概要
濱田 涼太 リハビリテーション部 理学療法士、新井 康之 血液内科・検査部・細胞療法センター(CRACT) 助教、 近藤 忠一 医学研究科 血液・腫瘍内科学 講師、髙折 晃史 同教授・C-RACT センター長、松田 秀一 リハビリテーション部 部長らの研究グループは、京都大学医学部附属病院で実施された同種造血幹細胞移植 1)後の患者さん 56 人のデータを用いて、移植後の社会復帰(復職および復学)と関連する因子の検討を行いました。その結果、従来知られていた造血細胞移植特異的併存疾患指数 4)(HCT-CI)高値などに加えて、移植期間中の 6 分間歩行距離 5)の低下割合が社会復帰を妨げる因子になることを明らかにしました。
同種造血幹細胞移植は、通常の抗がん剤だけでは根治が期待できない難治性血液疾患に対しても治癒が望める治療方法であり、移植技術やそれを支える支持療法の発達によって長期生存者が増加していますが、「移植後の社会復帰」は依然として大きな課題です。今回の研究成果は、移植後早期(退院時点)の時点で、移植後 2 年時点での社会復帰の可能性を予測するものです。復帰を妨げる因子を有する移植後患者さんにおいては、リハビリテーションを含む集学的治療をより強化することによって社会復帰を支援し、最終的には同種造血幹細胞移植後の成績改善にも役立つと考えています。
本成果は、2021 年 3 月 30 日に Scientific Reports 誌にオンライン掲載されました。
1.背景
同種造血幹細胞移植は、急性白血病や悪性リンパ腫など難治性血液疾患の患者さんにとって治癒が望める治療法です。移植技術そのものや支持療法が発展し長期生存者が増えるにつれて、生活の質 (QOL)を高めることが重要になってきています。特に移植後の社会復帰(職場や学校への復帰)は QOL を高める大きな要因ですが、容易に達成されるものではありません。また、移植後早期の時点で、将来的な社会復帰を予測する方法は確立されておらず、リハビリテーションや長期フォローアップ外来の活用など、移植後の集学的治療戦略を患者さん毎にどのように最適化して計画すべきかについても手探りの状態です。
2.研究手法・成果
本研究は京都大学医学部附属病院血液内科で治療を受けた同種造血幹細胞移植後の患者さん 56 人のデータを用いて、移植後の社会復帰状況や復帰に影響を及ぼす因子について検討を行いました。
その結果、移植後 2 年時点で 71%の患者さんが職場や学校に復帰することができ、移植後 2 年時点におけるパフォーマンス・ステータス 2)の低下と慢性移植片対宿主病 3)の発症が社会復帰に影響を及ぼしていることが明らかになりました。更に社会復帰を妨げる移植後早期の因子を解析した結果、「女性患者さん」、「造血細胞移植特異的併存疾患指数(HCT-CI)高値」、「移植期間中の 6 分間歩行距離(運動耐容能の指標の低下率」がリスク因子になることが明らかになりました。
3.波及効果、今後の予定
本研究によって、移植後早期の段階から社会復帰の可能性を予測でき、復帰を妨げる因子を有する患者さんにおいては、移植後のリハビリテーションを含めた集学的治療戦略の重要性が示唆されました。また、社会復帰を目指した移植後早期のリハビリテーション戦略として、筋力を保つだけではなく、運動耐容能を低下させないことが重要であることが示され、移植患者さんに対するリハビリテーション介入の重要性が改めて示されました。本研究は移植後早期の身体機能と社会復帰の関係性を示した初めての研究であり、今後は運動耐容能の低下に関連する因子の検討や、低下させないための新たなリハビリテーション戦略の開発に繋がることが期
待されます。
4.研究プロジェクトについて
本研究は石本記念デサントスポーツ科学振興財団などの助成を受けて行われました。
<用語解説>
1) 同種造血幹細胞移植 (HSCT)
難治性の造血器疾患の根治を目的に、大量の抗がん剤投与や全身放射線照射を組み合わせた前処置の後に、健常ドナーから得られた造血幹細胞 (末梢血幹細胞、骨髄、臍帯血)を移植する治療。前処置による抗腫瘍効果に加えて、ドナーの細胞が白血病細胞を攻撃する免疫療法としての効果(GVL 効果)も期待されるが、移植片対宿主病を初めとする種々の合併症により治療関連死や QOL 低下が起こり得るという側面もある治療である。
2) パフォーマンス・ステータス
身体活動の観点を含めた全身状態の指標であり、患者さんの日常生活の制限の程度を示す。制限の程度は 0(まったく問題なく活動できる。発症前と同じ日常生活が制限なく行える)から 4 (まったく動けない。自分の身のまわりのことはまったくできない。完全にベッドか椅子で過ごす)の5 段階に分類される。
3) 移植片対宿主病 (GVHD)
移植されたドナーの免疫細胞が、移植を受けた宿主 (患者さん)の細胞を攻撃することで起こる合併症。移植後合併症として最もよく知られた合併症で、急性 GVHD (移植後 100 日まで)は皮膚、腸管、肝臓が標的となることが多く、慢性GVHD (移植後 100 日以降)では、皮膚の硬化や肺の線維化などの症状が多い。いずれも感染症や臓器不全などの医学的な問題だけでなく、QOL の低下や社会復帰困難などを引き起こす可能性がある。
4) 造血細胞移植特異的併存疾患指数(HCT-CI)
移植前時点における併存疾患を点数化する指標。主に移植後の予後指標として用いられている。
5) 6 分間歩行距離 (6MWD)
患者さんの心肺機能や運動耐容能を評価する方法。測定方法は 30m の平地を最大努力下で 6 分間往復してもらい、6 分間で歩いた合計の歩行距離を記録する。
<研究者のコメント>
同種造血幹細胞移植は難治性の血液疾患の治癒が期待できますが、移植期間中に身体機能が大きく低下したり、QOL 低下が残存した状態で退院することも多くあります。特に移植後長期生存されている患者さんにとって、 「社会復帰」は QOL を改善させる大きな要因になっています。京都大学医学部附属病院では、従来より血液内科・リハビリテーション部・血液内科病棟(積貞棟 3 階)・血液内科外来がチームを組み、移植前から患者さんの社会活動性、体力や筋力、栄養状態の評価を繰り返し、移植中も積極的にリハビリテーションを行うことで、移植後の QOL 改善や治療成績の改善を目指してきました。
今回の研究では、移植後早期のデータから後の社会復帰に影響を及ぼすリスク因子を明らかにするとともに、移植後早期からの一貫したリハビリテーション戦略を明確化できました。本研究で明らかになった社会復帰を妨げる因子を持つ患者さんにおいては、移植後早期の段階からリハビリテーションを含めた集学的治療戦略を計画することが可能になります。今回の研究が、同種造血幹細胞移植後の QOL 改善の大きな一歩になるとともに、最終的には移植成績向上につながることを期待しています。
<論文タイトルと著者>
タイトル:Higher exercise tolerance early after allogeneic hematopoietic stem cell transplantation is the predictive marker for higher probability of later social reintegration(同種造血幹細胞移植後早期の運動耐容能の高さは、その後の社会復帰の可能性を高める予測マーカーとなる)
著 者:Ryota Hamada1,2, Yasuyuki Arai3,4, Tadakazu Kondo3, Kazuhiro Harada2
, Masanobu Murao1,2, Junsuke Miyasaka1, Michiko Yoshida1, Honami Yonezawa1, Manabu Nankaku1, Sayako Ouchi5,Wakako Kitakubo5, Tomoko Wadayama5, Junya Kanda3, Akifumi Takaori-Kondo3, Ryosuke Ikeguchi1, Shuichi Matsuda1
1Rehabilitation Unit, Kyoto University Hospital, Kyoto, Japan2Department of Physical Therapy, Graduate School of Health Science, Kibi International University, Okayama, Japan3Department of Hematology and Oncology, Graduate School of Medicine, Kyoto University, Kyoto, Japan 4Department of Clinical Laboratory Medicine, Graduate School of Medicine, Kyoto University, Kyoto, Japan5Nursing Department, Kyoto University Hospital, Kyoto, Japan
掲 載 誌:Scientific Reports DOI:10.1038/s41598-021-86744-8
詳細▶︎https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2021-04-09-1
注)紹介している論文の多くは、単に論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎません。論文で報告された新たな知見が社会へ実装されるには、多くの場合、さらに研究や実証を進める必要があります。最新の研究成果の利用に際しては、専門家の指導を受けるなど十分配慮するようにしてください。