藤波英司先生-福井県作業療法士(OT)会 会長- No.1

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出会いと転換期

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インタビュアー:作業療法士になられた理由を教えてください。

藤波先生:高校では進学校にいまして、当時は進路で悩んでいました。その時代は専門技術を身につけることが重要視されている頃でしたので、専門技術を身につけようと思いました。

ちょうどその頃、福井県に新しい学校ができるというのが理学療法士、作業療法士の養成校でした。私はもともと、物作りが好きだったので、単純にその好きなことをリハビリテーションに活用できるのは面白いことだなと考えました。

出会いとは不思議なもので、そういった転換期というのが人生の岐路に立たされた時にふと出会えるものなのですね。それまで「リハビリテーション」などという言葉もあまり聞いたことがなかったわけですから、不思議なものだなと思います。

私のターニングポイント

インタビュアー:作業療法士養成校を卒業されてからはどのようなご経歴を?

藤波先生:最初に就職したのは、卒業した学校が福井総合病院の関連法人の学校でして、教員の方からも是非ということでしたので、5年間くらいはその病院でお世話になろうと考えました。

5年経って、そこからさらに5年間のうちに自分の進むべき専門性を決めようと思いました。なんだかんだで、その病院には18年間お世話になりました。

18年間病院に勤めていた間に介護保険制度ができました。当時は、まだ在宅医療とか地域リハビリテーションなどが十分に普及していない時代でしたが、介護保険制度が始まってからは、私が在籍していた病院でも徐々にそういった活動が始まってきて、いくつかの仕事に関わるようになりました。

その時期にちょうど、父が体を悪くしまして、在宅で訪問介護や訪問看護などを利用していました。

ここが私のターニングポイントでした。

父はそれから7年間ほど寝たきりで、訪問のサービスを利用していましたが、このサービスには大変感銘を受けました。仕事でも、少しずつ介護保険制度や地域リハビリテーションの必要性を感じていたところだったので、この道に進むことを決めました。

当時の先輩方の中には、そういった事業を自分で会社を起こしてされている方々がいて、その先輩方に色々と教わりながら、1年間は事業所にお世話になって、起業の準備を進めました。

今は、訪問看護事業所を運営して、訪問作業療法士としても活動しています。

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私たちが教わることのほうが多い

インタビュアー:印象に残った患者さんはいらっしゃいますか?

藤波先生:具体的に一人を上げることはできないですが、患者さんの多くは自分より先輩でしたので、色々なことを教わることが多かったと思います。

例えば福井県は、農業が盛んですから農作物の育て方であったり、あるいは人生についての話なんかもよく教わりました。そのお話が自分の人生の肥やしになってきたことは間違いないと思いますので、患者さんには大変感謝しています。

退職して、今現在でもそう思うことが沢山ありますね。もちろん私たちはセラピストとして、患者さんにリハビリテーションを教える訳ですが、それ以上に患者さんから教わることのほうが多いのではないでしょうか。

徐々に、自分も年齢を重ねて、同じような目線で話をするようになってきたというのが現状ですね。

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次回に続く・・

藤波 英司先生

一般社団法人福井県作業療法士会 会長 有限会社ハートフルケア 代表取締役 b41fc3cde0b1eb86f733c92c24ba90b3のコピー
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