカニズムとして脳内覚醒機構による調節が関与するかを運動時の瞳孔計測から検証しました。

 

【研究内容と成果】

認知症でない健常な高齢者 21 名(66〜81 歳、男性 10 名女性 11 名)が実験に参加しました。すべての参加者は、10 分間運動を行った後に記憶テストを行う運動条件と運動の代わりに座位安静を保つ安静条件の2条件を行いました。運動は自転車エルゴメータでのペダリング運動を行いました。運動強度は低強度とし、運動時心拍数の平均値は 93.3 拍/分でした。運動中は目の前のスクリーンを注視させ、アイトラッキングシステムにより瞳孔径を計測しました。記憶テストでは、よく似た2つの物体の写真を順に提示し、その違いに気づくことができるかを調べることで、細部まで鮮明に記憶する能力を評価しました(図 1)。

実験の結果、運動後の記憶テストの成績は安静条件に比べて優れており、その差は特に類似度の高い課題(難しい課題)において顕著でした(図 2)。また、運動時は安静時に比べて瞳孔径が拡大すること(図 3)、瞳孔拡大の程度が大きいほど記憶力への効果も大きく、瞳孔拡大が運動効果の媒介因子であることが明らかになりました(図 4)。この結果は、低強度運動による記憶力の向上に脳内覚醒機構が関わることを示唆します。

 

【今後の研究展開および波及効果】

本研究では、短時間の低強度運動を1回行った際の即時的な効果が明らかになりましたが、これを習慣的に行うことによる効果やその脳内メカニズムについては今後の検討課題です。また、瞳孔径を指標とすることで認知機能向上をねらいとした誰でも親しみやすい軽運動プログラム開発に期待がかかります。

 

図1 記憶テストの説明

覚える問題では日常生活で目にする物体の写真を順に示し、思い出す問題では同一、類似、無関連課題に対して、「全く同じ」、「似ているが違う」、「新しく初めて」の三択で回答させた。類似課題に対して「似ているが違う」と正解できた割合から記憶力を評価した。

 

図2 実験の結果

(A)記憶テストの成績。類似度が高く難しい課題に対する成績が運動条件で優れていた。(B)瞳孔径の変化。運動時及び運動後に瞳孔は拡大した。(C)瞳孔径の変化と記憶力の変化の関係。運動時の瞳孔拡大の程度が大きかった人ほど記憶力が向上した。(**P < 0.01, 安静 v.s.運動)

【掲載論文】

論文名:

Improvement of mnemonic discrimination with acute light exercise is mediated by pupil-linked arousal in healthy older adults(健康な高齢者における一過性低強度運動による記憶弁別能向上は瞳孔に連動した覚醒によって媒介される)

著者名:

Kazuya Suwabe a,b Ryuta Kuwamizu c, d , Kazuki Hyodo e, Toru Yoshikawa a , Takeshi Otsukia , AsakoZempo-Miyaki a , Michael A. Yassa b,f , Hideaki Soya b,c

a 流通経済大学スポーツ健康科学部

b 筑波大学体育系ヒューマン・ハイ・パフォーマンス先端研究センター(ARIHHP)

c 筑波大学体育系運動生化学研究室

d 京都大学文学研究科心理学研究室

e 公益財団法人明治安田厚生事業団体力医学研究所f カリフォルニア大学アーバイン校神経生物学・行動学部

雑誌名:

Neurobiology of Aging

掲載日:

2023 年 9 月 20 日(オンライン版)

DOI:

10.1016/j.neurobiolaging.2023.09.006

 

【主な研究資金】

本研究は、日本学術振興会科研費 [19K20176 (K.S), 22K17808 (K.S), 18H04081 (H.S.),21H04858 (H.S.)]、国立研究開発法人科学技術振興機構未来社会創造事業 [JPMJMI19D5(H.S.)] の支援を受けて行われました。また、本研究は筑波大学海外研究ユニット招致プログラムに基づく共同研究の一部として行われました。

詳細▶︎https://www.tsukuba.ac.jp/journal/medicine-health/20231006140000.html

注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単純論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎました。 さらに研究や実験を進める必要があります。十分に配慮するようにしてください。

短時間の軽運動で高齢者の記憶力が向上する〜瞳孔計測から脳内覚醒機構の関与を示唆〜

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