全てのスタッフにフィットするフレームを
ーマネージメントについてもう少し伺いたいのですが、茂木先生の先ほどの話ですと、「人数」というのが、マネージメントが変わるきっかけでした。もう一つの軸として、「年代」という軸も議論によく持ち上がります。「今の若者は」が代表的なものです。やはり、マネージメントを行う上で、年代による変化も実感としてございますか?
茂木先生:正直わかりません。当然年代の違いはあると思います。それは自分が昔「おじさんは一体何言っているんだろう?」の、そのおじさんが自分に変わりました。どの時代もジェネレーションギャップはありますからね。ただ、もう少し“欲”はもった方がいいでしょうね。
ーそんな現状がある中で、マネージメントとして、それはもう仕方のないものだとするのか、何かマネージメントの方法を使ってどうにか試行錯誤したのか、具体的な解決策、取り組みを教えてください。
茂木先生:一通り、経営、管理マネージメント、コーチング、心理学等の勉強もしました。現状を理想(目標)に近づけるために、様々な取り組みや仕掛けをし、成功―失敗を繰り返ししてきました。
組織の結果はいうまでもなく、人によって生み出されます。こと医療業界は労働集約型*ですので、職員がいかに活躍できるかが重要です。したがって教育や評価の仕組みに関しては試行錯誤しました。
*労働集約型産業:経済学用語の一つであり、産業の中でも特に人間による労働力が、業務の大半を占める産業のことをいう。日本では、第三次産業といわれる接客業、サービス業などがここにあたる。
茂木先生:医療業界はどこか非常識と感じています。よく言われていましたが、卒業して病院に勤務すると白衣やケーシを着て、年上の患者さんから先生と呼ばれ、勘違いする医療職が多くいたわけです。ライセンスに希少性があると雇用関係も優位に立ってしまいがちで・・・
何が常識かは難しいところですが、医療の職場でなくても、一般社会で通用する人材を育てたいという思いが強くありました。社会人基礎力*という能力要素の指標が経済産業省から示されており、以前はこれを求めて、ガンガンやっていた時期もあり、それを乗り越えたスタッフが今では部門の責任者やプロジェクトのリーダーに立っています。
*社会人基礎力:「前に踏み出す力」、「考え抜く力」、「チームで働く力」の3つの能力(12の能力要素)から構成されており、「職場や地域社会で多様な人々と仕事をしていくために必要な基礎的な力」として、経済産業省が2006年に提唱しました。
引用:経済産業省(https://www.meti.go.jp/policy/kisoryoku/index.html)
茂木先生:成長スピードは個々人で違い、仕事に求める価値観も人それぞれです。つまり二極化ですよね。「何年目だからこれができて当たり前」みたいな、尺度もまともにないのに、年数かつ主観で評価される方法に違和感を感じていました。
年功序列の考え方は問題外ですし、努力し結果を出した職員はしっかりと評価される仕組みが必要でした。職位を明確に作り、何ができて何が不十分なのかを提示することで、目標に向かって努力できるフレームを作りました。
頑張れる、頑張れない、スピードの速い、ゆっくりと一歩一歩進みたいスタッフ、どんなスタッフにもフィットするフレームに今ではなっていると思います。具現化してくれたのは現課長ですが・・・・
ーもう長いこと管理職に就いているかと思いますが、大きく変わったことはありますか?
茂木先生:以前は、細かなところまで口出しすることが多かったのですが、それはもう稀なことです。任せてやらせる、それを見守る、よく言われていることですが、時間がかかりましたね。
今、私の立場であるべき姿は、私自身が止まらないことです。次から次へと新しいことにトライして、その姿を見て興味があれば、ついてきてくれればいいかなというスタンスです。
これからリハビリテーション職のおかれる現状は今までより厳しくなって行くことも予想されます。職員が活躍できる場所をできるだけ多く作り、面積を広げる作業と、いろいろな形で活躍できる多様性を持った組織を作ることだけ意識しています。
ー様々な層にフィットするフレームを用意しているということですね。おそらくそのフレームがあるからこそ、石井病院の先進的な取り組みを支えているのですね。ここ5年くらいものすごいスピードで法人が拡大しているようですが?
茂木先生: 2014年にデイサービス(BLUE ROSE)開設、翌年には渋川伊香保分院の開院、2016年には特別養護老人ホーム(GREEN ROSE)、タイ現地法人設立、訪問リハ立ち上げなど、毎年のように新しい事業がスタートしており、その中核としてリハ課のスタッフが携わってくれています。
ーこのほとんどが新規事業とのことですが、この全てのプロジェクトに茂木先生は関わっているのですか?
茂木先生:新規事業は、だいたい関わらせていただいています。ただ、実際の細かいディティールがはじまるタイミングで、リハ課の中核スタッフから募集します。新規事業ほとんどにリハスタッフを絡ませてもらえて、立ち上げから若いスタッフが活躍してくれています。
もちろん私もフォローはしますが、手を挙げた人間に一任する。そしてそれを、静観するというのが、今のスタイルですね。
ー石井病院のスタッフは、チャンスが沢山ありますね。
茂木先生:それがうちの特徴ですね。昨年もミャッマー、タイ、バングラディッシュ の調査事業で12人のリハ課のスタッフが海外に渡航しています。今は望めばどんな情報にでもリーチできますが、実際の経験をとおして感じることに勝るものはないと思います。
20代はとにかく多くの経験をしてもらいたいと考えています。
ISHII LIFE SUPPORT PHYSIOTHERAPY CLINIC
ー海外展開の件も、特徴の1つだと思うのですが、そもそも何故タイだったのか、というところからまず教えてもらえますか?
茂木先生:海外を検討し始めた際に、様々な国に渡航をしました。ASEANは経済共同体が発足するタイミングでもありましたので、特に注目していました。また、「医療を産業として輸出すべきである」という政府の後押しもありましたので、ASEANをメインのターゲットとしました。
「アフリカ」や「インド」の話もありましたが、ビジネスの世界でも「タイ+1(タイを中心としてもう1カ国で展開すること)」といわれており、タイ医療について調査しはじめました。しかしそこで待ち受けていたのは、バムルンラード病院のような日本を遥かに凌ぐ大きな病院でした。
医療の質では疑問が残りますが、規模や投資としては勝負ができないと判断し、介護系のサービスを見て回りました。タイで行われている介護系サービスでは、ナーシングホームという日本でいうところの有料老人ホームのような民間のサービスが挙げられます。
ナーシングホーム月額の入居費用は7万円から15万円程度が一般的で、高いところだと30万円するところもあります。一般的な金額帯では、施設もサービスも参入の余地があると判断しました。
ナーシングホームの付加価値として、我々のリハビリテーションサービスを提供することで差別化が測れると踏んで、途中まで話は進んでいましたが、色々あり話が頓挫しました。なかなか国を跨ぐと大変で、横槍も受けました。
しかし、すでに事業は動いていましたので、撤退ではなく、クリニックを作ろうということで、ISHII LIFE SUPPORT PHYSIOTHERAPY CLINICという、理学療法士のクリニックを作りました。
ーナーシングホームの話は初耳でした。タイに行った時に見学させてもらおうと思いましたが、お腹を壊してしまったので・・・
茂木先生:そうでしたね。はじめは店舗型の事業は考えていませんでした。派遣だとかコンサルテーションといった形のソフトサービスを事業にしていきたかったんです。そもそも、どこに作ったらいいのか、土地勘もないですし、投資も大きくなりますしね。
ただ店舗もなくコンサルテーションだ、派遣だといっていても信用されず、フラッグショップとしてクリニックの開設に踏み切りました。
ーそのクリニックは保険ではなく、自費でしたよね?
茂木先生:保険制度もあります、申請もしていますが、基本的には自費です。ダイレクトアクセスとは少し違います。理学療法士が院長としてクリニックを出しても問題なく、理学療法という看板を掲げても問題ありません。
ただし、保険適用する際には、必ず医師の診断および処方が必要になります。
ータイでの事業で苦労されたことはなんですか?日本との違いは?
茂木先生:苦労ばかりですよ。その中でも大きくは2つあります。
1つ目は、法律が定められていないということです。日本だと施設基準、診療報酬、算定要件、医療法隅々までルールがありますよね。多くは管轄役所の担当官判断なのです。担当官に聞くと、ルールに決まっていないがダメと言われます。
実際にタイの法人や個人は、ルールが決まってないから、やっても問題ないと自然発生的に事業やサービスが提供されています。同じように日本の法人が行うと刺されるリスクが大きいですし、日本の法人を背負って進出してきているところは、コンプライアンス違反はできません。
保険診療という枠組みではありますが、日本では細かく要件が定められていることによって、医療水準が担保されているということを感じます。日本ではリハビリテーションの場面でも作成しなければならない書類が多いですよね。
患者さんに対する説明関係は特に多いと思います。そういった書類に品質の裏打ちがされている一面があると海外に出てつくづく感じました。
2つ目は、我々の強みや効果を第3者に伝えることの難しさです。日本でも起業されている方や、企業と仕事されている方たちは、当たり前のようにできているのでしょうが、我々はとにかく苦労しました。
タイにも理学療法士はいて、一般の人たちからすると、我々の行なっていることとの違いは、外目にはわかりづらいわけです。実際に両者のサービスを受けた人には確実に伝わっているのですが、タイの水準より高い金額で受けてもらうまでが大変です。「日本式」は確実にマーケットに響くという認識は大きな勘違いでした。
日本の病院にいると新患処方がでることは、ある意味当たり前ですよね。むしろ夕方に立て込んだりすると「なんでこの時間から」となったりしますよ。何もしなくてもお客さんが提供されるって、素晴らしいことなのですよ。
ー今後もタイの中で事業展開を考えているのですか?
茂木先生:タイはこれから迎える高齢化に対して問題視され始めており、当然リハビリテーションサービスのニーズも拡大していきます。これは進出当初よりも強く感じています。
市場は温まっていますので、継続して事業を行なっていきたいと考えています。ただタイだけでなくASEAN全体の可能性も常に探っています。医療法人石井会では2021年を目標にミャンマーに病院開設するプロジェクトも動いています。
ー海外展開という点で、日本の理学療法は海外で戦っていけますか?
茂木先生:医療のレベルで言えばタイのレベルは疑問が残るという言いかたをしましたが、タイはASEAN各国からメディカルツーリズムを受け入れ、国の産業として医療をみています。
当然タイは「ASEANの中で一流の医療をやっている」という自負はあると思います。確かに先進的な医療はいち早く取り入れられますし、ビジネスとしては非常に戦略的に取り組まれています。
医療産業という見方をすると、なかなか病院として入り込むのは難しいのですが、その中でも“高齢化”“リハビリテーション”という2つのキーワードにおいて、間違いなく日本は先進国という認識があります。
もちろん、タイにも理学療法士はいますから、日本の理学療法に劣っているとは思っていないかもしれません。ただ、現状では間違いなく、日本のスタンダードな理学療法をもっていけば勝負になると思います。
私たち石井病院の理学療法は決して一流ではありません。非常に一般的なレベルだと思っています。ただ、日本におけるスタンダードな理学療法が、海外に行ってスタンダードではないことがわかってきました。
日本にいると、いちいち面倒な書類管理が、実は品質管理に非常に役立っていることが、海外を見てわかりました。仕組み化、制度化という点でも、日本の理学療法を海外展開することは、ビジネスチャンスになると思っています。
また日本の理学療法士が海外で活躍できるフィールドを作っていきたいと考えています。
もちろん、海外だけでなく日本の事業も新しいことに挑戦し続けています。海外にチャレンジしたい、新規事業に関わりたいと思う理学療法士・作業療法士がいたら、うちで一緒に働いて欲しいと思っています。特に何か“武器”をもっている人がいれば是非一緒に新しい世界を作っていきたいと思っています。
ーさらっと求人募集ありがとうございます。笑 確かにチャンスの多い病院ですね。それでは最後に恒例の「茂木先生にとってプロフェッショナルとは?」をお聞かせください。
茂木先生:出た。ほんとに聞いているんですね。笑 考えていませんでした。「これがプロ」というよりは、自分に与えられた仕事とか目の前に積み上げられた課題に対して、“あきらめない”のがプロかなと思っています。
ーとにかくやり続けると。
茂木先生:そう。プロでも肩を叩かれるタイミングはいつか来る。でも諦めない。諦めたくない。
ー茂木先生、本日はお時間いただきありがとうございました。
茂木先生:こちらこそありがとうございました。
ー完。
医療法人 石井会 石井病院
Ishii Life Support Physiotherapy Clinic
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【目次】
海外で日本の理学療法士が活躍する場を
新卒が活躍できる職場―群馬から世界へ―