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形態解剖学的視点から考える【骨盤 前後傾】の正しい評価方法|吉田俊太郎

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第4回は形態解剖学的視点から考える骨盤の前後傾の正しい評価方法について書かせていただきます。今回は骨盤の形態解剖学(形態解剖学:その組織の構造を学ぶ解剖学)を例にどのように臨床に生かしていくかを書かせていただきます。

骨盤の前後傾は上前腸骨棘に対して上後腸骨棘が2-3横指上方ではない?

臨床の中で骨盤の前後傾の評価は、最も頻回に行うのではないでしょうか?一般的に骨盤の前後傾の評価は上前腸骨棘に対して上後腸骨棘が2-3横指上方の距離に位置していると言われています(図1)。

よって、これより上後腸骨棘が下方の場合を後傾、それよりも上後腸骨棘が上方の場合を前傾と表記されます(教科書やネットで検索すると上記の内容でヒットします)。

しかし2008年のPreece SJの調査で骨盤の前後傾には個人差があることが分かっています1)

 

図2をご覧下さい。上前腸骨棘と恥骨結合が一直線上になっていることを条件にし(縦に走る白色の点線)、その位置で骨盤を固定し、上前腸骨棘と上後腸骨棘を結んだラインを骨盤の前後傾の角度として評価しています。(現にグレイ解剖学38版を読むと、骨盤の解剖学的肢位は上前腸骨棘と恥骨結合の前上方端が一直線上にあると書かれています)2

 

図1の左図は上前腸骨棘と上後腸骨棘を結んだラインが0度のもの(横に走る点線:上前腸骨棘(ASIS)と上後腸骨棘(PSIS)を結んだライン)、右図は上前腸骨棘と上後腸骨棘が23度の角度を有するものです(左図と同じようにASISとPSISを結んだラインは左図の水平とは異なり、斜め上方に向かっています)。

左図のような上前腸骨棘と上後腸骨棘を結んだラインが0横指の例もあり、全ての方が上前腸骨棘に対して上後腸骨棘が2-3横指上方が正常ではないことがよく分かるかと思います。

 

しかし臨床の中ではどうでしょうか。恥骨結合の触察が難しいためか、上前腸骨棘と上後腸骨棘の2点のみの評価となりやすく、未だに上前腸骨棘に対して上後腸骨棘が2-3横指上方に位置していれば、骨盤の前後傾は正常と評価していることが多いのではないでしょうか。

臨床場面で正確に評価するには?

図2の写真のような肢位は、解剖体のため上前腸骨棘と恥骨結合を一直線上にそろえられたのでは?という疑問や、実際に臨床場面では恥骨結合は触りにくいし現実的に難しいのでは?といった疑問が出てくるかと思います。

そのため、実際の臨床場面では、どのように評価したら良いのか、そこが臨床家は一番気になると思います。

 

まず大切なことは、上前腸骨棘と恥骨結合を同じ高さで一直線上にすることが重要ですので、私はよく腹臥位を用いています。

 

なぜ腹臥位かというと、骨盤の骨標本をお持ちの方は骨模型を腹臥位にしていただくとわかりますが、骨盤を腹臥位にすると上前腸骨棘と恥骨結合のみが床面と接地します(図3)

よって腹臥位をとることで概ね上前腸骨棘と恥骨結合が一直線上になったと言えます。

その姿勢で上前腸骨棘と上後腸骨棘の高さを比べた時の差が、その方の形態解剖学をしっかり考慮した正しい骨盤の前後傾の角度であると推測できます。

例えば腹臥位で上前腸骨棘と上後腸骨棘の高さを比べた際に、上前腸骨棘と上後腸骨棘が平行(0横指)であり、次に立位で上前腸骨棘と恥骨結合を結んだラインを一直線上にそろえず、その方の何も意識しない普段の立位姿勢で評価したものと比較すると、上前腸骨棘に対して上後腸骨棘が3横指上方に位置するといった場合には、その方の骨盤の形態解剖学的な基準は0横指であるため、立位での骨盤のアライメントは3横指分、前傾したということになります。

(仮に、上記のような方を腹臥位での骨盤前後傾の評価を実施せず、立位のみで上前腸骨棘と恥骨結合を結んだラインを一直線上にそろえずに、上前腸骨棘に対して上後腸骨棘を結んだラインを評価し、上後腸骨棘が3横指上方に位置していた場合は、骨盤の前後傾の基準が評価できていないため、正常と誤診してしまう可能性もあります)。

腹臥位がとれない方の骨盤前後傾の評価方法

可動域制限やベットがないなどの環境面の問題によって腹臥位になれない方はどのように評価をしたら良いですかというご質問をいただくことがあります。その場合には、立位や座位で行うこともできます。
まず手掌の末端を臍の位置に当て、そのまま手を下におろします。その時に中指の先端が概ね恥骨結合の位置であると言われています。よって患者さんご自身に恥骨結合に手をあてていただき、恥骨結合の位置が判明したら、セラピストは上前腸骨棘を確認し、患者さんの中指があたっている恥骨結合の位置と、セラピストが触れている上前腸骨棘の位置を揃えて評価を行うこともできます(図4)。

骨盤の前後傾の左右差は?

臨床研究的には、妊婦の方は骨盤前後傾の左右差が大きいことは、Franklin等の研究でわかっており、骨盤の前後傾は、妊娠中に変化してくることが報告されています3)
(妊婦の方の妊娠前、妊婦中、妊娠後の骨盤のアライメント変化の研究結果も面白いため、今後機会がありましたら書かせていただきたいと思います)

触察を正確に行えるようになると、ご自身の骨盤や担当している患者さんの骨盤で「左右で前後傾が異なるのですが、どちらが正しいのでしょうか」?というご質問をいただくことがあります。

そのご質問に対して、お応えするのに参考になるデータがあります。下記の表1をご覧下さい。


こちらの表は骨盤を取り出した解剖体によるものです。

表の見方を下記に記載いたします↓

1列目(subjecct Number)が御献体番号(30体の御献体で調査しています)
2列目(Sex)性別 (m:男性、f:女性)
3列目 右側の骨盤の角度
4列目 左側の骨盤の角度
5列目 骨盤前後傾の左右差
6列目 骨盤前後傾の左右差の平均値

 

2列目と3列目の角度の測定方法は、図2の通り上前腸骨棘と恥骨結合上端を一直線上にした位置で固定し、上前腸骨棘から上後腸骨棘に結んだ角度になります。

 

では結果です。図2の左側の写真(0°)が献体番号では23番、右側の写真(23°)は献体番号では28番になります。(図2の2枚の写真は、最も差のあったものを提示していたことになります)。ちなみに30体の平均角度は13°で標準偏差は±5°となっております。

注目すべきは5列目の骨盤の前後傾には左右差がある例が存在するということです。

大きいものでは−6°(御献体番号8)という方もおり、片側のみの前後傾の評価では不十分で両側の骨盤の前後傾を正確に評価する必要があることが表1から理解できるかと思います。

よってご質問であった左右で高さが異なるのですが、どちらが正しいですか?というご質問に対しては、しっかり触察ができていれば、左右差がある例もあるため、どちらも間違いではないということになります。

最後に

今回は、組織の真の形を学ぶ解剖学のことを形態解剖学と言いますが、形態解剖学をどのように臨床につなげるかをお伝えしたく、オンラインサロンで発信している記事を書かせていただきました。形態解剖学は見ただけで、事実がわかるところが大変面白いと日々感じております。今回の記事の図2の形態解剖学の写真も、見ただけで骨盤の前後傾は個人差があることがご理解いただけたかと思います。今回の記事が、普段の臨床で、骨盤の前後傾の評価や治療の参考になりましたら幸いです。
 

【目次】

第一回:ACL損傷とPCL損傷の整形外科的テストの疑問

第二回:外側広筋斜頭という言葉を聞いたことはありますか?

第三回:大腿直筋のもう一つの起始【反転頭】の解剖学

第四回:形態解剖学的視点から考える【骨盤 前後傾】の正しい評価方法

参考文献
1)Preece SJ, Willan P, Nester CJ, Graham-Smith P, Herrington L, Bowker P (2008) Variation in pelvic morphology may prevent the identification of anterior pelvic tilt. J Man Manip Ther 16, 113–7.

2)Williams PL. 1995. Muscles. In: Salmons SE, editor. Gray’s Anatomy: Anatomical basis of medicine and surgery. 38th Ed. London: Churchill Livingstone. p 873.

3)Franklin, ME, Conner-Kerr T (1998) An analysis of posture and back pain in the first and third trimesters of pregnancy. J Orthop Sports Phys Ther 28: 133-138.

 

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