脳卒中患者の歩行能力の低下には下肢筋活動パターンの異常が影響すると言われています.しかし,個々の症例毎に観察すると,異常な筋活動パターンは歩行時の立脚相または遊脚相において確認されます.畿央大学大学院 博士後期課程の水田 直道 氏と森岡 周 教授らは,歩行時における筋シナジーの異常パターンからサブタイプを特定し,サブタイプの歩行特性について検証しました.この研究成果は,PLOS ONE誌(Merged swing-muscle synergies and their relation to walking characteristics in subacute post-stroke patients: An observational study)に掲載されています.
研究概要
多くの脳卒中患者は歩行能力が低下し,日常生活や屋外での移動時にさまざまな困難さを経験します.歩行能力の低下には下肢筋活動パターンの異常が影響すると言われています.歩行時における異常な筋活動パターンは立脚相または遊脚相において確認され,運動学的特徴においても症例ごとに異なるパターンを示すことは臨床上明らかですが、それらの関係性は分かっていませんでした.
博士後期課程の水田 直道さんらは,歩行時における筋活動の異常パターンを筋シナジーの側面からサブタイプを特定し,サブタイプの歩行特性を明らかにしました.立脚期における筋シナジーの異常パターン(単調な筋シナジー制御)がみられるサブタイプでは,快適歩行時に麻痺側下肢伸展角度が減少した一方で,遊脚期における筋シナジーの異常パターンがみられるサブタイプでは,快適歩行時に麻痺側下肢屈曲角度が減少していることが分かりました.加えて,遊脚期における筋シナジーの異常パターンがみられるサブタイプでは,麻痺側下肢を大きく振り出す(屈曲角度の増大)ように歩くと,筋シナジーの異常パターンが即時的に改善することが分かりました.
本研究のポイント
- ・立脚期における筋シナジーの異常パターンがみられるサブタイプでは,快適歩行時に麻痺側下肢伸展角度が減少.
- ・遊脚期における筋シナジーの異常パターンがみられるサブタイプでは,快適歩行時に麻痺側下肢屈曲角度が減少.
- ・遊脚期における筋シナジーの異常パターンがみられるサブタイプでは,麻痺側下肢を大きく振り出すように歩くと,筋シナジーの異常パターンが即時的に改善する.
研究内容
介助なく歩行可能な脳卒中患者を対象としました.対象者は3つの歩行条件(快適歩行:cws,麻痺側下肢大股歩行:p-long,非麻痺側下肢大股歩行:np-long)で10m歩行テストを行いました.p-longおよびnp-long条件では,対象者にそれぞれの下肢を前に大きく振り出しながら歩くよう指示しました.cws条件における麻痺側下肢の筋シナジーの併合パターンに基づき,3つのサブタイプを特定しました.
図1:歩行時における筋シナジーの併合パターン
快適歩行条件における麻痺側下肢の筋シナジーの併合パターンに基づき,3つのサブタイプを特定しました.(A)歩行時における個々の筋活動波形を示します.(B)併合している筋シナジー波形と,それに含まれる筋肉の重み付けを示します.サブタイプ1では立脚前半と立脚後半,サブタイプ2では遊脚後半と立脚前半,サブタイプ3では遊脚前半と遊脚後半における筋シナジーが併合していることが確認できます.
図2:歩行条件間における運動学的パラメータおよび筋シナジーの複雑さ
cws条件における下肢屈曲角度はサブタイプ3が減少している一方で,下肢伸展角度はサブタイプ1において減少していました.歩行条件間における筋シナジーの異常パターンは,サブタイプ3においてのみp-long条件で複雑に表現されました.
図3:歩行速度と筋シナジーの複雑さの関係性
全症例における歩行速度と筋シナジーの複雑さは有意な負の相関を示しました.一方で,サブタイプごとにこれらの相関関係を確認すると,サブタイプ2、3においてのみ有意な相関を示しました.
本研究の臨床的意義および今後の展開
この研究では,歩行時における筋シナジーの異常パターンからサブタイプを特定し,サブタイプの歩行特性について検証しました.結果として,筋シナジーの異常パターンは3つのサブタイプに分類され,それぞれのサブタイプに応じて快適歩行時の運動学的パラメータは異なっていました.遊脚期における筋シナジーの異常パターンを示すサブタイプにおいては,麻痺側下肢を大きく振り出すように歩くと,筋シナジーの異常パターンが即時的に改善することが分かりました.今後は,サブタイプの神経基盤を明らかにするとともに,筋シナジーの異常パターンがどのような回復過程を辿るか調査する予定です.
論文情報
Naomichi Mizuta, Naruhito Hasui, Yuki Nishi, Yasutaka Higa, Ayaka Matsunaga, Junji Deguchi, Yasutada Yamamoto, Tomoki Nakatani, Junji Taguchi, Shu Morioka.
PLOS ONE 17 (2), e0263613, 2022
詳細▶︎https://www.kio.ac.jp/nrc/press20220207
注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単に論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎません。論文で報告された新たな知見が社会へ実装されるには、多くの場合、さらに研究や実証を進める必要があります。最新の研究成果の利用に際しては、専門家の指導を受けるなど十分配慮するようにしてください。