ピラティス後にサックスの音が変わる
ー 山本先生が音楽家をみようと思ったきっかけって何ですか?
山本篤先生:急性期病院での勤務時、あるダンサーの術後療法を担当いたしました。ダンサーには、一般の高齢者や外傷で入院してくる患者さんとは違う運動療法が必要です。職業復帰には通常の日常生活動作以上の身体能力の再獲得が求められ、同時に理学療法にもそれが求められるのです。
私は急性期から回復期・慢性期・在宅・ホスピスまで、人間の生活の多くの側面を、理学療法を通して見てきましたが、その中に収まらない次元の理学療法があるのに気付きました。
その関わりの中で、ある日、ピラティスエクササイズに出会いました。私は中学生の頃より30年間近くサックスを続けていますが、ある日偶然にピラティスエクササイズをした直後にサックスを吹いたところ、サックスの音が劇的に変わった経験をしました。このことが「身体と音楽はつながっている」と気づいたきっかけです。
ー サックスの音が変わるってすごいですね!
山本篤先生: そこで、身体と音楽がつながっていることを客観的に確認するため、2年ほどかけて、管楽器奏者やソプラノ歌手、弦楽器奏者などの友人に声をかけ、理学療法技術を基礎とした身体コンディショニングを行ったところ、全員の音や声が、例外なく良い方へと変わったのです。また、その身体コンディショニングの前後で、スペクトラムアナライザーという、音を視覚的に表すことができる機械で周波数分析を比較しました。
すると、数値的にも明らかな変化がありました。もちろん、演奏者自身も聞き手も、音色が変わったことを、波形だけではなく、耳でもその場で実感しました。 これらの経験から、呼吸器理学療法や全身の運動・演奏姿勢の見直しなど、理学療法を通した視点で音楽家の身体を見ていくことで、何か音楽家に貢献していくことができるのではないかと思ったのがきっかけです。
ー 現在は音楽家の方専用のスタジオを経営しているのですよね。
山本篤先生:日本の西洋医学の領域では、音楽家の方に関わらせて頂く機会は大変少なく、自分が取り組んでみたいことが病院の中ではできないと考え、音楽家の方専用のスタジオをつくりました。今、ご利用いただいている音楽家の方々は、サックスやトランペットといった管楽器奏者、ヴォイストレーナーやソプラノといった歌手、エレクトーンやピアノといった鍵盤楽器奏者の方々です。
演奏する楽器や声楽、取り組まれている音楽のジャンルは様々ですが、音楽表現の基礎となるのは人間の身体です。それを支えるのは、解剖学や運動学、生理学といった西洋医学の基礎知識であり、理学療法技術なのです。
バイオリン奏者は頚椎に問題が生じやすい
ー 音楽家の方は、身体のどんなことに困っていたり、苦労しているのでしょうか。
山本篤先生:日本のあるNPOが、日本の100以上のオーケストラ団体、吹奏楽団にアンケートをとった結果、8割の音楽家が身体に何らかの障害を抱えているとの結果が得られました。
海外におけるメタアナリシスでも同様の数字が報告されています。具体的には、楽器を構えたときの腰痛や肩こりであったり、ピアニストの手根管症候群であったりと、蓋を開けてみると、音楽家以外にも認められる一般的な症状がほとんどでした。
例えば、大型で重い楽器では、それを支えるため腰痛が生じること、バイオリンなどでは、同じ姿勢を長時間とりつづけて演奏するため、頸椎で問題が生じることなどが挙げられます。
さて、海外では、音楽家の身体面をサポートする体制が整っており、交響楽団の団員として、身体のメンテナンスをするセラピストが在籍することもあります。また、諸外国の理学療法士には開業権があり、街のいたる所に理学療法士が事務所を構えているので、音楽家がアクセスするのにも非常に敷居が低いのです。
ー 海外では音楽家へのサポートが充実しているんですね。
山本篤先生:ところが、日本での音楽家の身体面をサポートする体制は不十分です。 例えば医療にかかると「練習は今すぐ止めて、数日間楽器には触らないでください」と言われます。もちろん医師としての判断としては、これが正しいのです。
科学的な検査をして、あなたの身体は今このような状態なので、機械的ストレスがかかるのを避けるために練習はやめましょう、といった具合です。しかし、音楽家にとっては、練習を止めることは本当に死活問題なのです。
そこで、代替医療として他に何か楽になれるものはないだろうかと、一生懸命探します。そして、運良く見つかったとしても、そこには音楽家のことを知っている治療家がいないのが現状なのです。
音楽家が「演奏中に腰が痛いです」と訴え、治療家が「では腰を治しましょう」と施術する際、楽器の特徴的な構えや演奏時の身体の動かし方、演奏会場の環境などを深く洞察することはありません。もちろん、先の医師と同様に、治療家においては自分の領域はパーフェクトにこなしています。
しかしながら、そのような医師や治療家の中に、音楽や楽器の知識、演奏時の姿勢や動きはどうかといった具体的な視点があれば、音楽家にとってより良いサービスが提供できたはずなのです。
ー なるほど。日本で音楽の知識を持っている医療者の方はいるのでしょうか?
山本篤先生: 最近増えて来ています。日本では東京で今春から音楽家専門外来を開いた医療機関もあるように、音楽の知識を持っている医師が、音楽家だけを診療する場所がようやく出来つつあります。しかし、本当に最近の動きなのです。 日本の音楽の世界では、クラシックやジャズ、ポップスといった西洋音楽の文化を積極的に取り入れ、現在もコピーの段階が続いています。
さて、西洋では、音楽家の教育機関において、身体を学ぶ時間が豊富に確保されています。このため、音楽面と身体面が、音楽家の知識の中で有機的に結合しています。さらに、音楽家の身体をサポートする体制が整えられています。
しかしながら、日本が西洋音楽という文化をコピーしてきた時、身体を学ぶ文化がコピーされておらず、すっぽりと抜け落ちてしまっているのです。同様に、音楽家の身体をサポートする体制もコピーされませんでした。 このことに気付き始めた方々が、音楽家の身体をサポートする体制を日本にも持ってくることを始めました。やっと動き始めたのです。
今回のZOOMレクチャーでは、実際にヴォーカリスト、もしくは管楽器奏者をお招きして、評価からアプローチまでの流れをデモで行っていただく予定です。
解剖学を深く学ばれている山本先生に、ミュージシャン×理学療法の携わり方を伺います。
◆講師プロフィール
山本 篤 先生
理学療法士・Merge Labo代表
大阪芸術大学 非常勤講師として 解剖学の講義を担当 (年間90単位 135時間)
サックス奏者として、30年以上の演奏歴、サックスアンサンブルから 吹奏楽・ビッグバンドまで、 音楽の演奏での身体の使い方を 自分自身の感覚から学んでいます。
◆概要
【日時】 6月27日(土) 19:30~21:30
【参加費】3,300円
※POSTのプレミアム会員(770円/月)・アカデミア会員の方は無料です。
【定員】50名
【参加方法】ZOOM(オンライン会議室)にて行います。お申し込みの方へ、後日専用の視聴ページをご案内致します。
【申し込み】以下のサイトからお申し込みください。