ALS患者の肺を膨らませる「LIC TRAINER」
ーー 先日、国立精神神経医療研究センター病院が開発に携わった、LICトレーナーのプレスリリースのニュースを拝見しました。それについて詳しくお伺いしてもよろしいですか?
寄本恵輔先生(以下、寄本) ALSを含め神経難病患者さんの多くの生命予後には、呼吸や咳嗽に必要な筋力低下によって引き起こされる呼吸障害が大きく関係します。未だにCOPDなどの閉塞性換気障害に行う呼吸リハと混同したことをやっている療法士が多いのは嘆かわしいことですが、ようやく神経難病患者さんの呼吸リハのガイドラインが出されました。
病状の進行を可能な限り抑制するために呼吸理学療法としてMICトレーニング(最大強制吸気量:Maximum Insufflation Capacityによる咳嗽を保つ息溜めの練習)がありますが、ALS患者さん特有の球麻痺症状はMICに必要な咽頭部の機能を喪失しているため、肺の柔軟性を維持することは困難です。
また、換気不全の呼吸ケアとして、マスクなどを用いた非侵襲的人工呼吸器や気管切開・侵襲的人工呼吸器を装着することで対応しますが、肺を十分に膨らませるのには足りません。カフアシスト等の排痰機器でも難しいです。
そこで、発症初期よりALS患者さんの肺を膨らます方法を模索していました。通常、肺実質はとても柔軟性があり、胸郭の柔軟性があれば5000ml以上の容量があるはずです。しかし、肺活量となると横隔膜の努力を要するのでそこまでは至らず、病状が進行すれば肺活量が低下し、結果として胸郭や肺の柔軟性も損なわれていきます。
最初はMICトレーニングを試みていたのですが、病状が進行すると難しい。そこでスピーキングバルブの一方向弁を使えば良いのではないかと思い、複数の人工呼吸器回路を組み合わせ「強制的な息溜めができる機器」を手作りしました。
そうこうしているときに、2008年の米国の医師Bach先生が出された「一方向弁を利用した最大強制吸気量(Lung insufflation capacity、以下 LIC)」の論文を見つけました。ただ調べてみると研究機関でしか使われておらず、日本では販売していないことが判明しました。
目の前の呼吸障害を呈している患者さんにLICをどうしても使いたかったので、当院のトランスメディカルセンター(TMC)に相談しました。TMCには、そういう研究開発相談を支援してくれるビジネス・ディベロップメント(BD)室があり、そこのアドバイスを受け、これも幸運なことなんですが、医療機器開発製造してくれる会社を一本釣りで引き当て、一緒にLICを開発することになりました。
試行錯誤でしたので試作品から医療機器として承認を得て、特許出願し、商標登録するまで3年間かかってしまいました。それでも2016年9月26日に当院からプレスリリースすることができました。
開発されたLIC TRAINERは、息溜めができる機能が内蔵(一方向弁)されており、自ら陽圧をリリーフできることや高圧には安全機構が働くため陽圧に慣れていない患者さんにとって優しい機器となっています。また、開発された機器は、誰もが同じ水準で実践できる呼吸理学療法として期待されています。
だから、ALS患者さんだけでなく、高位脊髄損傷患者さんから重症身体障害児まで拘束性換気障害患者さんまで幅広く使えるものと考えています。これを使うことによって前向きになれる患者さんが少しでも増えたらいいなと思っています。
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夢は脚本家
ーー 先生の今後の展望を教えてください。
寄本 昔から言っていることなんですが、50歳になったら、脚本家でデビューしたいと考えています。小説を書くことも考えています。去年はおかげさまでドラマ撮影をせてもらう経験をしました。(ジャパンライムより「チーム医療の質を高める理学療法士になる< 急性期脳梗塞のリスク管理編 >」。と言っても、まだまだ自分には表現する能力が足りません。
昔からジョン・ウェルズや橋田寿賀子に憧れていて、あんな脚本家になりたいです。臨床ではとても個別的な生死に関わる緊張した場面があり、でも世の中は無情にも流れていく…そんな中にある人の優しさやユーモアを如実に書き出していきたい、その思いが強くあります。私の日々の臨床の側面として、患者さん達が語る物語を形にしていきたいと思いながら仕事をしているんだと思います。いつかは福山雅治と菅野美穂のダブル主演を狙っています(笑)。
普通を当たり前に
―― 先生にとってのプロフェッショナルとは?
寄本 「普通にはできないようなことを当然のようにする人」だと思います。
昔は携帯電話って、大きくて持ち運びにくく、お金持ちの人しか持っていませんでした。つまり、携帯電話を持っていることは特別なことでした。ただ、今じゃ、それは特別じゃなく当たり前のことになりました。こんな社会を作れる人がプロフェッショナルなんだと思います。
これをリハビリの置き換えると、昔は人工呼吸器をつけている方を車いすに乗せることは特別なことでした。それが人工呼吸器は小型化し、良い車椅子が台頭し、車椅子に乗ることなんて今じゃ当たり前になってきたと思います。さっき話しましたが、多専門職種チームでジワジワとボディブローを打ち続け、前向きになれるような支援を繰り返すことが患者さんの構成概念が変わっていく、レスポンスシフトと言うのですが、そのようなことができればプロフェッショナルになったものと考えます。
私は何もないところから大義がある発想して新たに何かを作れることがプロフェッショナルとして大切だと思っています。
つまり、「0」から「1」にできる人がプロフェショナルでクリエイティブな仕事だと思います。英国の健康の概念を達せしめるには要素として、テクノロジーと支援が必要なんだと思います。だって、人工呼吸器がメガネのように楽で便利なものになって、たくさんの人が助けてくれる生活環境にいたら、明らかに構成概念が変わっていきますよね。
プロフェッショナルは、多専門職種チームを使いこなし、患者さんや家族から信頼を勝ち得ていくことだと思います。障害や死を抱えている患者さんといつも寄り添っている、最後まで一緒にいるよという姿勢、そして少しの役立ちがあることが大切です。
【目次】
第1回:リハビリ室の屋外で農業。チームアプローチの原点はそこに
第2回:ALS(筋萎縮性側索硬化症)患者の離床。医者や看護師の反対意見に対して
第3回:イギリスの緩和ケアと障害受容
第4回:「LIC TRAINER」、ついに開発。神経筋疾患の救世主
寄本 恵輔先生経歴
理学療法士 (国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター)
<資格>
専門理学療法士(内部障害系、神経系) 認定理学療法士(神経障害、呼吸、代謝) 呼吸療法認定士 介護支援専門員 日本糖尿病療養指導士 日本救急医学会認定ICLSインストラクター アメリカ心臓協会認定BLS・ACLSプロバイダー Lee Silverman Voice Treatment(LSVT) LSVT BIG therapist
<院外活動>
日本神経難病リハビリテーション研究会世話人
東京都理学療法士協会北多摩ブロック世話人
東京都理学療法士協会代議員
小平市リハビリテーション協議会世話人学術部部長 公立昭和病院 非常勤講師
Shanghai Charity Foundation Special Found Caring For Children with rare disease of Duchenne Muscular Dystrophy as the Medical advisor(2013-2015)
JICA草の根事業「カトマンズ盆地における呼吸器疾患患者の早期社会復帰支援に向けての取り組み(2015-2017)―呼吸リハビリテーションの普及―」における専門アドバイザー
<原著・総論> 寄本恵輔:筋萎縮性側索硬化症における呼吸理学療法の適応と有効性に関する研究.IRYO.Vol.59.No11:598-603.2005
寄本恵輔:「今を生きる」を支援する緩和ケアとしての訪問リハビリテーション−セントクリストファー・ホスピスの研修を受けて−.訪問看護と介護.Vol.15 No.11.889-894.2010
寄本恵輔:理学療法士の役割. 慢性呼吸不全治療におけるチーム医療―長期人工呼吸器装着患者のより安全で快適な呼吸療法のために―. Clinical Engineering Vol.26 No.2.126-130.2015
寄本恵輔、小野充一:モナッシュ大学から学ぶオーストラリアの緩和ケア・心のケア.緩和ケア.難病と在宅ケア.21(3).44-49.2015
寄本恵輔、有明陽佑:ALSの呼吸障害に対するLIC TRAINERの開発-球麻痺症状や気管切開後であっても肺の柔軟性を維持・拡大する呼吸リハビリテーション機器-.難病と在宅ケア.vo.21.No.7.9-13.2015
寄本恵輔:小森哲夫(監) 神経難病領域のリハビリテーション実践アプローチ.呼吸障害93-116.MEDICAL VIEW.2015
<出演>