先天性四肢切断という、生まれつき手も足もない状態で生まれてきた乙武洋匡(おとたけひろただ)氏。42年間、一度も歩行を経験することなく生きてきた1人の男が、今、最先端の義足SHOEBILL(シュービル)を用いることによって歩くことに挑戦している。
吉本興業がプロデュースするクラウドファンディングサイトSILKHAT(シルクハット)にて、今月11日よりサポーター募集開始された『OTOTAKE PROJECT』。すでに支援額は目標達成金額の一千万円を超え、なお増え続けており、社会がこのプロジェクトに寄せる期待は大きい。
プロジェクトチームには、デザイナーや義肢装具士、エンジニアなど多種多様なメンバーが揃っており、その中には理学療法士の内田直生(うちだなおき)氏も参画している。
内田氏がチームに加わったのは昨年の12月半ば。プロジェクト自体は1年前に始まったが、理学療法士不在のまま進行していた中、内田氏が所属するCornerWork社の代表である三宅修司(みやけしゅうじ)氏が、Ototake Projectを進めているソニーコンピューターサイエンス研究所の遠藤謙(えんどうけん)氏と知り合いで、内田氏に声がかかった。
最終到達目標は、2020年の東京オリンピック・パラリンピックで聖火ランナーを務めることだ。そのためには200mを1人で歩行できる必要がある。内田氏が加わる前の1年間のトレーニングでは、約7mの歩行に成功し、現在は残りの193mを埋めるために試行錯誤しながらトレーニング指導を行なっている。
内田氏は、乙武氏の身体について次のように話す。
「歩きに非常に向いていない身体です。乙武さんが歩くには3重苦があるんです。まず大腿切断で膝がない。腕もないので杖で支持基底面を広げることもできない。また、歩いた経験もほとんど無い方なので、最初はとにかく恐怖感を取り除くこと、歩行の感覚を養うことを意識しました。ですが、だからこそ乙武さんがスタスタと歩いている姿を見せれることで、歩くことを諦めていた人も自分にも出来るんじゃないかと勇気付けられるような企画にしたいと思っています。」
現在の歩様は、SHOEBILLを伸展位で固定し、腰方形筋や体幹筋の収縮で骨盤を振り出す「ぶん回し歩行」に近い。SHOEBILLには膝継手にモーターが搭載されており、理論上は従来は困難であった椅子からの立ち上がりや階段歩行も可能だ。
デザインも乙武氏用にカスタマイズされている。長年車いすでの生活であったため、股関節の伸展制限が強く直立姿勢になった際に重心が前方変位し、一般の膝継手の位置だと膝折れしてしまう。また両手がなく受け身をとることも難しいため、安全性を考慮し回転軸を後方に設置した。
現在、行なっている理学療法プログラムは、主に①脊柱、骨盤、股関節周囲のコンディショニング、②歩行のドリル練習(立脚期の荷重練習、ステップ、遊脚相の練習など)、③歩行練習の3つである。
「筋肉へのアプローチは長年の影響もあるので、どのように行うかは判断が必要ですが、介入後はトーンは落ちますし、骨盤-股関節の動きは非常に良く、本人の感覚としても良いので続けています。」
「実は、乙武さんは、体幹周囲の感覚が非常に優れています。例えば、こちらが座位での骨盤後傾運動を伝えると、動きをすぐに理解し実施できるんです。”なんだかお腹の奥の方がめちゃくちゃ疲れる!”とか、”今の感じ違ったね!こっちか…いや、もう少しこうか。”というように、自分の身体感覚と対話するのがすごく上手いんです。最近チームメンバーと話していますが、今後は水中やスリングを用いた練習も取り入れてみたいと話しています。姿勢保持のクセを修正し、歩く感覚を養うのに有効だと考えています。」
内田氏は現在、25歳。理学療法士の国家資格を取得してから3年目である。新卒で務めた総合病院をわずか1年半で辞めて、現在はジムでパーソナルトレーニングの指導などを行なっている。
現在の職場で一番学んだことは、コーチング的な要素が大きくクライアントが求めていることを察知して、楽しんでもらいながら運動してもらうことが大切だと言う。
「一番乙武さんに言われて嬉しかったのは、”いいところをちゃんと見てくれる、褒めてくれるよね”って言ってもらえたことです。今回のように各領域のプロフェッショナルが集まるプロジェクトでは、現場全体の空気感を楽しくさせること、コミュニケーションが取れることも大事で意識しています。遠藤さんにも”いい意味で文句が言えるような関係性の理学療法士を探していた”と言われたことがあります。」
「あとは、PTってこんなこともできるんだと言われることが多いですね。ここまで細かく動作を見れる職種だってことも知られていないですし、可能性は底知れないと思っています。僕なんかよりすごい臨床家の方々は、山ほどいるじゃないですか。だからこそ、もっと理学療法士の方には外に目を向けてもらいたいなと思います。社会に求められていることはたくさんあります。」
OTOTAKE PROJECTに取り組んでいる一般社団法人xDiversity(クロス・ダイバーシティ)は、『人や環境の「ちがい」をAIとクロスさせ、多くの人々によりそった問題解決の仕組み作りを目指』している。内田氏はこのプロジェクトに関わり、障害はテクノロジーの力でいくらでも変えられると確信したそうだ。
「乙武さんみたいに歩くことに不向きな身体を持つ人が、最先端の義足と組み合わさることで歩ける時代です。このプロジェクトが拡散されて、もっとたくさんの人に可能性を見出して欲しいと思っています。今後は、障害があって知らず知らずのうちに色んなことを諦めてしまっている人と、理学療法士を結ぶ活動もしていきたいと思っています。」
乙武氏の挑戦と共に、内田氏の挑戦もまだ始まったばかりだ。