理学療法の現場において、骨盤底筋群のリハビリテーションは近年注目を集める分野の一つです。今回、セラピスTVで骨盤底に関する講義を行った笹岡愛加先生にインタビューを行いました。女性医療クリニックLUNAネクストステージで理学療法士として活躍する笹岡先生は、訪問リハや専門学校教員としての経験を経て、フランスでの留学や研究を重ね、骨盤底リハビリテーションを日本で実践されています。インタビューでは、理学療法士としてのキャリア形成から、骨盤底リハの専門性、そして患者さんに寄り添う姿勢について深く伺いました。本記事を通じて、骨盤底リハの可能性とその重要性を再確認していただければ幸いです。
POSTの輪違と申します。今日は笹岡先生にセラピスTVで骨盤底についてお話しいただきました。改めていろいろお伺いできればと思います。笹岡先生、本日はよろしくお願いします。
簡単にで構いませんので、笹岡先生の自己紹介をお願いできますか?
女性医療クリニックLUNAネクストステージで理学療法士として勤務しています笹岡愛加と申します。2019年からこちらで働き始めて、現在6年目になります。
もともと骨盤底リハを12~13年ほど前から勉強しはじめ、フランスやアメリカの卒後研修、日本で開催された研修などを受けてきました。骨盤底リハの専門的な実践ができる場所を探してLUNAに辿り着き、現在学んできたことを現場で実践しています。
理学療法士になろうと思ったきっかけは何だったのでしょうか?
正直なところ、気づいたら「理学療法士になりたい」と思っていました。小さい頃にリハビリを受けたことがあると親から聞いたことがきっかけです。当時は「理学療法士」「作業療法士」「言語聴覚士」という職業があると知り、なかでも理学療法士は名前がかっこいいと感じました笑。
子どもの頃からなんとなく「理学療法士になりたい」と思い続けていました。大学では化学を専攻していたのですが、就職を考えた際、「人と関わる仕事がしたい」と思うようになり、子どもの頃の夢である理学療法士を目指すことにしました。
それで化学の分野に進まず、理学療法士を目指されたのですね。最初のキャリアとして、どのような病院に勤めていたのですか?
2006年に理学療法士になり、3年制の学校を卒業後、その学校の母体である総合病院に就職しました。そこでは急性期、回復期、維持期など幅広い患者さんを担当していました。
その病院ではどのくらいの期間働いていたのでしょうか?
病院では2年間勤務し、その後は訪問リハビリに移りました。訪問リハでは3年間働き、合わせて5年間の勤務を経て、2011年に母校の専門学校の教員として戻りました。
実は人前に立つのが苦手で、特別教員になりたいと思っていたわけではありません。ただ、大学時代に教員免許を取得していたことや、女性教員を求めていた学校側の要望があったこと、また留学制度があったことが大きな理由です。
自分自身のスキルを高めたいという思いで、「ではそちらに行きます」と決めました。
骨盤底リハに特化する方向に進んだ理由は何だったのでしょうか?
最初は自分の専門性を持ちたいと思っていました。訪問リハではがん患者さんを担当する中で、特に女性特有の疾患やリハビリに興味を持ちました。その過程で骨盤底リハの必要性に気づき、自然と関心が深まりました。
フランスのガスケアプローチを教える理学療法士が日本で講座を開いているのを知り、直接お願いしたところ留学を受け入れていただきました。これは本当に幸運だったと思っています。
向こうでの研修ではどのようなことを学ばれたのでしょうか?
最初は語学学校に通い、フランス語を学びました。その後は、現地の理学療法士が開業する「キャビネ」と呼ばれる診療所に通い、骨盤底リハの現場を見学したり、手伝ったりしました。
また、最後には理学療法士向けの研修に参加し、骨盤底リハについてさらに深く学びました。
フランスでは理学療法士が開業できるとのことですが、開業と病院勤務、どちらが多いのでしょうか?
8割が開業しています。フランスでは国民皆保険制度があるため、日本と似た部分もありますが、アプローチの仕方は異なりますね。日本でいう薬局が近いと思います。
先生が行っていた施設では骨盤底リハがメインだったんですか?
ガスケアプローチをされていた先生の施設では、整形外科的な腰痛や骨盤底リハビリを扱っていました。ただ田舎の地域だったので、骨盤底だけで専門的にやるのは難しい状況でした。他の見学先では「骨盤底リハをメイン」と掲げているキャビネも多かったですね。
臨床現場で骨盤底筋群のトラブルを診る際、特に重要視している評価や診断プロセスはありますか?
医師からの情報を基に、腟内の触診で骨盤底筋の状況を確認することが基本です。同意を得た上で行いますが、触診で筋力や状態を把握し、必要であれば器具を使うこともあります。外からも評価できますが、やはり直接確認するほうが確実ですね。
日本で骨盤底筋群のアプローチを教える場合、どのように指導されていますか?
触診の技術が理想的ではありますが、日本では難しい部分もあるので、体表からの評価や超音波を用いた骨盤底筋群の動きの確認を指導しています。これにより、触診なしでも動きがわかるようになっています。
現在のクリニックでは、産婦人科系の患者さんが多いですか?
はい。女性泌尿器科や婦人科がメインで、性機能外来やトランスジェンダー外来、乳腺外来などもあります。
医師の指示と患者さんの同意を得た上で行います。ただし、痛みが強い場合や指が入らない場合は、表面からのアプローチを行います。
セラピスTVの講義内容には、骨盤底の専門的な技術以外にも学ぶべきことが含まれていると思います。具体的にどのようなことを学べますか?
技術も重要ですが、疾患の病態や問診の技術が大事だと思います。骨盤底障害はリハビリだけでは解決しないケースもあるため、総合的な理解が必要です。そのため、病態の理解を深める内容や、問診で重要な視点についてもお話ししています。
同年代の女性や若い世代から「先生のような活動をしたい」と相談されることが多いです。そういう方にどうアドバイスされていますか?
行動力が大事ですね。私自身も骨盤底リハを知り、留学できる環境に恵まれるまで、たまたまの連続でした。ただ、それを引き寄せるためには「やりたい」という思いを持ち、情報収集をしたり声に出したりすることが重要です。
働く場所が見つからない場合も、周囲に声を上げることで道が開けることがあります。
現在、PT協会内でもウィメンズの部門が確立されてきていますね。そういった活動に参加することが重要ですか?
そう思います。私が勉強を始めた頃は50人規模だったウィメンズヘルス理学療法研究会(当時)が、今では700人以上が参加する学会に成長しました。働く環境も整いつつあり、以前よりも多くの方がこの分野で活動する可能性が広がっています。
確かに10年ぐらい前と比べると認知は広がってきていますよね。
そうですね。今では総合病院や婦人科、泌尿器科が併設されている病院で働いている方も多く、そういった方々が上に掛け合って新しい取り組みを進めています。その中で、病院やクリニックがどのように患者さんを呼び込んでいるのか、あるいはドクターから患者さんを紹介してもらう仕組みを作っているのかを学ぶことが重要だと思います。
昔は骨盤底リハの分野そのものがタブー視されることもありました。尿漏れなどの問題が恥ずかしいとされ、声を上げづらい環境でした。しかし今では「治る」「改善できる」という認識が広がり、患者さんがリハビリを受けやすい環境が整いつつあります。
また、クリニックや病院が骨盤底リハを提供することで患者さんが増え、理学療法士の活動が支援される流れもできてきたように思います。
確かにドクターも理学療法士が何をやりたいのか把握していないことがありますよね。やりたいことを伝えると、「じゃあやってみよう」と話が進むケースもありますね。
そうですね。「やりたい」と伝えることが大切です。例えば、クリニックのリハビリが終わった後に体操教室を開き、その中で尿漏れに関するリハビリや運動療法を取り入れるなど、工夫されている方もいます。
先生が考える、ウィメンズ領域のさらなる発展のために必要な取り組みは何でしょうか?
まずは、一般の方に「病院に行っても良い」と認識してもらうことが大切です。また、理学療法士がこういったリハビリに携わる機会が増えると良いと思います。保険が適用されれば、より広がる可能性があるので、協会の取り組みにも期待しています。
最後になりますが、今後の目標について教えてください。
現在のクリニックで患者さんのデータを分析したところ、性機能障害で悩む方が増加していることがわかりました。性に関する悩みは人に言いづらい問題で、まだ十分なサポートが行き届いていません。今後はそういった方々にもっと寄り添える活動をしていきたいと思っています。
とても大切な取り組みですね。先生の活動を引き続きPOSTでも発信させていただければと思います。本日はありがとうございました。
今回のインタビューを通じて、笹岡先生の一貫した熱意と行動力が理学療法士としてのキャリアを形作り、骨盤底リハという専門分野を切り拓いてきたことを改めて感じました。骨盤底リハは、患者さんの生活の質を大きく向上させる重要な分野でありながら、まだまだ発展途上にあることがわかります。その中で、患者さんに寄り添い、より良い未来を目指して努力する姿勢は、多くの理学療法士にとって大きなインスピレーションとなるでしょう。
笹岡先生が述べられていた「やりたいことを口に出し、行動に移すことの重要性」は、すべての医療従事者に共通する教訓だと感じます。本記事が、理学療法士をはじめとする医療従事者の皆さんに、新たな挑戦や知識の糧となることを願っています。
骨盤底障害と骨盤底リハビリテーション