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脳卒中・循環器病対策基本法は、今後日本をどう変えるのか【脳卒中の立場から】

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昨年12月、「脳卒中循環器病対策基本法(健康寿命の延伸等を図るための脳卒中、心臓病その他の循環器病に係る対策に関する基本法案)」が衆議院本会議にて可決されました。本法案は、理学療法士の資格を持つ山口和之議員も成立に向けて中心的に活動しており、日本理学療法士協会、日本作業療法士協会、日本言語聴覚士協会も賛同団体として名を連ねていました。

 

今後、関連する疾患を取り巻く医療環境は大きく変わっていくことは疑いようのない事実であり、リハビリテーション分野においてもその例外ではありません。具体的にどのような施策が検討されているのか。日本脳卒中協会専務理事の中山博文先生に、それぞれの立場からお話しいただきました。


 

学校教育などによる脳卒中・循環器疾患予防啓発の推進

 

脳卒中対策基本法の立法化に向けて運動が始まったのは、今から10年前に当たる2009年で、脳卒中予防と発症時の対応に関する啓発活動の限界を感じ、日本脳卒中協会を含めた関連14団体が共同で動き出しました。

 

日本脳卒中協会は当時から年間80回以上の市民講座を開催していたものの、参加者は健康関心度の高い人が多く、喫煙者、飲酒量の多い人、血圧・血糖・脂質の管理が悪い人など、本当に情報を届けたい人に伝えることが難しい状況だったそうです。

 

 

写真:中山 博文先生|日本脳卒中協会専務理事・中山クリニック院長

 

中山先生「今回定められた脳卒中・循環器病対策基本法の第5条には、「医療保険者は、国及び地方公共団体が講ずる循環器病の予防等に関する啓発及び知識の普及等の施策に協力するよう努めなければならない。」と明記されており、国民健康保険や健康保険組合が情報を伝えていくことが責務となりました。


さらに第6条には、「 国民は、喫煙、食生活、運動その他の生活習慣及び生活環境、肥満その他の健康状態並びに高血圧症、脂質異常症、糖尿病、心房細動その他の疾病が循環器病の発症に及ぼす影響等循環器病に関する正しい知識を持ち、日常生活において循環器病の予防に積極的に取り組むよう努めるとともに、自己又はその家族等が循環器病を発症した疑いがある場合においては、できる限り迅速かつ適切に対応するよう努めなければならない。」と規定されており、この実現のために、今後は、義務教育に組み入れていただければと願っております。

 

生活習慣病や脳卒中を予防するためには、どういったことに気をつけなければならないのか。また、発症した時にどのような対応をすればいいのか。生活習慣が形成される小学生・中学生の時期に教えることによって喫煙、塩分・脂肪の摂り過ぎ、運動不足などの悪い生活習慣を防ぎ、子供たちを通じて親世代、祖父母世代まで知識を広めていきたいと思っています。

 

がん対策に関しては、2016年12月にがん対策基本法が改正され、「がんに関する教育の推進」の条文がすでに盛り込まれております(第23条)。残念ながら今回成立した脳卒中・循環器病対策基本法には書かれていませんので、今後加筆修正を陳情していく予定です。

 

地域別の発症率割合を突き止める

 

ここまで予防が進んでいない背景にある課題として、疾患の発症登録がされていないこともが大きいと言えます。現在厚生労働省から発表されている3年毎の患者調査による脳卒中患者数は、調査対象病院の外来・入院患者数から全国推計したもので、全国各地域で年間何人が脳卒中を発症しているのか、全く把握できていない状況です。つまり、各地域の予防対策の効果を評価する方法がないということです。

 

中山先生 例えば、ある地域が他の地域と比べて脳卒中の発症率が高いということが分かれば、予防対策を強化するということができますが、現状ではそれができません。唯一、滋賀県に関しては県からの予算がついて全県的な発症登録が行われていますが、他県に関しては把握されていない状況です。

 

現状では、脳梗塞患者に対する血栓溶解療法の実施率や急性期、回復期、維持期におけるリハビリの実施率などの診療の質に関する指標も全国レベルでは分かりません。医療や介護の現状を把握し、それに基づいて国の循環器病対策推進基本計画、都道府県の都道府県循環器病対策推進計画を見直すPDCAサイクルを回す必要があります。そのために、この基本法が不可欠です。ただし、基本法はあくまで基本的な枠組みを規定しいるだけですので、関係者が国や都道府県の計画策定に関与し、実のあるものしていかなければなりません。

 

写真:adobestockより

 

日本は脳卒中超急性期治療の後進国だ

 

最後はリハビリテーションにも関係する、発症後における超急性期医療の課題について。

 

まず、脳梗塞後遺症を軽減するためには、詰まった血管を一刻でも早く確実に再開通させることが必要あります。特に有名なのは血栓溶解療法(t-PA:ティーピーエー)と呼ばれる治療で、血管を詰まらせた血栓を溶かして血流を再開させ、ペナンブラ(まだ壊死していない回復可能な領域)を救う方法です。

 

これは非常に効果が高い治療法とされていますが、発症4.5時間以内でないと投与できないという適用条件があり、日本では約5%の人しか受けることができていない現状です。

 

中山先生 他の先進国に比べると非常に遅れています。オーストリア(チロル地方)では16%、ドイツは13%、イギリス(スコットランド以外)は12%の実施率が報告されており、脳卒中機構(World Stroke Organization)は2020年までに20%まであげるキャンペーンを始めています。世界の中でも遅れている状況です。

 

これを増やすためには、救急受診を促す継続的・全国的な市民啓発や、治療のできる医療機関を各地域に設置していく必要があります。また遠隔医療のシステムが整えば、離れた中核病院に搬送される前に専門医が遠隔で診断し、近くの病院でt-PAを投与するというシステムも可能になります。

 

近年、注目されている血管内治療もガイドライン的には原則8時間以内であれば治療することができるようになりました。しかし、残念ながら血管内治療ができる専門医の数が圧倒的に少ない現状です。発症してからの時間によって、搬送先を変えなければならないのですが、そう行ったシステムもまだ全然整備されていません

 

法律ができて終わりではなく、新しいツールを私たちは手に入れたわけです。ツールを使って改善していかなければいけないわけです。当事者である、患者・家族、救急隊、医療・介護従事者の声を、そこに反映させていくことが今後の大きな課題だと思います。

 

【目次】

#01 脳卒中予防義務教育化に向けて|日本脳卒中協会 専務理事 中山 博文先生

#02 心不全パンデミックから脱却せよ! |日本循環器学会 代表理事 小室一成先生

#03 脳・循環器リハは、法成立後どう変わっていくのか|参議院議員 山口和之先生

#04  心不全パンデミック時代におけるセラピストの役割|北里大学 准教授 神谷 健太郎先生

 

脳卒中・循環器病対策基本法は、今後日本をどう変えるのか【脳卒中の立場から】

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