厚生労働省は12月18日、第208回社会保障審議会医療保険部会(部会長:田辺国昭・東京大学大学院教授)を開催し、医療保険制度改革に関する「議論の整理(案)」を提示した。正常分娩への保険給付導入による「出産無償化」の枠組み、後期高齢者医療制度への金融所得反映、長期収載品の患者負担引き上げなど、2040年を見据えた包括的な制度改革の方向性が示された。
4つの視点から改革を推進
今回の「議論の整理(案)」は、令和7年9月18日以降11回にわたる議論を踏まえ、以下の4つの視点から改革項目を整理したものです。
- 1.世代内、世代間の公平をより確保し全世代型社会保障の構築を一層進める視点
- 2.高度な医療を取り入れつつセーフティネット機能を確保し命を守る仕組みを持続可能とする視点
- 3.現役世代からの予防・健康づくりや出産等の次世代支援を進める視点
- 4.患者にとって必要な医療を提供しつつ、より効率的な給付とする視点
部会では「中長期的にあるべき姿から逆算した必要な政策、理念及び全体像を示していくことが国民の理解・納得感を得るためにも重要」との認識が共有されています。
出産支援の新たな給付体系──正常分娩の現物給付化へ
今回の議論で最も注目されるのは、出産に対する支援の抜本的な見直しです。
現行の出産育児一時金(原則50万円)に代わり、保険診療以外の分娩対応に要する費用について、全国一律の水準で保険者から分娩取扱施設に直接支給する現物給付化を図る方針が示されました。
具体的な枠組みとして、分娩1件当たりの基本単価を国が設定し、手厚い人員体制やハイリスク妊婦受入体制などを評価する加算を設ける考えです。妊婦に負担を求めず、基本単価(加算含む)の10割を保険給付とすることで、保険診療以外の分娩対応費用について自己負担が生じない仕組みを目指します。
日本産婦人科医会会長の石渡勇氏ら産科医療関係者が専門委員として議論に参画。「一次施設を守るという観点から制度を検討すべき」「医療アクセスを確保し、拙速な集約化を招かないように」といった意見が出されました。
一方、移行時期については「当分の間、施設単位で現行の出産育児一時金の仕組みも併存し、可能な施設から新制度に移行していく」経過措置が適当とされています。
高齢者医療の負担見直しと金融所得の勘案
高齢者医療における負担の在り方については、窓口負担割合の見直しが議論されました。
部会では、高齢者の受診率や受診日数の改善傾向、就業率・平均所得の上昇傾向などのデータが確認された一方、「年齢階級別の一人当たり医療費と自己負担額の逆転が生じている」という課題が指摘されました。具体的には、70代後半は70代前半より自己負担額が低くなっている状況です。
早稲田大学の菊池馨実教授(部会長代理)をはじめ複数の委員から、「高齢者の年齢区分や負担割合の見直しを含めた構造的な見直しを図る時期に来ている」との意見が出された一方、「低所得の方の負担を含め、全体としてバランスが取れた負担を考えていく必要がある」との慎重論も示されました。
金融所得の保険料・窓口負担への反映
上場株式の配当などの金融所得について、確定申告を行わない場合は保険料や窓口負担の算定に勘案されない不公平を是正するため、後期高齢者医療制度から先行して金融所得を勘案する方針が示されました。
法定調書を活用し、本人の確定申告有無に関わらず金融所得を把握する仕組みを構築する考えです。全国後期高齢者医療広域連合協議会会長の實松尊徳氏(神埼市長)の代理として出席した馬場文則氏は「負担増の影響を受けやすい低所得者層や医療ニーズの高い方への影響については慎重な検証と配慮が必要」と述べました。
長期収載品の選定療養──患者負担を「2分の1以上」に引き上げへ
長期収載品(後発医薬品がある先発医薬品)の選定療養については、患者負担の水準を現行の「価格差の4分の1」から**「2分の1以上」に引き上げる方向**で検討すべきとされました。
令和6年度の制度導入以降、後発医薬品の数量ベース使用割合は約4ポイント上昇し90%以上に達しており、一定の効果があったと評価されています。
日本労働組合総連合会副事務局長の林鉄兵氏は「患者負担を引き上げるためにも長期収載品の選定療養の見直しについては、患者への影響を考慮し、後発薬品の安定供給に支障が出ることなど国としてしっかり取り組んでいただきたい」と要望しました。
入院時の食費・光熱水費の引き上げ
入院時の食費については、食材料費の高騰が続いていることを踏まえ、自己負担額(標準負担額)の引き上げの方向で見直しを行うとされました。仮に引き上げる場合には所得区分等に応じて一定の配慮を行うべきとしています。
療養病床に入院する65歳以上の者の光熱水費についても同様の方針です。介護保険制度では令和6年度介護報酬改定で60円の引き上げが行われていることも踏まえた対応となります。
国民健康保険制度改革──子どもの均等割軽減を高校生年代まで拡充
国民健康保険における子どもの均等割保険料の軽減措置について、対象を現行の未就学児から高校生年代まで拡充する方針が報告されました。
津市長の前葉泰幸氏は「地方団体からも要望してきたものであり実現すべき。地方負担分については確実に地方財政措置をしてほしい」と述べました。
国民健康保険中央会理事長の原勝則氏は「国保連合会を活用する対応を検討する場合には、国保連合会と十分に協議していただきたい」と要望。多岐にわたる改革に対応するためのシステム改修について「十分な準備期間と財政支援が必要」と訴えました。
マイナ保険証利用率47.26%に──レセプトベースの新指標を採用
マイナ保険証の利用促進等について、厚労省は令和7年10月のレセプト件数ベース利用率が47.26%に達したことを報告しました。
従来のオンライン資格確認件数ベースの利用率に代わり、今後はレセプト枚数に占めるマイナ保険証利用人数で計算した指標を主に公表する方針です。これにより、実際に医療機関を受診した患者のマイナ保険証利用状況をより正確に把握できるようになります。

次期顔認証付きカードリーダーの開発状況
現行の顔認証付きカードリーダーの保守期限到来(令和8年3月末から順次)に向け、次期規格のカードリーダーを3社(キヤノンマーケティングジャパン、パナソニック コネクト、リコージャパン)が開発中で、令和8年度から順次発売開始予定です。
新規格では、本体のみでスマートフォンのマイナ保険証読取に対応するほか、音声案内機能の搭載、画面レイアウトの統一による操作性向上などが図られます。令和7年度補正予算により、導入費用の一部補助(補助率1/2予定)が実施されます。

後期高齢者の資格確認書交付を見直しへ
令和8年8月以降の後期高齢者への資格確認書の職権交付について、年齢とマイナ保険証の利用実績を踏まえたきめ細かい対応に見直す方針が示されました。
85歳以上の被保険者は引き続き全員に職権交付する一方、84歳以下については「マイナ保険証を直近1年間において6回以上利用し、かつ直近3か月における利用実績あり」の場合は職権交付の対象外とする案が提示されています。
ヒアリング──当事者から制度周知の重要性を指摘
部会冒頭では、東京都国保運営協議会委員の岡田幸男氏と千葉県シルバー人材センター連合会理事の田中豊次氏から意見聴取が行われました。
岡田氏は高額療養費制度について「医療機関によって申請対応に差がある」と指摘し、制度の周知徹底を求めました。
田中豊次氏は「高額療養費制度の負担金の約4割を現役世代の保険料から賄っていただいているということを、高齢者も認識すべき」と述べ、世代間の理解促進の必要性を訴えました。「自治体が立派なリーフレットを作っても、高齢者には細かすぎて読めない」として、分かりやすい情報提供の工夫を求めました。
上智大学経済学部の中村さやか教授は「申請しないともらえない制度では、大変な状況にある方ほど制度のことをよく知らない傾向がある」と経済学の実証研究を引用し、情報弱者への配慮の重要性を強調しました。
まとめ・今後の展望
今回の「議論の整理(案)」は、2040年頃を見据えた全世代型社会保障の構築に向けた包括的な改革パッケージとなっています。
高齢者の窓口負担割合の見直しについては、令和7年11月21日閣議決定の経済対策において「令和7年度中に具体的な骨子について合意し、令和8年度中に具体的な制度設計を行い、順次実施する」とされており、政党間の議論を踏まえた検討が続く見通しです。
出産に対する新たな給付体系についても、基本単価や加算の具体的な設計は今後の課題です。部会では「産科医療現場の実態を十分に踏まえた制度設計となるよう、丁寧に議論を行うことが必要」とされています。
国際医療福祉大学の伊奈川秀和教授は「セーフティネット機能の強化を先に書くべきではないか」と指摘し、改革の順序や全体構成についても議論がありました。
次回以降、OTC類似薬を含む薬剤自己負担の見直し、高額療養費制度の見直しなど、本日の資料で「P」(ペンディング)とされた項目についても議論が進められる予定です。






