本記事では、理学療法士として臨床・研究の両分野で活躍されている井川先生にインタビューを実施しました。井川先生は、バイオメカニクス研究を通じたケガ予防の最前線で活躍する一方、スポーツ庁の委託事業を通じて地域スポーツの活性化や健康増進に取り組むなど、多岐にわたる活動をされています。また、スポーツ業界で働くためのコネクションの重要性や、スポーツ分野で活躍する理学療法士を増やすための新たなアプローチとしてスポーツイベントの可能性を模索するなど、独自の視点で新たな領域を切り開いています。
この記事では、井川先生のこれまでの歩みや現在の取り組み、そして理学療法士としてのキャリアの広がりについて詳しく伺いました。臨床や研究に加え、スポーツ分野での活躍を目指す理学療法士にとって貴重なヒントが詰まった内容となっています。スポーツや健康に関心のある方、理学療法士としての新たな可能性を模索している方にとって、必見の内容です。ぜひ最後までお読みください。
大変失礼ですが、簡単な自己紹介をお願いしてもよろしいでしょうか?
はい、私は2008年に理学療法士の養成校を卒業しました。国際医療福祉大学の理学療法学科を卒業後、付属病院である国際医療福祉大学病院に4年間勤務しました。
その間に大学院に進学し、博士課程を5年間で修了しました。東京の三田病院に転勤後は、主にがんリハビリテーションや整形外科疾患に携わりました。
その後、臨床現場で約11年働き、2019年4月から大学教員として勤務しています。現在は研究と教育の両立に取り組んでいます。
ありがとうございます。整形外科からがんリハビリテーションまで幅広く対応されてきたと伺いましたが、現在の主な研究テーマや、そのテーマを選んだきっかけを教えていただけますか?
もともと大学院でバイオメカニクスの研究をしていました。人の身体の動きがどうして悪くなるのかを突き詰めることで、治療に活かせると思ったからです。
東京の三田病院勤務時に脊柱疾患の患者さんを多く担当し、痛みや動作異常のメカニズムを研究することで、多くの患者さんを救えると感じました。現在も脊柱疾患に焦点を当てた研究を続けています。
そうですね。修士課程では丸山先生の研究室、博士課程の3年間は山本澄子先生のもとで学びました。
今までのお話だと、臨床や研究に専念されている印象ですが、遊んだりする時間はあまりなかったんですか?
そうですね、記憶に残るほど遊んだ記憶は少ないです。やりたいことに集中してしまうタイプなので、研究や臨床に没頭していました。
栃木から港区に移るというのは、大きな変化だと思いますが、どう感じましたか?
私の場合、やりたいことを突き詰めたいという気持ちが強く、研究や臨床に集中する時は、ほかのことに目を向ける余裕がないんです。ですので、移動についても深く考えることなく、必要だと感じたらすぐ行動していました。
最近、スポーツ庁の委託事業にも携わっていると伺いました。「感動する大学スポーツ総合支援事業」というのは具体的にどのような取り組みをされているんですか?
栃木県ではスポーツ実施率が低いというデータがあり、地域住民の健康増進を目的として、小学生から高齢者まで幅広い世代にスポーツ活動を促進する取り組みをしています。
スポーツを通じてコミュニティを形成し、社会参加を促すことを目指しています。たとえば、スポーツフェスティバルや親子運動会、高齢者向けの活動などを企画、運営しました。
研究は研究として進めていますが、大学教員として着任してからは、社会的な取り組みにも力を入れるようになりました。オリンピックをきっかけにスポーツをどのように社会に還元するかを考え、このプロジェクトに取り組むようになりました。
オリンピックではどのような役割を担われていたのですか?
オリンピックとパラリンピックの際、ポリクリニック内の理学療法室で各国の選手・関係者に対する理学療法を行っていました。
もともとサッカーをされていたそうですね。最近バイオメカニクスの研究と結びつけてパフォーマンスアップを目指す企業が増えているように感じます。この領域への活動は行わなかったのですか?
はい、学生時代はサッカーをしていました。当時は動作分析やバイオメカニクスという考え方がなかったので、ケガを予防する視点が欠けていました。研究を進める中で、パフォーマンスを上げるよりも、ケガを予防し、競技復帰をサポートすることに注力するようになりました。
データ収集により「この選手はケガをしやすい」という予測が立てられるようにはなりますか?
客観的なデータをもとに、選手に対して適切な身体の使い方をアドバイスすることで、ケガの予防に役立てることは可能です。
ただ、現状では機材やノウハウの普及が不十分で、特にパフォーマンス向上が優先されがちです。ケガ予防が重要だという認識が広がれば、状況は大きく改善すると考えています。
例えば、Jリーグのチームに井川さんのような専門家が入れば、ケガ人を減らせる可能性は高まりますよね?
そうですね。客観的なデータをもとにケガのリスクを示し、対策を講じられるようになれば、確実に役立つと思います。
ただし、日本ではまだそうした機材やノウハウがスポーツチームに十分普及していない現状があります。これが広がることで、ケガ予防の重要性が理解されると思います。
日本では、そういった取り組みが進んでいる施設はあるんですか?
病院についている施設が中心ですね。ただ、病院に行くのはケガをしてからというケースが多いので、ケガを未然に防ぐための取り組みがまだ少ないのが課題です。一方で、野球ではピッチングフォームやバッティングフォームの分析が少しずつ普及してきていますね。
野球ではピッチャーがケガをするのは理解できますが、バッターがケガをするのは想像しにくいですね。サッカーだと過去のケガ歴や負荷量などを追えば予測できそうですよね?
おっしゃる通りです。動作分析や負荷の記録を基に、将来的なケガのリスクをある程度予測することが可能になっています。
そういう分野で活躍する人材を井川さんは育てているんですね。
はい。学部生や大学院生でトレーナーチームを作り、ケガの原因をバイオメカニクスの観点から分析できる人材を育成しています。これがスポーツのトップチームに入っていけば、より活躍の場が広がると考えています。
スポーツ分野を目指す学生にとって、井川さんの研究室で学ぶことは大いに価値がありそうですね。
門戸は広く開いています。スポーツは確かにコネクションが重要ですが、それだけではなく、実力を伴うことが求められます。
コネだけでなく実力が必要という話、非常に納得できます。実際に学校の教員目線から見ると、学生の進路にはどのような傾向がありますか?
理学療法士を目指す学生の6~7割はスポーツに興味を持って入学してきますが、実際にスポーツ分野で活躍するのは5%以下ですね。その5%に入る学生は、覚悟を持って勉強や実践に取り組んでおり、卒業時には非常に高い知識と技術を身につけています。
そういった学生たちが将来的にスポーツ分野で活躍していく姿を想像すると、期待が膨らみますね。
そうですね。ただ、競技スポーツだけではなく、地域スポーツや健康増進の分野でも理学療法士が活躍できる場を広げていきたいと思っています。
東京オリンピックの影響についてどうお考えですか?1964年の東京オリンピックでは運動への関心が高まりましたが、2020年の大会は無観客という特殊な状況でした。
おっしゃる通りです。無観客開催の影響で国民の運動への関心が高まらなかったのは残念でした。ただ、今回の取り組みを通じて、地域住民が運動に興味を持つきっかけを作れたと感じています。これを継続することで、医療費の削減や健康寿命の延伸につなげられると思います。
お金を稼ぐ仕組みを作るという点についてはどうお考えですか?
たとえば今回矢板市で企画したスポーツフェスティバルを今回はスポーツ庁の委託事業で無料でしたが、参加費を設定してイベントを開催すれば、収益化は十分可能です。
さらに、物販や飲食の提供を組み合わせることで、一日あたりの収益を大きくすることもできます。こうした取り組みを理学療法士が主導することで、専門性をアピールしながら地域貢献もできると考えています。
スポーツイベントの企画運営に理学療法士が関わるのは新しいアイデアですね。非常に可能性を感じます。
そうですね。理学療法士が地域スポーツイベントを通じて活躍することで、職域の幅が広がり、将来的には多様な分野での活躍が期待できると思います。
今回、セラピスTVというチャンネルで、先生に「腰部疾患に対するリハビリテーション」についてご講演いただきましたが、内容を一言で説明するとどのようなものですか?
今の理学療法士は、正しい情報を正しく活用できていないという現状があります。そのため、「正しい情報を活用する重要性」を伝える内容になっています。
具体的には、腰部疾患において、どのような誤解や課題があると感じていますか?
たとえば、慢性腰痛に対する理学療法として「この手技が有効だ」という話がありますが、実は同じ症状でも全く異なる病態が隠れていることがあります。
その病態を理解せずに治療を進めると、悪化する可能性があるんです。正確な診断を基に、医師とコミュニケーションを取りながら治療を進める必要があります。
具体的に治らないケースとして、どのような例がありますか?
腰部疾患の患者さんの中には、体内に細菌が潜んでいるケースが約5%、つまり20人に1人存在します。このような患者さんがリハビリを受けても、根本原因を取り除かなければ改善しません。最終的に化膿性脊椎炎を発症する可能性もあります。
細菌感染がある患者さんにリハビリをしていると、悪化してしまうリスクがあるんですね?
はい。その時点では感染が進行していないため見過ごされがちですが、適切な診断をしていないと、後に深刻な状態になる可能性があります。こういった問題を防ぐには、医師と理学療法士の密な連携が欠かせません。
そういう診断をしない医療機関も多いのではないかなと思うのですが…
実は世界的にみても日本は比較的、診断能力の高い整形外科医が多い国ですが、その情報を理学療法士が活用できていないことが問題です。この点を改善し、情報を正しく共有できるようにすることが、理学療法士の課題だと感じています。
慢性腰痛の概念や治療方針も変わってきていると聞きます。その流れに理学療法士も追随する必要がありますね。
そうですね。慢性腰痛の定義や治療方法も進化しています。ただ、流行の治療に流されるのではなく、基礎をしっかり理解することが大切です。治療の選択肢を増やし、その時々で最適な手段を選べるようになることが理学療法士に求められるスキルだと思います。
今回の講演では、その基礎をしっかり学べる内容になっているということですね?
はい。日々の臨床で活用できる具体的な内容を盛り込んでいます。
最後に、この動画をご覧になる視聴者の方々にメッセージをいただけますか?
理学療法士の皆さんは、患者さんに対して最善の治療を提供したいという思いを持っていると思います。そのためには、軸となる知識や情報を正しく持つことが大切です。
医学に基づいた理学療法を提供できるよう努力を続けていただければと思います。それができれば、私としては非常に嬉しいです。
今回のインタビューを通じて、井川先生が描く理学療法士の未来像に触れることができました。ケガの予防という観点からバイオメカニクス研究を深め、多くの患者の生活の質を向上させる取り組みには、理学療法士としての熱い情熱が感じられます。また、スポーツ庁の委託事業を活用し、地域社会に健康とスポーツを根付かせる取り組みは、理学療法士の新たな活躍の場を切り開くものと言えるでしょう。
特に印象的だったのは、スポーツ業界で働くためのコネクションの重要性を語りつつも、それだけに依存しない実力の育成や、スポーツイベントを通じた新たなキャリアパスの可能性を示された点です。スポーツ分野での活躍を目指しながらも、途中で諦めてしまう人が多い現状に対し、井川先生は実践的な支援と具体的な道筋を提示されています。
理学療法士としての仕事は、患者個人のケアに留まらず、社会全体の健康を支える可能性を秘めています。本記事が、読者の皆さまにとってその可能性に気づくきっかけとなり、行動に繋がることを願っています。この記事が井川先生の考えや取り組みを伝え、理学療法士の新たな一歩を後押しする一助となれば幸いです。
腰部変性疾患とリハビリテーションの考え方と実践
チャプター1:はじめに・腰痛概論
チャプター2:特異的腰痛と非特異的腰痛
チャプター3:椎間板性腰痛
>>https://therapistv.com/th75/