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第二回:オーストラリアとニュージーランドの大学院に留学【国際医療福祉大学|理学療法士 宮森 隆行先生】

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理学療法士として成長するための土台

― 最初の勤め先はどんな病院だったのですか?

 

宮森先生 最初は母校である順天堂大学の附属病院で働きました。関東・静岡を中心にいくつかの附属病院や関連施設があるのですが、私は静岡病院のリハビリテーション室に入職しました。

 

当時の静岡病院では、運動器疾患をはじめ、脳血管疾患や小児疾患、呼吸・循環器疾患など多種多様な患者さんを担当させて頂きました。中でも、成人片麻痺や小児疾患へのボバース概念を取り入れた評価と治療アプローチに力を入れており、診療科とカンファレンス等で連携を取りながら治療成績を上げていました。

 

そのため、実習生は必ずこれらの疾患に対する症例検討を行うことが求められていました。私自身も一年目から小児患者を担当しましたが、浜松から外来で訪れるブラジル人家族だったこともあり非常に苦労をしたのを覚えています。

 

小児リハの場合は、ご家族の方々とも連携を取りながらリハビリテーションを進めなければなりませんが、新卒で知識や技術が乏しいうえに、ポルトガル語がしゃべれない状態のため、徒手誘導しお互いにアイコンタクトを取り合いながら家庭内リハなどの説明をしていく形でした。

 

小児科の先生方や先輩の理学療法士の助言もありリハビリを進めたところ徐々に状態が改善したため、とても良い研修機会になりました。最初から専門病院やクリニックに就職せず、大学病院にて理学療法の基礎を習得し、そこで根を伸ばせたことは今の私の土台にもなっています。

 

こんな教員、父親でいいのか

 

― オタゴ大学に留学するきっかけを教えてください。

 

宮森先生 まず、順天堂大学附属病院で働いていた4年目の頃、現スポーツ科学科の教授で当時サッカー部監督をしていた吉村雅文先生に、「教員として大学に戻ってきて学生を育ててみないか」と提案を頂きました。

 

もともと保健体育の教員を目指して大学へ進学したこともあったので、その誘いがきっかけで大学の助手として働くようになりました。仕事内容としては、授業のサポートとサッカー部のコーチ兼トレーナーを務め、ついでにバスの免許も取得して週末はサッカー部の学生を遠征や試合へ連れて行く毎日でした。

 

また、学務と並行して国際医療福祉大学大学院修士課程に在学して、サッカー選手のフィジカルパフォーマンスに関する研究を実施しておりました。そして、助手として勤務して2年目の2007年にEupopean College of Sports Scienceという国際学会で発表する機会がありました。

 

英語をほとんど喋れなかった私は、原稿および質疑応答の準備をして臨みました。実際の発表では持ち時間が7分でありましたが、発表が終わり質疑応答になると頭の中が真っ白になり、質問内容を全く聞き取ることができませんでした。

 

結局聞き取れないものですから、自分が用意してきた回答のみを伝えるだけでした。

 

今でも覚えているのが「Can you summarize the method?」と、あなたの研究方法論を要約してくれ、と言われていたのですが、私は「Pardon?」って聞き返すのがやっとで。何度聞いてもsummarize(サマライズ)が侍(サムライ)にしか聞こえなくて。もう意味不明で頭の中がパニック状態でした。笑

 

当時大学の助手として学生に教える立場であるにも関わらず、国際発表の機会を通して自分の無力さを実感しました。教員としての小さな殻に閉じこもり恰好だけつけて中身が全くないこと、そして、自分が関わっている学生にも申し訳なく感じました。

 

さらに、当時、長男が3歳でしたが、父親としてもっと大きな背中を見せなければという衝動に駆られて、このままの自分を変えるために海外への留学を決意しました。

 

実際は、日本体育協会公認AT(アスレティックトレーナー)の資格を持っていたので、教員として残らないかという話も頂きましたが、海外へ行き世界を学び、人生を変えるには今しかない!というタイミングであったと思います。

 

そして、興味があった分野がスポーツ医学と徒手療法(マニュアルセラピー)であったのでスポーツや徒手療法を専門とした臨床系大学院を探しました。また、専業主婦であった妻も留学費用を貯蓄するために働き始め、2009年に順天堂大学を退職して家族でオーストラリアへ渡りました。

 

― なぜ大学院留学だったのですか?

 

宮森先生 世界理学療法連盟の中に国際整形徒手理学療法連盟(IFOMPT)というものがあります。ここでは、世界各国の理学療法士養成大学の大学院に徒手理学療法の臨床教育カリキュラムを提供しています。

 

当時、IFOMPTへ加盟しているアジアの大学院は香港しかありませんでした。IFOMPT加盟国はニュージーランドやオーストラリアなど24か国あり、その中でも徒手理学療法やスポーツ理学療法分野において著名な教員が在籍するクイーンズランド大学の臨床系大学院(Master of Physiotherapy in Sports)への留学を目指しました。

Photo:魚は基本高価なので、自ら釣る

深夜の掃除アルバイトで食いつなぐ

 

― 海外に行くと決意されたとき、家族の反対はなかったのですか?

 

宮森先生 妻はもともと海外に興味があり、大学時代から海外に足を運んでいたので、すぐに「行きたい」という返事が返ってきました。行く前はそんな感じだったのですが、帰ってくる頃になると、いや、今でも冗談交じりに「騙された」といっています。笑 

 

最初の2週間くらいだけですね、新鮮な気持ちで楽しかったのは。留学した時は長男が5歳、長女が8カ月だったので、長男の小学校への入学時期でした(ブリスベンは5歳から小学校で就学開始)。

 

本来、ブリスベンの公立小中高の授業料は無料なのですが、私たちの場合は、留学生ビザだったため月10万円ほど学費を払わなければなりません。

 

オーストラリアの物価は高いですし、その他、消耗品などの教育費もかかります。最初は、貯金を切り崩していましたがそれだけでは足りず、理学療法士として働くこともできなかったため、深夜に掃除のアルバイトをしていました。

 

ブリスベンでは最低時給が1500円くらいで、私がバイトしていた場所では時給2000円だったので、もの凄く綺麗に清掃していましたよ。笑 

 

― 大学院入学まではどれくらいの期間を要したのですか?

 

宮森先生 現地で知り合った友人や駐在員家族の方々の助けもあり、家族で食いつないで暮らし続けて、1年半後に、ようやくクイーンズランド大学大学院に入学したのですが、結局5日間ほどで退学せざる負えない状況になりました。

 

入学に関して大学附属の語学学校の試験をパスして入学したのですが、大学院生として実習するためにはオーストラリア理学療法士協会の規定を満たしていなければなりませんでした。

 

ここでは、語学学校の試験結果は受け入れてもらえず、入学後に返ってきた答えは、大学内の授業には参加できるが、臨床実習施設での臨床は経験できないということでした。

 

実際、莫大な入学金や授業料を支払った後なので、色々な方々にも協力を頂いて交渉をしてみましたが、並行して授業が進行していることと、入学後2週間以内であれば授業料は100%戻ってくるということもあり、このまま時間を経過させても意味はないと判断し、すぐに自主退学しました。

 

日本を飛び出して、色々な方々にサポート頂いてやっと大学院に進学できたと思ったら退学を薦められて…。すごく悔しかったですね。
 

― その後どうしたのですか?

 

宮森先生 結局、子供も中途半端で小学校を辞めなくてはいけなくなるので、安い語学学校で私の学生ビザを繋いで、小学校の前期が終わるまでそのまま学校に行かせていました。

 

2012年6月に帰国し、子供は学校に入り直して、私も妻も日本で仕事を見つけて働き始めました。

 

私の周囲の方々からは「結局何をしにいったの?」という感じでしたが、私自身は当初の留学目的の達成をまだ諦めていませんでした。

 

反骨心みたいなものもあったと思います。再度調べ直しオタゴ大学のTony schunidele先生(WCPTスポーツ部門の理事)やSteve Tumilty先生のもとでスポーツ理学療法や徒手療法を学びたいと思い、オタゴ大学にコンタクトを取り必要書類や英語力証明を提出し再度大学院への留学をしました。

 

オタゴ大学の卒業生には、Brian Mulligan先生やRobin Mckenzie先生、Stanley Paris先生など徒手療法で有名な臨床家が卒業されていたのも決め手の一つです。

 

しかしながら、子供は既に日本の小学校や保育園にて就学中であり、妻は就職もしていたため、今回は家族を連れてくことができず単身留学となりました。

 

また、この頃には留学資金も底をついていたので、国際医療福祉大学同窓会より給付される海外大学院奨学金制度にて経済的な支援を頂きました。

 

Photo:長男は試合。私は審判

 

【目次】

第一回:PCL損傷を負いJリーグチームとの契約が白紙に

第二回:オーストラリアとニュージーランドの大学院に留学

第三回:安易に勧められない海外留学

第四回:ユニバーシアードサッカー 3大会ぶりの金メダルの裏で

 

宮森 隆行先生オススメ書籍

 

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宮森 隆行先生のプロフィール

 

・学位・学歴

順天堂大学スポーツ健康科学部スポーツ科学科(1997) 大学卒業

国際医療福祉大学保健医療学部理学療法学科(2002) 大学卒業

国際医療福祉大学大学院医療福祉学研究科(2009) 大学院修士(保健医療学)

The University of Otago(2014) 大学院修士(Physiotherapy in OMT )

順天堂大学大学院医学研究科博士後期課程在学中

 

・職歴

順天堂大学医学部附属静岡病院リハビリテーション室(2002)

順天堂大学スポーツ健康科学部 助手(2006)

かんリウマチ整形外科クリニック 理学療法士(2012)

国際医療福祉大学小田原保健医療学部理学療法学科 講師(2014)

国際医療福祉大学成田保健医療学部理学療法学科  講師(2016)

 

・学会

日本理学療法士学会

理学療法科学学会

日本関節鏡・膝・スポーツ整形外科学会

日本整形外科スポーツ医学会

日本フットボール学会  など

 

・資格

中学・高等学校保健体育科教諭一種免許(1997)

理学療法士(2002)

JFA公認C級コーチ(2006)

日本体育協会公認アスレティックトレーナー(2008)

IFOMPT認定整形徒手療法士(オタゴ大学2014)

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