⾼齢化に伴い爆発的な増加を続ける⼼不全は、⼼臓機能低下のみならず、多併存疾患・多剤併⽤・フレイルといった複雑な問題が内在する⽼年循環器疾患です。今回、新潟⼤学⼤学院医⻭学総合研究科循環器内科学分野の藤⽊伸也専任助教、猪⼜孝元教授らの研究グループは、⾼齢⼼不全患者を対象に⾏った調査において、⼼不全患者における介護発⽣率(=新規介護保険申請率)が⼀般⼈⼝に⽐べ極めて⾼く、患者に内在する諸問題が介護発⽣率増加に寄与していることを⽰しました。⽇本が抱える介護という社会的・経済的な負担を増⻑するリスクとしての、⼼不全の新たな側⾯が初めて明らかとなりました。
【本研究成果のポイント】
- ・⽇本で初めて⼼不全患者における介護発⽣率を⽰しました。
- ・⼼不全患者での介護発⽣率が⾼いことを⽰しました(年間で健常者の 2 倍以上)。
- ・⼼不全を取り巻く併存疾患や、薬剤と介護発⽣率との関係を⽰しました。
Ⅰ.研究の背景
⾼齢化がすすむ⽇本では、65 歳以上の⼈⼝は全体の 28%を超え、⽼化に関連した疾患が増加しています。循環器分野においては⼼不全がそれに該当します。新潟⼤学⼤学院医⻭学総合研究科循環器内科学分野ではこれまで、⼼不全パンデミックと呼ばれる⼼不全患者の増加をいち早く予測し(Circ J 2002)、今まさに予測通りの展開を迎えています(Circulation 2018)。⼼不全は、5 年死亡率が 50%以上の極めて予後不良な疾患であり、⽇本において癌に次ぐ死因です。
そんな中、2020 年秋に「循環器病対策推進基本計画」が、「健康寿命の延伸等を図るための脳卒中、⼼臓病その他の循環器病に係る対策に関する基本法」に基づき閣議決定されました。これは循環器病対策の基本的⽅向を⽰しており、今後の都道府県循環器病対策推進計画の基本となるものです。関連⽂書に「循環器病は、我が国における主要な死亡原因であり、介護が必要となる主な原因の⼀つである」と明記されており、死亡ばかりではなく介護の発⽣を抑えることが重要な課題です。
介護保険は 2000 年に制定された社会保障制度の⼀つであり、介護を必要とする⾼齢者を社会全体で⽀え合う仕組みとして、20 年以上に渡り広く国⺠に利⽤されています。その⼀⽅で、利⽤者数や給付額は 20 年で約 2.5 倍となり、社会的・経済的負担の増⼤が懸念されています。さらに介護保険の利⽤は⼼不全患者の予後を規定するリスク因⼦であり、⽣活機能障害を表す重要な指標と⾔えます。しかしこれまで、どのような⼼不全患者がどのような頻度で介護保険を必要とするのか不明なままでした。本研究グループはこれを明らかにするために調査を実施しました。
Ⅱ.研究の概要
■対象
2011 年 1 ⽉〜2016 年 12 ⽉の間に、新潟市内の総合病院 7 施設(新潟⼤学医⻭学総合病院、新潟市⺠病院、新潟県⽴がんセンター新潟病院、新潟南病院、新潟万代病院、桑名病院、聖園病院)で⼼臓エコー検査(以下⼼エコー)を⾏い、左室駆出率(以下 EF)(※1)が 50%以下と診断された⽅のうち、65 歳以上の⾼齢⼼不全患者を対象としました。
■対象とデータの抽出
各施設の保管してある該当時期の⼼エコー記録をすべて確認し、EF50%以下である患者を抽出しました。⼼エコー実施⽇を登録⽇とし、診療録を⽤いて年齢、基礎⼼疾患、併存疾患、既往症、治療、関連する検査結果について確認しました。
■介護保険利⽤の確認
登録⽇から 2017 年 1 ⽉までに主治医意⾒書(※2)が新規に作成された場合を、介護発⽣と定義して介護発⽣率を計算しました(介護発⽣率=新規介護保険申請率)。
■地域在住⾼齢者(⼀般⼈⼝)との⽐較
⼀般⼈⼝における介護発⽣率を計算し⽐較するために、新潟市役所に保管されてある個⼈情報を含まないデータを利⽤しました。⼼不全患者の登録と同時期の、新潟市内在住の 65 歳以上の地域在住⾼齢者の介護保険のデータを抽出し解析を⾏いました。
Ⅲ.研究の成果
■患者背景
期間中に⼼エコーで EF50%以下と記録された⼼不全患者 3550 例のうち、65 歳以上でかつ介護保険未申請の 1852 例を解析対象としました。平均年齢は 75.8 歳、男性が 71.2%、EF の中央値は 43.0 (35.7-47.0)%で、基礎⼼疾患は虚⾎性⼼疾患(※3)が約半数でした。
■⼼不全患者における介護発⽣率と地域在住⾼齢者との⽐較
⼼不全患者では、総観察期間 3116 ⼈年、平均観察期間 1.7 年において、新規介護保険申請が 332人にみられ、介護発⽣率は 100 ⼈年あたり 10.7 ⼈でした。これは地域在住⾼齢者にくらべ有意に⾼値でした (HR, 1.47; 95% CI, 1.32‒1.64; P < 0.001)(図1)。
■⼼不全患者における介護発⽣のリスク因⼦
多変量解析では、⼼房細動(HR、1.588; 95%CI、1.279‒1.971)、脳卒中の既往(HR、2.02;95%CI、1.583‒2.576)、⾻粗鬆症(HR、1.738; 95%CI、1.253‒2.41)、認知症( HR、2.804;95%CI、2.075‒3.789)などの併存疾患や、睡眠薬(HR、1.461; 95%CI、1.148‒1.859)、利尿薬(HR、1.417; 95%CI、1.132‒1.773)などの薬剤の使⽤、介護発⽣のリスク因⼦として抽出されました(図2)。
図1 ⾼齢⼼不全患者と地域在住⾼齢者(⼀般⼈⼝)の介護発⽣率
図2 ⾼齢⼼不全患者における介護発⽣率に関わるリスク因⼦
Ⅳ.今後の展開
新潟⼤学循環器内科学分野が⽬指しているのは「予防医学を基盤とした健全な医療」です。疾患に陥らないための予防対策(⼀次予防:⽣活習慣病などの治療)、罹患したのち死亡や再⼊院を減らすための予防対策(⼆次予防:⼿術や薬物治療)とともに、介護予防は重要であり、特に⼼臓病患者において⼤きな問題になりうることが判明しました。そのリスクを正確に把握し、通常治療からその後のリハビリテーションに⾄るまで、網羅的かつ全⼈的な医療を提供できる体制を整え、健康寿命の延伸につなげたいと考えています。
Ⅴ.研究成果の公表
これらの研究成果は、2021 年 11 ⽉ 16 ⽇、Circulation Journal 誌に掲載されました。
論⽂タイトル:Incidence and Risk Factors of Future Need for Long-Term Care Insurancein Japanese Elderly Patients With Left Ventricular Systolic Dysfunction
著者:Shinya Fujiki, Takeshi Kashimura, Yuji Okura, Kunio Kodera, Hiroshi Watanabe,Komei Tanaka, Shogo Bannai, Taturo Hatano, Takahiro Tanaka, Nobutaka Kitamura, TohruMinamino and Takayuki Inomata
doi: https://doi.org/10.1253/circj.CJ-21-0580
Ⅵ.謝辞
本研究は新潟市医師会地域医療研究助成(⽀援番号 GC02520183)の⽀援を受けて⾏われました。
【⽤語解説】
(※1)左室駆出率
⼼臓の収縮する機能を評価するための代表的な指標です。⼀回の⼼拍で、左⼼室が蓄えた⾎液を全⾝へ送り出す割合を意味しており、50%を下回ると左室収縮不全と定義されます。
(※2)主治医意⾒書
介護保険利⽤申請の初期の段階で主治医により記載される書類です。患者の医療や⽣活に関連する情報が含まれます。
(※3)虚⾎性⼼疾患
狭⼼症や⼼筋梗塞といった⼼筋を栄養する冠動脈の動脈硬化により⽣じる⼼臓病です。
詳細▶︎https://www.niigata-u.ac.jp/news/2021/96745/
注)紹介している論文の多くは、単に論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎません。論文で報告された新たな知見が社会へ実装されるには、多くの場合、さらに研究や実証を進める必要があります。最新の研究成果の利用に際しては、専門家の指導を受けるなど十分配慮するようにしてください。