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「要介護高齢者の離床時間、全身の筋肉量および摂食嚥下機能の関連」 ― 食べる機能維持に役立つ離床時間は? ―

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ポイント

  • ・要介護高齢者を対象に、離床時間と全身の筋肉量および摂食嚥下機能との関連を調べました。
  • ・介護状態に関わらず、4時間離床する者は四肢骨格筋量と摂食嚥下機能が保たれていました。
  • ・6時間離床する者は四肢骨格筋に加え体幹の筋肉量が保たれ、常食に近い食事を摂っていました。
  • ・全身の筋肉量や摂食嚥下機能を保つための離床時間の目安を示したのは本研究が初めてです。 

 

東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科摂食嚥下リハビリテーション学分野の戸原玄教授、中川量晴准教授、石井美紀医員の研究グループは、65歳以上の要介護高齢者に対する摂食嚥下リハビリテーションとして離床が有効であり、少なくとも4時間、可能であれば6時間以上離床すると全身の筋肉量が保たれ、摂食嚥下機能が良い傾向にあることを示しました。この研究成果は、国際科学誌Gerontologyに、2022年4月13日にオンライン版で発表されました。 

 

研究の背景

摂食嚥下機能は、口腔周囲の摂食嚥下関連筋群だけでなく、背筋などの体幹の筋肉量や筋力と関連することが知られています。健常高齢者では、摂食嚥下機能を維持するための運動を行い、体幹の筋肉や摂食嚥下関連筋群の機能低下を防ぐことが嚥下障害の予防と改善に寄与します。しかし、日常生活動作(Activity Daily of Living, ADL)が低下した高齢者は、身体能力の低下により摂食嚥下機能を維持するための運動を行うことが困難です。看護師、リハビリ職※1および介護職の介助により身体を動かす機会も限られています。そのような者に対するアプローチを考えることは臨床的に大変重要です。我々は過去に、要介護高齢者へのアプローチの1つとして、離床※2が摂食嚥下機能と関係することを示しましたが、要介護高齢者の離床時間と全身の筋肉量の関連や、全身の筋肉量および摂食嚥下機能を維持する具体的な離床時間について、検討は不十分です。本研究は要介護高齢者の離床時間と全身の筋肉量および摂食嚥下機能の関係を明らかにすることを目的としました。

 

研究成果の概要

対象者は、首都圏在住で本学摂食嚥下リハビリテーション科から訪問診療を行ったADLが自立していない要介護高齢者でした。年齢、性別、BMI (Body Mass Index)、ADL、併存疾患(Charlson Comorbidity Index, CCI)※3、服薬種類数、離床時間を調査しました。ADLは要介護認定の基準を参考に、Group1:介助がなければ歩行や立ち上がりができない人(要介護3相当)、Group2:介助があっても歩行や立ち上がりが困難な人(要介護4相当)、Group3:ほとんど寝たきりの人(要介護5相当)に分類しました。離床時間は、先行研究を参考に離床時間が0-4時間、4-6時間、6時間以上の3段階としました。InBodyS10(インボディ・ジャパン株式会社)を用いて、生体インピーダンス法※4により四肢骨格筋および体幹の筋肉量を測定し、四肢骨格筋指数(Appendicular Skeletal muscle Mass Index, ASMI)※5と 体幹筋指数(Trunk muscle Mass Index, TMI)※6を算出しました。摂食嚥下機能はFunctional Oral Intake Scale(FOIS)※7を用いて評価しました。 

データの解析は、全身の筋肉量(ASMI、TMI)および摂食嚥下機能(FOIS)について、離床時間別の群間で差があるかどうか、1元配置分散分析およびKruskal-Wallis検定を用いて検討しました。交絡要因調整のため、目的変数を全身の筋肉量(ASMI、TMI)とした重回帰分析を行い、四肢骨格筋と体幹の筋肉量に関連する要因を調べました。また、目的変数を摂食嚥下機能(FOIS)とした順序ロジスティック回帰分析を行い、摂食嚥下機能に関連する要因を調べました。 

解析の結果、離床時間が0-4時間の者に比べ、4時間以上の者は四肢骨格筋量と摂食嚥下機能が保たれていました。6時間以上の者は、四肢骨格筋に加えて体幹の筋肉量が多く、常食に近い食事を摂っていました。要介護高齢者の全身の筋肉量は離床により保たれ、摂食嚥下機能は離床時間と体幹の筋肉量と関連することが分かりました。重力負荷を除いたモデルマウスの研究では、特別な運動をさせなくても、自分の体重を支えるという負荷を毎日、1日複数回与えると、筋肉量およびタイプ1筋線維※8の割合が維持されることが報告されています。つまり、筋肉を働かせて自分の体重を支えることにより、廃用による筋委縮を防ぐことが可能ということです。ヒトでも同様に、離床して車椅子等に座り、重力に抵抗する時間を設けたことで全身の筋肉量が維持された可能性があります。また、食事の形態が常食に近づくにつれ咀嚼※9が必要ですが、咀嚼するためには覚醒と体幹機能が重要です。6時間以上の離床で覚醒状態が安定しやすいことが分かっており、本研究から6時間以上の離床で体幹の筋肉量が保たれていることから、離床時間によって摂食嚥下機能に差が生じたと考えられます。

 

研究成果の意義

これまでに報告されている離床時間と全身の筋肉量および摂食嚥下機能についての研究は、ADLが自立した者を対象とした研究が多数でした。ADLが自立していない要介護高齢者で離床時間が異なる群を比較し、全身の筋肉量や摂食嚥下機能との関連を調査したのは本研究が初めてです。要介護高齢者の摂食嚥下リハビリテーションとして離床を勧める際に、これまでは科学的根拠をもって離床時間の目安を伝えることができませんでした。本研究で、少なくとも4時間、可能であれば6時間以上離床すると全身の筋肉量が保たれ、摂食嚥下機能が良い傾向にあることを示しました。この知見により、要介護高齢者に対して訓練指導の代わりに日常生活の中に離床を取り入れる指導をする際、具体的な目標を設定することができるようになります。例えば、離床時間が0-4時間の人は車椅子上で食事を摂ることを目標に、4-6時間の人は食事等の生活動作以外の余暇時間(テレビを見る等)も車椅子上で過ごすことを目標に、環境を整えると良いでしょう。今後は、要介護高齢者がより効果的に体幹の機能を維持する方法の検討や、離床時間と摂食嚥下機能の因果関係を検証する予定です。

 

用語解説

※1リハビリ職・・・・・・・・

理学療法士、作業療法士、言語聴覚士等のリハビリテーションを専門とする職種

※2離床・・・・・・・・

ベッドから離れて過ごすこと。

※3 Charlson Comorbidity Index, CCI・・・・・・・・

複数の重病をもつ患者の推定死亡率をスコア化する評価方法。

※4 生体インピーダンス法・・・・・・・・

体内に微弱な電流を流し、その電気抵抗値を利用して体内の水分量や体脂肪、筋肉量を間接的に求める方法。

※5四肢骨格筋指数(Appendicular Skeletal muscle Mass Index, ASMI)・・・・・・・・

上肢と下肢の合計の筋肉量を身長の2乗で補正した値。

※6体幹筋指数(Trunk muscle Mass Index, TMI)・・・・・・・・

体幹の筋肉量を身長の2乗で補正した値。

※7Functional Oral Intake Scale, FOIS・・・・・・・・

Level.1「経口摂取なし」からLevel.7「正常(制限なく通常の食事ができる状態)」の7段階での評価方法。

※8タイプ1筋線維・・・・・・・・

筋線維の一種。抗重力筋に高い割合で含まれ、持久力に優れている。廃用により萎縮しやすい。タイプ2筋線維は瞬発力に優れ、加齢により萎縮しやすい。

※9咀嚼・・・・・・・・

口腔内に食事を保持し、噛んで細かくし、唾液と混ぜ合わせてひとまとまりにする作業。体幹上部の支えが必要と言われている。嚥下は無意識下でも反射的に起こることがあるが、咀嚼は覚醒していないと実行することができない。 

 

論文情報

掲載誌:Gerontology

論文タイトル:Time Spent Away from Bed to Maintain Swallowing Function in Older Adults

DOI:https://doi.org/10.1159/000522499

 

詳細▶︎https://www.tmd.ac.jp/press-release/20220415-2/

注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単に論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎません。論文で報告された新たな知見が社会へ実装されるには、多くの場合、さらに研究や実証を進める必要があります。最新の研究成果の利用に際しては、専門家の指導を受けるなど十分配慮するようにしてください。

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