発表のポイント
- ・運動時に心の中で感じる身体(「心の中の身体」)は、約 1 世紀にもわたって一つであるとされてきたが、複数あることが判明
- ・一つの運動(手の動きなど)だけではなく二つの運動(目と手の動きなど)を同時に行うことで、運動の種類により「心の中の身体」が異なることが明らかになった
- ・運動障害を引き起こす「心の中の身体」の異常を可視化する新しい方法の開発につながる
概要
運動機能障害を有する患者は、心の中で感じている自分の手や足に異常が生じており、「心の中の身体」の回復が運動機能障害を克服する鍵を握っています。「心の中の身体」とは約 1 世紀前から存在する古い身体概念で、脳内に一つだけ存在し、すべての運動に対して共通に用いられると考えられてきました。東北大学大学院情報科学研究科の松宮一道教授は、「心の中の身体」が一つではなく複数あることを明らかにしました。この研究成果は、従来の「心の中の身体」概念に修正を迫る画期的な成果です。本成果により、運動の種類(例えば、目の動きと手の動き)に応じて「心の中の身体」が異なることを明らかにし、運動機能障害の新たな診断技術の開発に貢献するものと考えられます。
本研究成果は『Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (米国科学アカデミー紀要)』の電子版に 2022 年 1月17 日午後 3 時(米国東部時間)以降に掲載予定です。
感じている右手の場所を、目と左手で同時に指し示すと、目と左手で異なった場所を指すことを発見した。
詳細な説明
社会の高齢化に伴い、加齢による運動機能障害や脳卒中による運動麻痺を有する患者の急増は、現代社会が抱える課題となっています。特に従来のリハビリテーションでは、治療的介入により運動機能が向上しても、その向上効果が持続しないことが多く、これが運動機能障害を有する高齢者の社会復帰を阻む要因となっています。運動機能障害を克服する有効な手段を講じることは、高齢者の生活品質(QOL:Quality Of Life)を向上させるために緊急に対応すべき重要課題です。
運動機能障害を有する患者は、心の中で感じている自分の手や足に異常が生じており、この「心の中の身体」の回復が運動機能障害を克服する鍵を握っています。現在のリハビリテーションでは、「心の中の身体」の回復を考慮しないため、リハビリテーションの効果が治療的介入では持続しないと考えられています。たとえ障害を患った身体部位が治療的介入で動くようになっても、「心の中の身体」が回復していないと、しばらくすると再びその身体部位は動かなくなります。しかし、運動機能障害を有する患者が訴える「心の中の身体」の異常は患者の主観的印象であるため、その病態は目に見えず、「心の中の身体」を可視化する技術の開発が求められています。
「心の中の身体」は、約 1 世紀前から存在する古い身体概念ですが、日常で見られる複数の運動(例えば、目と手を同時に動かすなど)を行っているときに「心の中の身体」がどのように働いているのかは不明でした。「心の中の身体」は、約 1 世紀もの間、脳内に一つだけ存在し、すべての運動に対して共通に用いられると考えられてきました。しかし、本研究により、「心の中の身体」が一つではなく複数あり、運動ごとに脳内で別々に表現されていることが明らかになりました。
本研究では、バーチャルリアリティ技術を使って、複数の運動を行っているときの「心の中の身体」を計測する手法を開発しました(図 1)。具体的には、被験者は、自分の目と左手の人差し指で同時に、自分の右手の様々な部位(指先や関節)を指すように教示されました。これらの右手の部位に対して、目で指した結果と、左手で指した結果から、目と手の各運動に対する「心の中で感じている右手形状」を計測することができます。その結果、目と左手が同時に同じ右手の部位を指しているにも関わらず、目で指した結果に比べると左手で指した結果から得られた右手形状は、より歪んでいました(図 2)。この結果より、「心の中の身体」が運動の種類に応じて異なることが明らかになりました。これは、「心の中の身体」が二つあることを示しており、約 1 世紀もの間、一つであると考えられていた従来の「心の中の身体」の概念に修正を迫る画期的な成果です。
本成果は、運動機能障害を有する患者が訴える「心の中の身体」の異常を可視化するための新たな方法の開発につながることが期待できます。たとえ障害を患った身体部位がリハビリテーションにより動くようになっても、「心の中の身体」が回復していないと、しばらくすると再びその身体部位は動かなくなります。この問題を解決するには、目に見えない「心の中の身体」の異常を可視化することで「心の中の身体」が回復したかどうかを確認する必要があります。これまで、この「心の中の身体」がどのように脳内で表現されているのかが謎のままでしたが、本研究は、「心の中の身体」が運動ごとに脳内で別々に表現されていることを示唆しています。これは、運動の選択により可視化したい脳内身体表現を決定できることを意味しています。
本研究は、2022 年 1 月 17 日米国東部時間午後 3 時に Proceedings of theNational Academy of Sciences of the United States of America (PNAS)(電子版)に公開されます。なお、本成果は、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 さきがけ、日本学術振興会 科学研究費補助金 基盤研究(C)、日立製作所産学連携研究によって得られました。
図 1. 実験の様子.
被験者はヘッドマウントディスプレイを装着し、心の中で感じている右手の指や関節の位置を、目と左手の人差し指で同時に指した。
図 2.二つの「心の中の身体」と本研究成果
右手の指先や関節を目で指すのか、左手で指すのかによって、心の中で感じている右手の形状が異なる。
論文題目
題目:Multiple representations of the body schema for the same body part
著者:Kazumichi Matsumiya
雑誌:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United Statesof America
DOI:10.1073/pnas.2112318119
詳細▶︎https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2022/01/press20220118-01-kokoro.html
注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単に論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎません。論文で報告された新たな知見が社会へ実装されるには、多くの場合、さらに研究や実証を進める必要があります。最新の研究成果の利用に際しては、専門家の指導を受けるなど十分配慮するようにしてください。