自由診療で行われる再生医療がもたらす財政的リスクー日本における医療費控除に基づく還付金額の試算ー

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八田太一講師(静岡社会健康医学大学大学院、元CiRA上廣倫理研究部門特定助教)、井出和希特任准教授(大阪大学 感染症総合教育研究拠点/社会技術共創研究センター(ELSIセンター)、元CiRA上廣倫理研究部門特定助教)、藤田みさお特定教授(CiRA上廣倫理研究部門、京都大学高等研究院 ヒト生物学高等研究拠点)、一家綱邦部長(国立がん研究センター 研究支援センター 生命倫理部)は、患者さんが自由診療で行われる再生医療を受けて医療費控除を申請した場合に、国が支払う還付金の総額を試算する研究を行いました。この研究は2022年4月21日に「Stem Cell Reports」でオンライン公開されました。

 

1. 背景 

臨床研究などで安全性や有効性が十分に検証されていない再生医療が、患者さんに治療として提供されている実態が問題視されています。日本の自由診療で提供されるこうした治療の中には高額なものもあり、患者さんには健康被害が発生するリスクに加えて、経済的リスクがあることが指摘されてきました。

 

さらに、私たちの研究チームでは、科学的エビデンスが不明な医療にかかる治療費の一部を、医療費控除に基づく還付金という税制度を通じて、国すなわち国民が負担するという「財政的リスク」もあるのではないか、と考えました。実際に、治療費が医療費控除の対象になることをセールス・メッセージのように喧伝する自由診療を行う医療機関のウェブサイトも散見されます。そこで本研究では、上記の意味での財政的リスクの実証的データを示すことを目的に、日本の自由診療で提供される再生医療に国から支払われる還付金の総額を試算しました。

 

2. 研究手法 

国から患者さんに払い戻される還付金の額は、医療費控除の金額に所得税率を掛け合わせた額となります。本研究では、1)厚生労働省が2017年12月から2018年2月に公開した患者さんへの説明文書3536件から、治療として国に届出があった再生医療1件当たりの平均医療費控除額を試算し、2)総務省等が公開する情報から都道府県別の平均的な所得税率を算出、3)1)と2)から再生医療1件当たりの平均的な還付金額を都道府県別に求め、これに厚生労働省が公開する都道府県別の年間患者数又は投与件数を乗算することで都道府県毎に年間還付金額を算出、これらを合計して全国の年間還付金総額としました。

 

3. 結果 

還付金の年間総額を、厚生労働省に届出のあった再生医療を受けた「患者数」で推定すると、2017年度で1億円〜82億円(中央値9億円)、2018年度で2億円〜149億円(中央値16億円)でした。また、厚生労働省に届出のあった再生医療の「投与回数」で推定すると、2017年度で2億円〜158億円(中央値17億円)、2018年度で3億円〜2382億円(中央値27億円)でした。ただし、治療を受けた全ての患者さんが医療費控除を申請するわけではないため、この金額が実際支払われた還付金額とは異なることに留意が必要です。

 

4. 結論 

本研究の結果は、安全性や有効性が十分に検証されていない再生医療に伴う社会全体が負う財政的リスクについて新たな知見を示しました。すなわち、自由診療で行われる再生医療には医師・医療機関と患者さんとの間の個人的・私的な関係を超える問題(財政的リスク)があること、つまり、患者さんの健康リスクと経済的リスクに対する自己責任で片付けられること以外の社会全体にとっての問題があることになります。したがって、自由診療で提供される再生医療の安全性・有効性の担保に国が責任を持つこと、そのために作られた再生医療等安全性確保法に問題があれば法改正も視野に入れた対応をさらに検討することが必要であると考えます。

 

5. 論文名と著者

論文名

Financial risks posed by unproven stem cell interventions: Estimation of refunds from medical expense deductions in Japan

doi: 10.1016/j.stemcr.2022.03.015

ジャーナル名

Stem Cell Reports

著者

Taichi Hatta1, Kazuki Ide2,3, Misao Fujita4,5*, Tsunakuni Ikka6

*責任著者

著者の所属機関

1.静岡社会健康医学大学大学院

2.大阪大学 感染症総合教育研究拠点

3.大阪大学 社会技術共創研究センター(ELSIセンター)

4.京都大学iPS細胞研究所(CiRA)上廣倫理研究部門

5.京都大学高等研究院 ヒト生物学高等研究拠点(WPI-ASHBi)

6.国立がん研究センター 研究支援センター/生命倫理部

 

6. 本研究への支援

本研究は、下記機関より支援を受けて実施されました。

  • ・公益財団法人 上廣倫理財団
  • ・日本学術振興会 (JSPS)・文部科学省 科学研究費基金 基盤研究(C)(21K10326)
  • ・日本学術振興会 (JSPS)・文部科学省 科学研究費基金 若手研究(B)(17K13665)、若手研究(18K13110)

 

詳細▶︎https://www.cira.kyoto-u.ac.jp/j/pressrelease/news/220425-130000.html

注)プレスリリースで紹介している論文の多くは、単に論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎません。論文で報告された新たな知見が社会へ実装されるには、多くの場合、さらに研究や実証を進める必要があります。最新の研究成果の利用に際しては、専門家の指導を受けるなど十分配慮するようにしてください。

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